S1-par.9 『開け希望の箱! 応えろARK』
光球二つが合流する少し前、限界が近付く中で少女は男を抑え続けていた。鋼の尾で強く締めつけ、地面に圧している。拘束された身で耐えているのか、黙ったままでいた男。不気味なほど静まり返っていた空気が、にわかに震えた。
「あの子たちに何か仕込んだか」
「おいおいっ……全力で、潰してん、だからぁ……よぉ。サラッとぉ、シャベんなよ」
「一般人を巻き込むのは、フォースのやることじゃないな」
「うるセェ! アンタを仕留めりゃスむ話なんだよっ!」
感情の温度差が怒りを増長させる。相手の熱量が肥大すればするほどに、男は冷めた対応を返す。
「そうか。なら、あまり時間をかけない方がいいぞ」
男があおるようにつぶやく。それが引き金となった。尾がさらに強く締め付けるため、一瞬緩む。それを機に、尾に力が入れることはなく、粉々に砕け散る。幾片もの鉄塊が男のもとを離れ、先刻に背中の装甲を破壊したときと同じ、腕を構えた姿があった。
「これだけタメても根元までは届かなかったか」
「なにシやがった!」
「見ての通りだ。さて、そろそろ――」
立ち上がろうとした男の体が、再度地面と平行になる。凹面の中央が新たに陥没し、爆発音とともにクラックが増大する。ドラゴンを彷彿させる脚が、男の腹部に直撃した。まだ石のかけらが宙に投げ出されているうちに、男は片腕を突き出す。拳の先は目の前の影に向けられ、数発の光弾が放たれた。とっさに黒紫の両腕が交差される。
彼女は焦っていた。男の反撃を防ぎ、動きも止め直した。ただし、一向に目的が達成できない。目の前の敵に集中するためにも、早く雑魚二人を片付けなければならない。もともと足止めなど考えていなかった。完全に止めるつもりでいた。それさえも、いまだ成し得ていないのだ。
「下っ端のクセにッ……」
思ったことが自然と外に流れる。それだけ余裕がなくなっていた。彼女の姿、言葉に、男は腕を構えて話し始める。
「やはり、お前は他人を甘く見過ぎている」
「あぁ? どうした、何回目だそれ。命乞いなら、それらしく言えよ」
「彼らとて厳しい鍛錬の末に力をものにしている。一騎打ちでならともかく、実力のわずか数割で押し伏せられる相手ではない」
「まともに動けてねぇじゃねぇか」
「戦闘以外にも能力を使っている。彼らも完全な状態じゃない」
「――ウゼェよ」
彼女の足が地面との間を詰める。きしむ音が響き、全身が力む。肉体的にも精神的にも限界を迎え、彼女の本音がこぼれた。
「早く消えろよ。なんで生きてんだよぉ!」
「――どうしてか、生きてるな」
本心だけでなく涙もこぼれ始める。己の実力をなげいたか、また別の理由か――。しかし、戦闘の最中に感情の揺れは致命傷を招く。雫は即座に払われ、彼女の瞳はにらみ、笑った。
「いいさ。だったら他人を高く見てやる」
「極端な奴だ。何が言いたい」
涙と一緒に何かを振り払った彼女は不敵に笑う。男の問いに答えはしない。代わり、光球の一つが少女たちのもとへ飛んだ。
ジュラルミンケースは見た目以上に重く、普段運動しているツクヨたちでも体力の消耗は激しかった。
「足ぃ! 重いー!」
「さっきのやる気はどこ行ったのツクヨちゃん」
「やる気の問題じゃないよぉ!」
文句を言いながらも動き続けているツクヨたち。中学生のスタミナの上限が見え隠れし始めたとき、二人は足を止めた。そう指示があったからだ。
『止まって、お二人さん』
「え? あ、先輩!」
『まだ無事だねぇ。オーケーオーケー。ま、こっちが大丈夫じゃないんだけど』
肩を上下させる二人の目線に光球が下りてくる。彼女たちはその一点を見つめて言葉を待った。
「どうしました」
『せっかく走ってもらって悪いんだけどさ。このままだとアタシ負けるわ』
「えぇ! うそでしょ!」
「なら逃げますか?」
『いんや、むしろいてねぃ。なんせ、キミたちに賭けようってんだから』
意図の分からない安心感の薄い誘い文句に、二人は顔を見合わせてかしげる。
『そのケース開けてみ』
「いいんですか? やった! よし――え、これどうやって……」
「普通のロックじゃないです。カードキーか何か、かざすものがないと」
取っ手の横、液晶画面が取り付けられておりチップかコードなどのデータを認識させる必要がある。当然二人ともそんなものは持っていない。
「あの人たちから奪いますか? むりですよ」
『なるほど。了解、ちょいと離れてな』
ツクヨとヒナコはケースから距離をとる。すると光球が輝き、躊躇なく光線が撃ち込まれた。二人はまぶしさと音に反応して、手を目にかざす。射撃されたケースは衝撃で跳ね上がり、地面との衝突で内側をあらわにした。
「そんな簡単に」
『普通に壊しても開かねぇからマネすんなよ。それよりも』
中は衝撃吸収材が大部分を占め、ケースの大きさに似つかわしくない、光を反射する小さなものが複数、等間隔で収められている。
「これって、まさか」
「わぁ、かわいい! キーホルダー? アクセサリー?」
『そいつがアスピュレーターってな』
その名前にツクヨの瞳孔が開く。単語自体に反応は示すだろう。だがそれだけじゃない。今アスピュレータと呼ばれたそれは、あまりにも小さく、見た目も全くの別物である。
「え? でも、え? これ、ふぇ?」
「本物のARK、初めて見ました」
『そ。そいつを使えばアスピュレータを身につけることができるわけよ』
ギターを眺める男子のようなツクヨ。対して、ヒナコは新発見をした学者じみて、ただ見つめている。本物を見た感動で停止している二人。しかし、続けられた言葉に思考まで停止しかける。
『てなわけでそれで加勢してね』
「――え?」
「ホントですかぁ!」
「いや待ってください! 約束が違いますっ! それに勝手に使うなんて」
『目的はソレなんだし大丈夫でしょ。使っちゃったのは巻き込まれた流れってのでイケるイケる』
「なおさらです! ARKが目的なら使用者も攻撃の対象になります。第一、適性があるかも分からないのに」
ツクヨの浮かれた態度とは真逆に、ヒナコの対応は厳しい。しかしもっともでもある。それを理解してか、指示に近い頼み事は説得に似た言い回しに変わる。
『適性がないと判断したらその場から離れていいよ。もし装備ができたならソイツが守ってくれる。まともに戦わなくていい。注意を引いて欲しいんだ。アタシはコイツに集中したい』
ヒナコは躊躇していた。引き返したい気持ちでいっぱいである。さすがに危険だと判断していた。何よりツクヨが下手に高揚していることが気掛かりでならない。
「ツクヨちゃ――」
「やろう、ヒナコちゃん! ムチャするならムチャできるだけの力を、だよ!」
やって欲しくないことを前提として動こうとしている。加えて話している内容が明らかに受け売りである。だが、反応は想定内、予想通りだった。
「だよ、じゃないよ。はぁ……。いいよ、わたしもやる」
「うん!」
「でも約束して。ダメそうなら逃げる。うまくいっても突っ込まない。いい?」
「え、うん」
「いい!」
「はいっ!」
ちゃんと約束を守るかは、そのときになってみないとはっきりしない。それでも、口に出して伝えることで、ヒナコは仕方がないと思うことにした。踏ん切りをつけ、ヒナコは光球を見直す。
「ARKの使い方、教えてください」
『待ってました。つっても、ソレ持って念じるだけなんだけどね』
「念じる、ですか?」
「なんかカッケェ」
『手に取って、応えてくれぇ! って思いを集中させんの。適性があればアスピュレータが展開されるってわけ』
最低限の説明だけをして、早々と光球が動き出す。
『じゃあ足止めしてくっから。それと、急いだ方がいいよぉ』
「へ?」
『適性を試してる間はそこから移動できないからね。がんばりなぁ』
去る光が後に残した不穏な言葉。完全でない足止め、場所を移せない。答えは単純である。やるしかない。




