S1-par.10 『変化万別アスピュレータ』
光の雨の中、男は耳元に手を当て口を動かす。その声は離れた場所にいる仲間へと伝えられた。
「了解――依頼の品は丁重に扱ってもらいたいものだが」
「へへっ、アタシの、知ったこっちゃ、ねぇな」
「口を開くのもやっとじゃないか。そろそろ休んだらどうだ」
「諦めは、悪い、方だッ……!」
「――そうだったな。なら、諦めさせてやろう」
背中、尾と装甲を破壊した至近距離からの射撃、その光は三度輝き圧迫する脚部に放たれた。彼女を鋭い痛みが貫く。頑強な装甲は半壊、破片に交じる赤い液体が刹那に蒸発し皮膚をおおった。微かに唸り声があがる。響き渡るはずだった悲鳴は、痛覚とともに噛み殺された。
「粘り強さは褒める。執念だな。だが楽になれ。もう――」
わがままな根性が、疲弊した肉体を操る。私利私欲が大半、意固地になっての一撃。人に強制しておいて言い訳はできない。
「――ッ! く、ぅっ……、つィ――片足壊シただケでイイ気にナるなッ……!」
「むしろ残っているのが片脚だけにも見えるが、まあいい。装甲の破壊だけなら先程までタメる必要もないだろう」
幾度も邪魔をされて、なおも男は平静を保ったままだ。しかし、それは表に見える態度であり、彼女には殺意にも似た怒気を感じられた。
初めは一網打尽にする勢いで挑んでいた彼女も、一対一でも勝てるかどうか。後ろ向きな思考に頭を振り、今は全力を出せるときを待つ。
――頼むよキミたち!
相手を動かさないために動けない現状、頼みの綱は他人。うまくいくことを望む。だが、現実とは往々にして、うまくいかないものである。
「全然ダメなんだけどぉー!」
一つのケースに収容されているARKは全部で十二個。片面に六個が並べられており、二人はすでにもう一方の面に希望を探していた。
「私適性ないのぉ? ショックなんだけどー」
「たったこれだけの中から見つかる方が難しいよ。今はとにかく試さなきゃ。全部ダメならダメでそういう風に動かないと」
――ダメだったら一緒に逃げればいいんだから。
「むぅ。さっきもすごい音してたし、先輩大丈夫かなぁ」
「大丈夫じゃないよ。戦ってる光の勢いも落ちてる。もう時間ないよ」
「え、ちょ、ちょ、先に言ってよ!」
ただひたすらに思いを込める。応えてくれと願い続ける。そうして十二個目、ケースに入っていた最後のARK。ツクヨは痛いほどにまぶたを合わせた。
――お願い。守られるだけは、嫌だ!
ヒナコは当初乗り気ではなかった。初めから逃げたかった。ケガをしたくない。ケガをする姿を見たくない。危なっかしいツクヨに、今より危ない世界に踏み込んで欲しくない。それでも、彼女は分かっていた。ずっと一緒にいた親友が何を選ぶか。何をするか。なんと答えるか。だから――。
――だから、応えて。となりにいて、守れるようにっ……!
その思いは――……。
「――何も、起きない」
「反応、なし」
そのとき、もっとも大きなクレーターから発光と破裂音が生まれる。無情なる合図。
「タイムリミットだ」
力任せの鉄塊が風芥にさらわれる。彼女に男を押さえる手段は消えた。解放された男は沈黙をかぶり仕事に戻ろうとする。しかし首を捕まれ、組み伏せられた。彼女の両腕の黒い鉤爪に。
「時間がないなら、それまでにやればいいッ!」
豪壮な腕が男ののど元を締め付ける。解放されたのはこの男ではない。光球をしのいでいた二人の方だ。男たちは真っ直ぐにツクヨたちの元へ走る。無防備な彼女たちに、戦い慣れた剛胆な脅威が迫る。だが、しかしながら、彼女たちはそれに気付いていない。このとき二人の目を呼んでいたのは、互いのケースにあるARK、その一つ。意思より早く、強引な直感に動かされる。
――応えてくれる。
「ヒナコちゃん! その黒いやつ!」
「ツクヨちゃん! その青いの!」
二人は同時に叫び、お互いが指差したARKを手に取った。瞬間、足音がもっとも大きくなり、絶望的な影を落とす。
「それを離せ!」
怒鳴るままに腕が伸び、二人に襲い掛かる。彼女たちは思わず悲鳴を上げ、互いの元へ身を跳ばした。抱き合う形でしがみつく。そのとき、ツクヨに握られた青い三日月とヒナコに握られた黒い六角形が、まばゆい光となって二人を包み込んだ。彼女たちを目指した男は光に弾かれ、不意の衝撃にのけ反る。
「まさか適合したのか!」
男の声をかき消すほどのエネルギーが膨らむ。光はその範囲を拡張し、膨張し切ったとき、きらびやかな優しくも硬質な破裂音を鳴らして散りばめられた。きらめく空間は男たちの関心さえも引き寄せる。だが男は何かを回避するために体をひねった。反応してから気づく。通り過ぎた光線、そしてそれを生み出した六角形の浮遊物体を。
「すげぇ! なんか出た!」
自分のやったことに驚くツクヨ。彼女には制服の上から脚部や肩などのいくつかに装甲が装着されており、背中には六角形の射撃板が六つ浮いていた。射撃板はすべてを合わせれば大きな六角形を描くように浮いており、そのうちの二枚が頭より上まで浮き上がっている。男たちを撃ったのもこの二枚の射撃板である。
ツクヨと男たちの双方が、驚きで数泊分動きが鈍る。その死角から一方の男の腹部に打撃が撃ち込まれた。ほぼ全身にまとう藍色の着物、それと同様に金属光沢を返す紺色の袴、肩幅より長いくらいの刀。剣道着の如き装甲に身を包んだヒナコが、さやに収められたままの刀で殴打したのだ。
「ヒナコちゃん剣抜いて! そのままじゃ攻撃にならないよぉ!」
「やってるけどできないっ! ツクヨちゃんも背中の全部使ってよ!」
「だめー! 二個しか動かないの!」
慌ただしくまとまりのない少女たち。男たちもどう手を出すか戸惑っているが、その耳にある伝達が入った。
通常の人間が化け物のじみた鉤爪と握力で首を絞められたならば、即座に息の根が止まるだろう。それはアスピュレータがある場合でも限界がある。薄い装甲越しに直接捕まれていれば、軽減できるダメージはたかが知れている。
ところが男の表情が特段曇ることはなかった。一切態度は変わりない。代わりに腕部の装備が変化し、首を捉えたはずの鉤爪を二枚の板が支えている。男は何事もなかったかのように耳元に手を当て話していた。
「……はその子たちの相手を、お前は回収を急げ。回収後、こちらにミラージュを」
通信を切り、視線は苦悶の表情に歪む女性の顔へ向けられる。
「たった二枚の射撃板で対処できるとは思わなかったぞ」
彼女から言葉はない。ただただ今にも倒れそうな、例えるなら高熱や吐き気に耐えているときに似ている。静かに呼吸音が漏れるだけだ。
「全く力が入っていない。目もうつろ。後何発だ?」
男に呼応して五角形の射撃板が四枚、彼女の四方を囲む。そして一斉に光線を発射した。彼女の体がぐらつく。ただし腕には力を入れたまま、気合で体勢を立て直した。それを見て、男が笑った。
「流石だな。残念だが、嬉しくもある。こののちも、精々頑張れ。じゃあな」
男が別れの言葉を残す。すると、男の体が消え、腕への抵抗感もなくなった。
「くはっ……はぁ……っ、はぁ……っ、なんで、どこに」
手ごたえを失い、全身から力が抜ける。そのとき、何かが彼女の頭部装甲に当たった。装甲にはヒビが入り、彼女の体勢が崩れる。倒れる中、彼女は見た。消えたはずの男が、腕の装備を戻して元の場所に同じ格好のまま横になっているのを。男は平然と立ち上がり、その場から跳ね上がった。
「待ちやがッ――くぅっ……そぉっ……!」
男を追うために必死に足を着く。しかし、その脚は損傷した側のものだった。彼女の身が支えられることはなく、重力のままに叩きつけられる。負傷、消耗の激しい肉体は、気持ちだけではすぐに動かなかった。
男は残り二人のOACEと合流した。すぐにケースの回収を命じられた男と確認を始める。
「ARKは」
「ここに。だがあの二つは」
「いや、構わん。今回の型は適性がある方が珍しい。特に黒い方はな……。とにかく、回収したところで目的には使えん」
「分かった。おい! そいつらはもういい、行くぞ」
必死に抵抗するツクヨたちを相手に、男は軽く飛び退く。合流したOACE三人はそのまま去ってしまった。
「【黒の六角】、まさか適性者が現れるとはな」
「何か言ったか」
「いや、独り言だ。気にするな」
去り際の一言、それがツクヨたちに届くことはなかった。
「やばっ! 逃げちゃった」
「ケースも持っていかれちゃったね」
「でももうムリぃ~! 疲れたぁ~」
「これ、走るより、つらいね」
やれることを全力でやっていた二人だったが、普段経験しない、人によっては一生体験しないだろう疲労感を身に残し、へたりと腰を下ろして動けなくなった。




