S2-par.1 『シショー失笑 始まる私たちのショー』
閑散とした空、工場跡地にたたずむ一人の少女。彼女は暁の青みと、二人の後輩を待っていた。
「――来たな」
まだまだやる気に満ちている軽快な足音が二つ、走ってきたままに彼女のもとへ駆け寄る。
「シショぉー!」
今日からツクヨたちの特訓が始まる。
集まったツクヨとヒナコは、仲良く先輩の前に並んだ。
「今日からよろしくお願いします!」
「わたしも、お願いします」
目を輝かせるツクヨと頭を下げるヒナコ。そんな二人に先輩はほほを掻く。
「あぁ……、そういうカタいのいいや。それよりも――」
「特訓ですねシショー!」
「いや名前教えてくんない?」
先輩は二人の名前を聞いてはいなかった。確認をしたのは工場跡地を特訓の場所にすることと時間くらいだ。工場跡地であれば広い敷地が確保でき、中央によれば騒音を最小限に抑えやすい。もっとも使用許可が下りたのは、被害者であるツクヨたちへの配慮の面が大きく、本来であれば却下されていたであろう。そのため近隣住民のことも考えて、時間は学校開始前の三十分と取り決めている。
「はーい! 私、音無月夜です!」
「木洩陽菜子です。あらためてお願いします、如月さん」
そのヒナコのあいさつに、先輩は小さくうなる。そして一度閉じたまぶたの片方を持ち上げた。
「んー、あぁ。アタシその名字あんま好きじゃないんだよねぇ。名前で呼んでくんない?」
「え? あ、分かりました。けどぉ、きさら――先輩の名前、聞いてないです」
先輩の両目が開き、眉が上がる。ツクヨがファンだと発言していたがために、知っているものだとばかり思っていた。ヒナコも調べてはいたが、あくまで如月選手として記憶している。お互いが不思議そうに一回、二回瞬くと、高い位置から呼気が音を生む。
「確かに、アタシだけ自己紹介なしってのも違うか。そんじゃあらためて」
彼女の手が腰に当てられ、口角が左右非対称に上がる。二人に微笑みかける自慢気な面は、ツクヨのそれより力強く含みがある。
「アタシの名前は如月那月。音無と、木洩? 二人も知っての通り、模忍高校の先輩ってやつ。てなわけで、アタシのことはナツキって呼んでねぇ」
「はいシショー!」
自己紹介の前と後で呼び名が変わらないツクヨに、ナツキの眉が下がる。
「その、師匠って何」
「シショーだからシショーです!」
「アタシまだ高二なんだけど――」
「始めましょうシショー! まずはなんですか? やっぱアスピュレータですか? ARK持ってきました!」
ツクヨの視線は日の光より輝いてナツキに届く。ナツキはたまらずヒナコの方へ目をそらした。
「木洩、音無っていつもこんな感じ?」
「ヒナコでいいです。多分ツクヨちゃんも名前の方が喜びますよ。今はテンション高い方ですね。好かれてますね、ナツキさん」
ヒナコの挑発的な目線、ツクヨの尊敬の眼差しを一度に浴びるナツキ。彼女は困惑しつつも、意識は二人の指導に向けることにした。
「ま、まぁいいや。それとARKはまだ使わない」
「えー! なんでですかぁ」
「二人とも、初めてアスピュレータを展開したときさ、フルに使えた?」
ツクヨたちがアスピュレータを最初に、たった一度だけ展開したあの日。事件の真っ只中で無我夢中だったときのことがよみがえる。
『やってるけどできないっ!』
『二個しか動かないの!』
フルどころかまともに扱えてはいなかった。敵が戦闘を目的としていたならば無事ではすまなかっただろう。
「だったらなおさら!」
「そこが初心者に多い落とし穴さ」
「ショシンっ……んん」
思わず反論しようとしたツクヨだったが、否定できないことに気づき言いよどむ。しょげる彼女を意識しつつ、ナツキは話を続ける。
「多いって言ったっしょ。大体がそうだよ。で、二人はアスピュレータを使ってどうだった?」
「いや、全然使えなかったですが、まぁ」
「あー、言い方変えるわ。使い終わってどうだった?」
「えっと、正直よく覚えてないですぅ」
ギリギリの状態だった二人に、当時の鮮明な記憶は残っていない。ナツキはとりあえず特訓に移ろうかとも考えた。だが、初っ端から人の話を聞かないツクヨがいる。何かをする度に質問をされていたのではストレスが溜まってしょうがない。確実に今頭を使うより疲れるだろう。どうせ面倒ならせめて軽い方を、そう思いナツキは指示を出す。
「ならまあ、やった方が早いね。ARK使うか」
「あはぁ! やった! よーし、さっそくぅ……」
「そのままじゃ制服汚れちゃうけど?」
学校前に時間を作っているわけで、家に戻っている時間はない。そのまま登校するため、二人は制服姿で集まっていた。しかし、彼女たちも乙女なわけで――。
「ナツキさんがどうかは分かりませんが、さすがに外で着替えるのは、ちょっと」
「何さ。アタシだってそのくらい気にするっての、ったーく。あそこ使えばいーじゃん」
ナツキの親指が示した先は以前、風通しの良すぎる掘っ立て小屋があった場所だ。ところが実際に建っていたのは、元の面影よりいささか大きめのプレハブ小屋だった。
「この場所はSOAF-OACEが管理することになったから。連中、気ぃつかってくれたみたいね」
「あれ使って良かったんで――」
「ヒナコちゃん行こ時間ないよー!」
ヒナコの腕はツクヨに捕まれ、話す間もなく連れて行かれた。
好奇心の勢いそのままにドアが開かれる。内装を確認したツクヨから、阿呆丸出しの笑顔の眉が下がる。
「部室、より狭い?」
「うん、簡素」
本当に更衣室、休憩所としてだけを目的としているのだろう。備品はロッカーとハンガー、長椅子、一応ホワイトボードもあるがナツキが使うかは分からない。空間の広さもあって余計にさみしい。
ヒナコは簡単に建物内を探索し始めた。どこなら利用しても構わないか、何をどこまで使ってもいいか、妙な点はないか。孤立した小屋に不安を持った彼女だったが、特に怪しい部分は見当たらない。
「ヒナコちゃん行こぅ?」
名前を呼ばれてヒナコが振り向く。そこにはすでに体操着に着替えたツクヨが待っていた。
「早くー」
「ごめんちょっと待って!」
ナツキの指導で特訓ができる喜びからか、目標の高さゆえの焦りからか、ツクヨはやる気に満ちている。早々に準備を終えた彼女に急かされ、ヒナコも制服を脱いでゆく。そのとき小屋の扉が開き、ナツキが顔を見せた。
「もういいかい?」
「ひゅいっ! ナツキさん急に開けないでください!」
「女の子同士なんだし別にいいじゃん」
「デリカシーはないんですか! とにかくドア閉めて、外で待っていてください。すぐに着替えますから!」
ヒナコに叱咤され手持ち無沙汰に扉を閉めるナツキ。ヒナコからあふれた息には、安堵と疲労が含まれていた。ヒナコは体を隠すために持ったままだった制服をロッカーに預ける。そこでツクヨがヒナコに声をかけた。
「ヒナコちゃん、私もぉ、外にいた方がいいかなぁ」
「え? あ、ううん。ツクヨちゃんは部活でもそうだし、慣れてるというか――やっぱりナツキさんのとこに行ってて。一人で待たせるのは悪いから」
「うん。分かった」
気にかけながらその場を後にするツクヨに、ヒナコは少し悩む。ツクヨはやたらとナツキのことを慕っているが、果たして信頼しても良いのだろうか。少なからず調べはしたが、公開されている情報では、アサシンアクターとして優秀であることしか分からなかった。それだけ知っていれば問題ないようにも思えるが、ヒナコには実際に会って知ったこともある。横暴な態度、突発的行動、何を考えているのか。そもそもなぜ……。
――どうしてあのタイミングで足止めをやめたの? アスピュレータの適性があると知っていた? それとも別の理由があったのか。もし自分勝手な理由だったなら、この特訓も真面目にやってくれるのか……。
ツクヨにのみ興味を示したことも気掛かりである。ただの善意や責任感だとは思えない。他にも大丈夫だと言い切れない点が残っている。しかしそれを友人に話したところで、本人は『大丈夫だよ』とでも返すだろう。ヒナコはひとまず、想像で会話したツクヨの言葉を信じて、待たせている二人のもとへ向かうことにした。




