S2-par.14 『渦中を傍に見て思うこと』
時刻も遅くなりヒナコは帰ることにした。マシロも一緒に行くと言う。
「先生、お先に失礼します」
「ありがとうございました」
まだ残る門下生に見送られて稽古場を後にする。すると、外に出ようとしたところを師範に呼び止められた。
「少し良いかの? 音無君、ワシから頼んでおいた手前じゃが、今後はその子だけを見てやりなさい。長居する気はないようじゃからの。それと木洩君」
「はい」
マシロと、そしてヒナコへと言葉をつむぐ。
「アスピュレータは気力で扱うものじゃ。適正があったということはすなわち、その者の体動、行動に合っているということになる。じゃからの、刀を抜くために無理に己を変える必要はないぞ」
「無理に?」
「難しいかのぉ。いや何、思い違わぬようにとの。おぬしは今まで通りで良い。理由が、斬るためか、勝つためか、はたまた守るためか。自らが何をしたいかだけ明確にあれば良い」
刃を向けても大丈夫、向けた方が良いと思えば刀は抜ける。だからと言って人に刃を向けることを正しいと思う必要はない。自身の道理に反するならばそれは違う。ヒナコも理解していた。
「はいっ」
「ほっほっ、心配いらんかったの。教える者が誰でも自分を持てるじゃろう」
そこまで言って師範の動きが止まる。言葉に詰まった具合に悩み、逆に質問をする。
「ところで、おぬしらについておる者はなんと言うかの? 聞いておらなんだ」
「如月さんです」
「きさらぎ。参上の坊主か」
「いえ女の人です。名前はナツキさんって言います」
「なつき。ナツキ――那月?」
「知ってるんですか?」
しばし考え込むが、すぐにけろりとした。
「ほほっ、覚えとらんのぉ」
「えへ、そうですか」
ヒナコもつられて楽しげな息が漏れる。すると師範は急いた様子になる。
「いやいやすまん! 少しと言うておったのに。年をとると話が長くなっていかんわい」
「いえそんな! こちらこそ、またお願いします」
師範に見送られて、ヒナコとマシロは道場を後にした。二人は少し離れた駐車場に向かう。そこにはヒナコの父が車で待っていた。帰る準備をする間に、ヒナコが連絡していたのだ。車は二人を乗せて走り出す。
「すみません送っていただいて」
「そんな気にしなくていいよ。他人でもないんだから」
以前はヒナコが音無家の車に乗っていたが、今回は逆になっている。とはいえそこが変わったところで話題は似通ったもの。
「マシロちゃんから見てヒナコは大丈夫そうかな」
「はい。優秀ですよ。私もいらないくらい」
「おお、さすがはボクの娘だね」
娘自慢妹分自慢で盛り上がる車内。二人の会話を聞いていたヒナコが赤い顔で参加してくる。
「お父さん! マシロねえの前でやめて、恥ずかしい」
「ああ、ごめんな。そういうところテルさん、あぁいや、お母さんに似たかなぁ」
途中娘の視線に刺されて言葉を言い換える父。彼はヒナコの目だけで制されたが、彼女の言いたいことは父親だけでなく、となりに座るマシロにもあった。
「マシロねえも、自分のこといらないとか言わないで! 明日からもっと手伝ってもらうんだから。ツクヨちゃんも、わたしだって憧れたりしてるもんっ。そういうのはダメっ!」
「ふふ」
「なんで笑うの! わたし真剣に言ってるのに」
「ううん。うれしいよ。ヒナコちゃんはかわいいなぁ」
ヒナコはマシロに頭をなでられ、怒りたいけど嬉しくて動けなくなってしまう。その様子をバックミラーでのぞいていた父親は、不意に本音を漏らす。
「今後もこっちの道場で勉強してくれると嬉しいけどねぇ」
ヒナコはもちろん、マシロも反応を示す。二人の視線に気づき、彼はあえて弁解はしなかった。
「正直不安だよ。ちゃんとしているとはとても思えない。ツクヨちゃんも一緒だし、マシロちゃんの前で言うのは申し訳ないけど。目指すところも含めて、大丈夫じゃないことの方が多いよ」
「お気持ちは分かります。私もツクヨに――多少知っている分、余計に」
静まる車内。言ってしまったこと、次に言うこと、考えるだけ言い出せない。ツクヨがいたら空気を変えるだろうか。今日のその位置は彼女の担当だ。
「じゃあ反対なの?」
ヒナコは父に顔を向いて言った。ただし、誰に言ったかにはマシロも含まれている。
「わたしたちに反対なの?」
「最初はしてたよ。でも今は応援してる。だからこそちゃんとした環境でがんばってほしいんだ。手伝えることがあるならなんでもするよ」
「なら信用してくれる?」
「ヒナコのことは信用してる」
「マシロねえは?」
ヒナコが横を振り向いて問いかける。マシロも正直に答える。
「しっかりしてるし大丈夫だと思うよ」
「ツクヨちゃんのことも?」
マシロが自分の妹の名前を聞いて言いよどむ。少し考えて、それを伝えた。
「心配。ずっと心配してる。でも、信用することにした。だから、信用してる」
ヒナコはしばしマシロと目を合わせて、また父親の方に向き直る。
「瓦礫ばっかりの場所だってことなら実戦形式だと思ってる」
「それもあるよ。でも」
「ナツキさんのこと?」
「まぁ、そうだね」
「だったらわたしだってあの人は信用してないよ」
娘の予想していなかった発言に、父親だけでなくマシロも驚く。いっそのことだとヒナコのきつい言葉も止まらない。
「勝手だし、テキトーだし、不気味だし。人のことバカにするし、何考えてるか分かんないし。わたしは好きじゃない。でも……」
――でもツクヨちゃんは……。
「あの人の実力は本物なの。受からせてくれる気はあるみたいだし」
――ツクヨちゃん懐いちゃったし。
「暗役職の人が全員いい人じゃないのかもって気づけたの、反面教師。ナツキさんみたいにならないためにも」
――ナツキさんみたいにさせないためにも。
「あの人の何が間違ってるのか知りたい。わたしが納得したいから。自分で考えて決めたい」
彼女の本当の理由はなんなのか。ヒナコの言っていることは本心でもある。しかし口に出していないこともまだまだある。ヒナコ自身が自分で何を望んでいるのか、自らがはっきりしていないことを他者に伝えることは難しい。それでも、探した文句であれ、文字ひとつを伸ばすばかりの声であれ、意思を持って伝えようとした言葉は熱を持つ。
「ナツキさんは信用しなくていいから、わたしたちのことは信じて欲しい」
私たちと言ったことがマシロの心を揺らす。胸に広がる感情は、複雑だが決して忌避たるものではない。ヒナコの父もしっかりと耳にした。思うところはより込み入り、率直に答えは出せない。すると、彼は一旦すべてを飲み込むように息を吸い込んだ。タバコに火をつけてくわえていれば、今ので吸い殻になっただろうか。
面と向かって語れない思いを悔いるように、吸った空気のほとんどを吐き出す。バックミラーで娘の姿を見ると、今一度呼気を捨てる。
「頑固なところはボクに似ちゃったかなぁ。お父さんとしては喜んでいいやら申し訳ないやら」
「申し訳ないとか言わないで」
「――ありがとうな」
彼はバックミラーの娘から、横にいるマシロへと意識を移した。
「マシロちゃん、ヒナコのことを頼むよ。その先輩のところに戻る前に、マシロちゃんの姿を教えてあげてくれるかな」
「お父さん、それじゃあ」
「ヒナコのことは、始めから信じているよ」
運転中でなければもっと熱烈なスキンシップがあっただろうが、おそらく家に着いたらあるのだろうが。ヒナコは代わりにマシロへ抱きついた。マシロは彼女を抱き返して、なでながら彼女の父親に快く答えた。
「木洩さん、私で良ければ、お任せください」
マシロを送り届けたとき、彼女とヒナコは小指で約束を交わすのだった。




