S2-par.13 『閃きは真実を語る』
カィンッ、キィンッ、と金属製の打音が広がる。本来ならより鋭く、澄んだ響きが聞こえ渡るはずなのだが、打ち合う一方の者がいまだ刀身を拝めずにいた。
「まで! 双方、戻れ」
互いに下がり、刀を収めて礼を交わす。打ち合いの場を退いて、背の高い方の少女がもう一人をなでる。
「おつかれさま。何かつかめた?」
聞かれた少女は黙して首を横に振った。
「そっか。ヒナコちゃんの助けになれたら良かったんだけど」
「ううん。ごめんね、マシロねえ」
ナツキでは指導できない。だが自分だけでの解決はかなわない。悩んだ末考えたのが、同系統のアスピュレータを使う人物に教わること。模忍高校での試合を見ていたヒナコが、まず浮かんだのがマシロだった。マシロは快く手を貸し、現在に至っている。
今のマシロは量産型のアスピュレータに身を包んでいる。汎用機の侍モデルなら、マシロ自身の保有するアスピュレータよりも一般的な刀が武器であるため、ヒナコへの指南もしやすいと考えた。
普段と異なる緑がかったねずみ色の装いだが、マシロの動きに不慣れな様子はない。というのも、マシロはこのアスピュレータを使用していた経験があり、現在それを貸しているのが――。
「程はどうかね音無君」
今話しかけてきたご老体、もといマシロの元指導者だ。稽古に使ったこの場所も彼の道場であり、好意により時間を借りている。マシロが後輩に好かれていることもあり、ヒナコ以外も見てやることを条件にお邪魔している。
「先生。お気遣いありがとうございます。なかなか難しいみたいですね」
「ほっほっ。見たところ、現状での戦い方を覚えてきたようじゃが。ふむ、刀を抜く必要はあるのかのぉ」
今でこそ腰が曲がり、現役を引退しているが、アスピュレータの開発初期から活動していた功績がある。認定士としての資格も持っていて、指導者としての腕と目は健在だ。その彼から別に今のままで良いと言われれば、じゃあいいかと思う者もいるかも知れないのだが。
「ちゃんと使いこなしたいんです。大事なときに力になれないのは、嫌なので」
ヒナコがマシロに協力を仰いだのは、あくまで己の武器を活かしきるため。アサシンアクターになることが目的ならばそもそもここへは来ていない。ヒナコの答えを聞き、師範は相づちを打つ。
「うむうむ。なれば良い。今手に握るそれが刀であることに固執しているのではと思うたが、さてさてなるほど」
そう言葉をかけると、ほうほうとつぶやき別室に入る。一室の中ではてはてと何かを探して、戻って来た師範の手には身の丈よりある大きな旗が握られていた。
一部の門下生が小声で騒ぎ出す。彼らを横目に、師範はその旗をなびかないように持ってヒナコの前に立てた。
「ひとつ頼まれてくれんか」
「わたしが? なんでしょうか。それにその、旗は」
周囲がざわつく中、師範の発した言葉はさらに周囲を動揺させる。
「こやつの竿を斬ってはくれぬかの」
「いいんですか? 大切なものじゃ」
「こやつも片してやりたんじゃがのぉ、見ての通り少々場所を取る。旗まで裂いてくれるでないぞ? ふぉっふぉっ」
本人は存分にやってくれと言っているが、離れたところが静まらない。代表を率先してマシロが師範に問いかける。
「良いのですか?」
「構わぬ。皆にも言うてくれ」
マシロは返事の後、門下生に本人の意思を伝えて同意を求めた。次第に雑踏の存在が消える。いつでもどうぞと勧めてくる師範だが、ヒナコは消極的だ。
「わたしはまだ刀を抜けてません」
「できぬかのう」
「できるんでしょうか」
「ふぅむ、何を言うてもワシも年でな。長く支えていると腕にくる。こやつをやってくれるとヒジョ〜ぉに助かるのじゃがのぉ」
ヒナコは腰からサヤと一緒に刀をとり、今一度紺碧の光沢を見つめる。
「やるだけやってみてはどうじゃ」
「やるだけ、やる」
彼女は自分が何をしたくてここにいるかを思い返した。
「できないより、できたい」
師範がひとつうなずく。ヒナコも旗棒を見据えて、サヤと柄を握る。目を閉ざし、吸って吐く、ひと呼吸。集中するための短い動作。まぶたを上げ、構えた。
刀を抜いて、切る。僅かそれだけを瞬間的に脳内で何度も繰り返す。外から見れば呼吸の後の刹那。それをたった一度の実行に移す。握る手に力を込めた。
イメージをたどり、ただ沿う。その動きは現実となった。
師範の持つ旗棒の下半分が、支える力から離れる。コドッと倒れた棒がヒナコに実感を与える。
「抜け、た? 斬れた。できた! できました!」
「ほっほっ、お見事」
初めてお目見えした刀身、陽光に似て輝き、空を映したようにごく薄いアリスブルーを反射しても見える。自らの武器の本当の姿に感動するヒナコ。師範は彼女にその刀と彼女自身について伝えんとした。
「木洩君や、おぬしは刀が抜けなかったのでない。抜きたくなかったのじゃ」
「抜きたくなかった? でもわたしは」
切り離された棒を拾いながら師範が続ける。
「確かにおぬしは望んでおった。じゃがそれは、大事なときに力になりたいと言う意思からじゃ。力になりたい、それは自分ではなく誰かのため、そう。守るために刀を握っておったのじゃよ」
「守るため」
「うむ。守りたい、助けたい。どうして人に刃を向けられようか」
そういうと師範は斬り落とした旗棒をヒナコに見せる。
「こやつを斬ってくれればワシが助かると言った。こやつは人でもなく、役に立つとまでなれば抵抗も大きくはなかろうと思うての。さても、虫どころか草木も斬れそうにないでのぉ。心苦しければ謝るぞ? ふぉっふぉっふぉっ」
「そんなっ……! ありがとうございます」
ヒナコは礼儀正しく感謝を述べようと刀をサヤに戻そうとする。ところが師範はこれをとめた。
「まぁ待て。ワシは頼んだだけじゃ、礼は言っても言われてはかなわん。それよりも、そのまま抜き身で交えてはどうじゃ? 苦しかろうと、人に対して構えられねばならぬ道ゆえ、慣れおくが良い」
師範は門下生の集まっている場所に手招きをして相手を探しだす。
「うーむ、おぬしがええな。相手をなさい。手は抜かぬようにの」
「あの、ありがとうございます!」
お礼を言って打ち合いの場に駆ける。二人分の『お願いします』が聞こえた後、師範は旗を抱えて個室に向かった。
「かなわぬと言うに」
「お持ちします、先生」
途中歩み寄ったマシロが旗を受け取り隣を歩いて運んで行く。片付ける間に師範に話しかける。
「本当に良かったのですか。あの旗って最初期の大会優勝旗ですよね」
「置き場所に困っておったのは真じゃよ。ちょうどええのじゃ」
「今では製造禁止になっている特別製、アスピュレータと同じ素材の旗竿。知っていてヒナコちゃんに斬らせたのかと」
「さてどうだったかのぉ。もうほとんど覚えておらんわい」
旗をくくって隅に置き、また稽古場に戻る。その際、今度は師範の方から話を始めた。
「大事なことだけ覚えておれば、後はええのじゃ。枯れ木にこだわり枝も切れぬでは、新たな芽吹きが伸びる場所を与えてやれぬ」
「先生」
「青いのが水を得ぬうちに、たまの日陰を作ってやるが関の山かの。ほほっ」
マシロと師範はヒナコの打ち合いを眺めている。元々の動きは悪くなかったことに加えて、抜いた刀の使い心地や間合いを学習しつつある。マシロはあまり役に立てなかった気がして、別の悔いと重ねて話にする。
「私だったら後を引いていたかも知れませんね。あの旗、せっかくの功績ですから」
「じゃから生地はそのまま残したじゃろ」
「あれ? 先生もやっぱり」
「いじめるでないわ。ワシは先が短いのじゃぞ? あと数年は自慢してやるわい。ふぉっふぉっふぉっ」
マシロも師範も門下生の指導に移る。騒がしさは別の形に変わり、少し前よりも澄んだ響きが広がっていた。




