87.狂乱
87.狂乱
百夏の背後に抱くのは、邪悪の塊。その粘土は触腕を持ち、動かないメリー目がけて一斉に襲いかかる。
メリーの手には『ヘラクレス』。無音で放たれる銃弾は、触手が勝手に分解されていくようにも見える。しかし、百夏の洞察力はすでにアブホースの能力で強化されていた。いわば、百夏は暗黒のアブホースそのものだった。
だが、見破れた所で回避する必要などない。
銃弾が百夏の頭部を撃ちぬいたが、衝撃に吹き飛ぶことも無ければ、かざした手が下ろされるわけでもない。一瞬の隙を突いて、触手が一本、メリーの足元へと潜り込む。
その触手を、メリーの人形が食らった。粘土から練り上げられた触手人形だ。
「――なにそれ? 怪物のつもり?」
百夏の見ているのは、触手人形だった。常に形を変え、不気味に揺らぐその怪物を目の前にしても、すでに百夏にはなんの感慨も浮かばない。むしろ、その『劣化物』には、不満さえ覚えていた。
「――しょうがないわよね。あなたは模倣しかできない駄作! 『揺籃のシュブ・二グラス』ぅ? 人間の生み出した地母神が、イッパシの宙色の怪物気取っているなんて……皮肉ねえ……怪物とは、こういう物を言うのよ」
百夏の掌から産み落とされたのは、多頭の赤ん坊だった。と思えば、体が大きく膨らみ、臨月を思わせる人影に変わる。しかし、その姿さえすぐに形を変えた。次に見えたのは、腹から湧き出る形容しがたい虫のような生き物だった……。
「あなたが何故そんな銃なんて使うのか? そして、その如何ともしがたい“駄作”を使うのか……ええ。あなたは所詮……怪物の中でも“弱い”存在なのよ」
メリーの中にあるものが、沸点を超えるのを感じた。
図星を突かれた。その理由も含めて……。
「――我が主が言うには……あなた、人類に依存したものでないと作れないのでしょう?」
「――――――」
「ふふっ……その怪物、ボキャブラリーが少なそうね? あらかた、原始生物から引いてきて居るのでしょう。見たことがないように見えるだけで、本当は人類の誰もが馴染みの深い生き物……その銃だってそう。人間の生み出したもの……ああ、人間が生み出した兵器では、正真正銘の怪物は殺せなくってよ……あなたの本当を出しなさい」
「嫌よ」
メリーの銃が火を吹く。百夏の宙色の触手を叩き切り、脳髄を的確に撃ちぬく。しかし、銃弾は外へはじき出され、穿った穴は修復された。
――背後のアブホースの力だ。彼は、人間であれ、未知の怪物であれ、改変する能力を持っている。この世界に於いて、メリーと花音が姿を変えないのは、かろうじてアブホースに対抗する怪物を持っているからに過ぎない。
――しかし、アブホース本体があれば……百夏やその他白蘭館の元メンバーのように、洗脳を施すことは出来る―――その事実が、花音の心を警戒で満たした。
「何故――何故、あなたは本当の姿を見せないの? あの醜悪な姿……『トーヴハァ』に見せたようなおぞましい怪物を、私は見たいのよ……」
「それを感じたから……やっぱりやめたの」
「――――――ゴミになる奴が……今頃隠しても無駄なんだよッ!」
修道服がアブホースに染められていく。
「――いいわ。だったら、引きずりだすまでよ。花音さん。あなた、邪魔よ」
足元を這う黒影。それはアブホースの半身だ。ドロドロしたタール状の怪物は一瞬にして床を伝わり、一面の黒へと侵食した。
「――模倣を知らない混沌に――私が敗れるはずがない―――」




