S2-par.11 『同じことでも違うこと』
夕焼け空が悲愴の暗がりを落とす時間。本日の特訓はお開きとなる。
「むっ……り」
疲労困憊、ばたんとぶっ倒れるツクヨ。とうにヒナコも突っ伏している。そこにナツキが手を叩きながら歩み寄って来た。
「はい、はい、お疲れさん。まあこんなもんでしょ。日が落ちる前に解散な」
「むぁ〜!」
放てば全弾撃ち落とされ、一切近づけないまま終わったのがよほど悔しかった様子。ツクヨがじたばたとしている。逆にヒナコはおとなしく、落胆の表れのような、静かな苦悶のような感じだ。座ってうつむいている。ナツキはまた面倒な思いをため息に出した。
「だいたいさぁ、板一枚と棒一本でどうにかできるわけないでしょうよ。せめてツクヨは二枚使え。ヒナコも刀抜けないのか」
「やろうとしてもできなかったんですぅ! 一枚浮いただけがんばりましたもん!」
最近ツクヨの元気さに慣れてきたナツキも、彼女を軽くあしらうようになってきた。問題はもう一人の扱いだ。
「分かったっての。型はアタシと同じだろうから教えるよ。そんで、ヒナコだけどさ」
名を呼ばれた彼女が顔を上げる。目の合った両者は似た様子で気だるく答える。
「なんですか」
「ぶっちゃけキミのは知らないから自分でなんとかしてくれな」
ナツキに投げやりな言葉をかけられ、ヒナコは静かに立ち上がる。
「分かりました」
その声は小さかったが、周りに音がない環境でははっきりと聞こえた。
「悪いね」
「――失礼します」
いつもならツクヨを待って帰りの足並みもそろえる。それはプレハブ小屋に向かうときも同じだ。今日のヒナコは一人で先に着替えに行ってしまった。その後ろ姿を見てツクヨがナツキに迫る。
「ちょっとシショー! あんな言い方ってないですっ!」
「だってアタシ刀じゃないし」
「だからって」
「ヒナコなら頭使えるでしょ。あんま指導した覚えないしな。アタシはオマエの方が不安だよ」
ヒナコのために怒ったはずのツクヨが、また自分への文句に反論を始める。ナツキもまた簡単に対応していた。
先に着替えているヒナコ。彼女も彼女なりに考えを巡らせていた……。
分かってる。キミのは、って言っていた。わたし自身じゃなく、わたしの何か。多分アスピュレータ。分かってる。でも、そう聞こえた。調べようとか、知ろうとしていないのも事実。始めから目的は――。
『いいねぇ……。なるほど、思い出したよ』
始めからじゃないか。興味を示したのはツクヨちゃんのARKを確認してから。じゃあ必要なのはARKで、ツクヨちゃん本人じゃない?
『アサシンアクターに必要なのは……』
合格させる気はあるよね。今はツクヨちゃんも見てる。それに、どっちにしても、わたしはいらない。暗役科だろうと普通科だろうと、模忍高校に受からなくてもいい。なんとかしようとは思ってない。だったら、ツクヨちゃんのことも指導者としては見てないのかも……。
「受かった後は、どうする気?」
先輩として成長を手伝うのか、今の師弟関係を切るのか。ヒナコには、まだ分からない。ナツキが何を考えているのかは不明なまま。それでも、ヒナコ自身が何をしたいかは明らかな思いがあった。
『何もできない方が、もっと怖いよ』
――わたしにも、できるかな。
思考しながら帰り支度を済ませる。ヒナコが準備できたくらいで、勢いよくドアが開いた。
「ごめん遅くなっちゃった! すぐ着替えるね」
ツクヨが息を切らして入ってくる。ちょっとしたことでも、他人のことでも、全力で行動する彼女を眺め、ヒナコは自然に微笑んでいた。
「うん。待ってる」
ツクヨたちが外に出ると辺りは暗さを増していた。
「ナツキさん、もう帰ったんだね」
ヒナコのつぶやきにツクヨの表情が曇る。何か言いたげだが、口が焦り、目が慌てている。言葉に出してもまとまりがなかった。
「あのねっ! シショーもその、そういうんじゃなくてね? むしろ大丈夫だと思って、本当に知らなくて。ううん! でもひどいよねっ。あれはないよ! だからその、ヒナコちゃんがとかそれ違くて」
「大丈夫。分かってる」
「あう。ヒナコちゃん?」
ヒナコはわざと、ゆっくりと声をかけた。ツクヨの必死さも落ち着く。心配をさせないよう、ヒナコの口調は静かに続く。
「専門外なら仕方がないよね。気にしてないよ。ありがとう、ツクヨちゃん」
安堵と喜びが同時にきたのだろう。ツクヨから締まりなく空気が抜ける。その後は嬉笑交えて、がんばろうねと帰路を歩いた。
「また明日ねぇ!」
「うん。また明日」
ツクヨの家に着いて二人は解散する。分かれたヒナコは自分の家を目指す途中で、時間をかけてひと呼吸。吸って、吐いて。歩みを進めながら、一本の電話をかけた。
「もしもし。はい。ごめんなさい、遅くに。そう、かも? それで、そのっ……。うん」
彼女は一度立ち止まった。
「――お願いがあるの」
夜を迎える暗い道。その空の端は、まだ少し明るい。




