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明殺者  作者: 卯の雛
S2. 芽吹く青、木洩れ陽の許
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S2-par.2 『みなぎる気力! "気力"ってなんですか?』

 ツクヨとヒナコはARK(アーク)を手に、ナツキの言葉を待っていた。


「準備はいいな? ARK(アーク)に念じろ。アスピュレータ、展開!」


 軍隊率いる指揮官ばりに腕を伸ばすナツキ。反応はそれぞれに二人はARK(アーク)に力を込める。ツクヨは光に包まれ、事件の日に見せた光沢が彼女に装着される。すると当時は気が付かなかった違和感を感じた。


「なんか、顔についた?」

「アスピュレータの保護膜だろ」


 ナツキは回答するものの、初めて聞く単語に、ツクヨは首をかしげて小さく復唱する。ナツキは自分の言葉に続ける。


「顔ってか全身だな。生身の攻撃なら無傷、金棒フルスイング程度のダメージなら余裕で吸収ってな」


 ナツキはそう言ってツクヨの額を人差し指で弾く。触れたり強めに当たったとの認識はできるが、痛みや不快な刺激などの感覚にはいたらない。反射的につむった瞳が大きく輝く。


「すげぇ! すごいよヒナコちゃん!」


 ツクヨは高鳴る気持ちに同意を求めてヒナコの方へ振り向いた。だが、共感は叶わない。ヒナコはARK(アーク)を握ったまま、元の姿で立っている。光を放ったのは黒い六角形だけだった。

 疑問も混乱もあるが黙ったまま。ヒナコは解けない問題を考えるが、論理的に展開の方法を覚えていないがために、原因が分からない。


「なんか別のこと考えてたんじゃないの?」


 解答はヒナコ自身ではなくナツキから与えられた。ナツキの言葉を否定すれば嘘になる。だからと言ってアスピュレータの展開にどう関係しているのかは知らない。ヒナコは見返すだけ。ナツキは杏色のフォースの説教を思い出していた。


「しっかりと教えてあげなきゃ、ねぇ。仕方ないか。ヒナコ、一応ツクヨも、ARK(アーク)の仕組み教えるから一回で覚えな」


 するとナツキは自分のARK(アーク)を取り出した。その見た目は紫色の真珠に似ている。


「いいか? そもそもアスピュレータってのは気力(きりょく)で扱うんだよ」

「え、気合いで?」


 それだけ聞けば感情論この上ないが、ツクヨのことを考えると納得しそうにもなる。そんなヒナコの反応に、ナツキが一音を伸ばす。


「あー。言っとくが、科学的な方だかんな」


 ヒナコが茹で上がった。


「いや、その! 知った、分かってます!」

「どっちでもいいけどさ。まぁヒナコが知っていた通り、気力(きりょく)ってのが……」


 "気力(きりょく)"、気功に代表する肉体のエネルギー。過去、その存在を証明するに至らなかった。長年不明であったその正体を、ある学者は"ゼプト波"と名付けた。赤外線の一種であり、マイクロ波に類似している。特徴として吸収されづらく、ゼプト波エネルギーが反射や吸収される際、加熱の他に一部が電気エネルギーに変化する。この反応によって発生した微弱な電流、弱電波が人体に影響をおよぼす現象が気功の真相である。

 厳密にはゼプト波は気力(きりょく)ではない。正確に表せば、アスピュレータを展開するために必要とされるエネルギー量、それを満たしたゼプト波を気力(きりょく)と呼ぶ。また、気力(きりょく)の十分最低値を"(いち)念量(ねんりょう)"と表す。

 ARK(アーク)は一念量以上の気力(きりょく)を用いて起動するのだが、ゼプト波は人体の動き――呼吸や心拍の変化によって、そのエネルギーの量や波が乱れてしまう。そのため――。


「……アスピュレータの展開には結構な集中力がいるってわけ」


 ようやく理解した答えも、ヒナコにとっては自らの失敗を認める決定打にとどまった。必要な情報だとは分かる。ただ、今求めている情報とは異なる。


「つかまぁ、まだARK(アーク)を使わない理由を説明するだけだから、一人いれば十分なんだけどねぇ」

「どういうことですか?」


 話が本題に戻り、悩めるヒナコもひとまず聞きに入る。


「ま、一分もいらないじゃない? ツクヨ、ちょっと走って戻って来て」

「わっかりましたシショー!」


 待ちに待った指導に高まった声を上げ、ツクヨは部活動のときのように走り出した。


「お、なかなか」

「わたしたち陸上部ですから。それにしてもいつもより速い」

「慣れていないとは言えアスピュレータ装着してるからねぇ。そんなもんよ」


 先の事件で少女を助けたときよりも、さらに速く駆けて行くツクヨ。ところが、百メートルほど走ったところで足が止まった。

 普段二百メートルの選手として挑戦しているツクヨであれば、そのまま戻ってきても良いのに。ヒナコがそう思ったとき、明らかな異変が見えた。ツクヨがひざに手を置いている。そして静かにナツキらのもとへ向かい出した。すでに十本は走ったか、ヒナコと同じ千五百メートルに挑んだか。疲労感に満ちていた。

 ヒナコはツクヨのもとへ駆け寄り、肩を貸す。大丈夫かを聞いても、ツクヨに返す余裕はない。倍の時間はかけて進んだ距離を戻る。そうしてナツキのところにたどり着いたとき、ツクヨが声を絞り出した。


「シショーのチクショー! ぐぇっほヴっ……、はー、はぁ、はー、はぁ……」

「随分だなぁ。言ったろ? 初心者に多い落とし穴、ってな。維持すんのにも気力(きりょく)がいるわけ。精神力ってだけなら、まぁ数こなせばいいかもだけどさ。根本的に体力足りてないぞ」


 ナツキの話を半分に聞いていても、一向に整わない呼吸。本人の意思とは別に解除されるアスピュレータ。運動部に所属していながら、はるか上を要求される現状。さすがのツクヨも、これはムリだと諦めた。


「確か二人は陸上部で、大会あるんだっけ。それ終わるまでは体力づくりな。じゃ、今日は解散」


 本日の訓練が特に始まる前にナツキがお開きを宣言する。


「え、いや! まだ何も」

「ツクヨぉ、その状態じゃ身にならないって。んで、そろって遅刻するぞ」


 多くの時間を説明に割いたため、約束の時間はあまり残っていない。ヒナコのこともあるので無理強いもできない。


「分かりました。でも! すぐに終わらせます。また明日から、よろしくお願いします!」


 しぶしぶながらも、はっきりと、ツクヨの声はナツキに届く。


「おう、そんじゃ明日な。アタシも学校行くわ」


 その言葉にツクヨとヒナコは唐突に思い至る。ナツキの学校――模忍(もにん)高校は、今いる場所から近くはない。自分たちのせいで彼女まで遅刻してしまうのではないか。心配になったツクヨが本人に聞く。


「シショー、学校どうやって――」


 ナツキに向けたの問いは、ツクヨの閉じたまぶたと口の内側へ収まった。予期せぬ発光。その光はナツキの代わりになり、再び現れた彼女の姿は、よく知る黒紫のアスピュレータを装っていた。


「シショーその格好」

「アスピュレータは正しいことに使うって」


 ヒナコの考えでは、アスピュレータは必要最低限、活動時のみ使用すべきものであると解釈していた。だが目の前でナツキが起こした行動はそれに反している。公私混同に感じるナツキの行為に理解が滞るヒナコ。見とれるツクヨと唖然とするヒナコに、ナツキは答える。


「どした? そんな顔して――あぁ、真面目なことで。安心しろ、説教聞き流せば済む話ってな」

「いいんですか? それ」

「使えるものは使った方が得じゃん? ってなわけで、キミたちも遅れないようにねぃ」


 そう言い残して、ナツキは跳び去ってしまった。疲れも忘れて誰もいなくなった空を眺める二人。ヒナコがツクヨに語りかける。


「ツクヨちゃん、ダメだよ」

「や、しないよ」


 呼吸の間に終わってしまった初日の特訓。この先大丈夫なのか。ヒナコの当初に抱いた不安が現実にならないよう、できることを見つけて、できることやっていくしかない。まだ始まったばかり、されどすでに始まっている。

 とりあえず、ヒナコはツクヨを学校に連れて行くことを目標にした。

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