86.黒鯨②
86.黒鯨②
「――六秒だ! 狙いを定めろ―――“口”だ!」
雨道が八本の神柱に力を送り込む。不死として生まれたことを何より憎んだ頃、雨道を突き動かしたのは魔術であり、京都の怪物達だった。
自分の居場所を。探し求めて、出会ったのが戦地だった。戦場は心地が良かった。怪物の住む道とは、怪物の住む場所にしかありえないのだ。雨道はそれを知っていたし、知りたくないとも思った。――だが、感じるものは、ただ、殺し合いを。
生まれ持った本能に逆らわず、狩りに生きる……雨道渾身の罠の出来栄えは――六秒。
北海道に存在する、とある湖と同等とも言える巨体を持つバハムット。その推力は旅客機というより豪華客船や巨大戦艦と言った具合だ。バハムットを六秒止める。その力は、魔術師の領分ではない。――これこそ、神と同等に戦える、神の力とでもいうのだろうか――しかし、六秒は短い。
「―――――――――――――――ッッ!」
六秒きっかり、すぐに過ぎていった。だが、テレスにも六秒は長すぎたようだ。
――バハムットを上回る高度――怪物の居ない虚空に、テレスは居た。
巨大な――黄金のモリを握って―――!
「――『オレイカルコス神柱“三叉鉾”』」
バハムットへ向かって、絞られた力が開放される。爆発的な跳躍をテレスが行うと同時に、鉾がバハムットの頭上を貫く! 三本に枝分かれした鉾は、それぞれ口を貫き、脳髄を貫き、地面を縫い合わせるために中央の特に長い一本が下口から飛び出た。
バハムットが断末魔の悲鳴を上げる! あまりにも大きい絶叫に雨道は耳を塞いだ。空を支配していた怪物達もその大音響に気絶し、次々と墜落していった。その壮絶さと言えば、空が落ちるかと思うほどだった。だが、その例えはあながち間違いでは無かった。
バハムットが、鉾に貫かれたまま―――勢い良く地面へと叩きつけられた。羽を突き刺していた神柱はさらに食い込み、串刺しにした。
「――バハムットの生命力が低下した―――このまま封印するぞ!」
雨道の合図に、八本の黄金の柱が共鳴する。大声を上げ、口から紅炎を撒き散らすバハムットは辺りを焼き尽くしたが、それは鉾に串刺しにされた所為で思うようにいかない。翼からの『流星群』も羽を貫通させられていては、機能しなかった。
即座に発動する封印式。八本の柱から迸る炎は、バハムットの猛烈さを物語っていた。今まで八本の緩衝材を用いて動いたものは居なかった。凶悪な神鬼も、百鬼夜行の群れも、一網打尽にしたこの魔術が、せめぎ合っていた。
八本の柱の一つにヒビが入る――これは、まずい―――雨道の頭に最悪の事態が想定される―――が、テレスがそのヒビを修正した。
「――助かった。とっととバハムットから離れろ! 封印を完成させる」
黄金の鉾は、テレスの腕に握れるような太さではなかった。しかし、それはテレスの手によって握られ、そして振り下ろされた。結果、バハムットを地面へと括りつけたのだ。一体どんな魔術を使ったのだろう……雨道にはテレスへの謎が深まるばかりだった。
そして、鉾から離れるテレス。結界に囲まれた区域は、すでに魔物の入れる生半可な防壁ではない。それは――アブホース眷属中でも巨体のバハムットでさえ動きを止める完全な結界だ。
「――見ろ、空の怪物達が下へ降りていくぞ。バハムットに仕えていた奴らだ。指揮官の消滅で慌ててやがる――残党処理になりそうだな――」
離れた距離に居るテレスに電波で話し掛ける。
「いいえ、新参処理」
バハムットが穿った穴から覗く敵影……それは大量の虫を引き連れた――。
「『ボルトゥーム』じゃないか! あいつらまで此処に来たか……」
「あなたは、フーガを助けに行くべき」
「風歌……確かに、あいつが無事かどうか……―――分かった。この場は任せる」
そして雨道、言いよどみながら。
「――お前は紅茶より緑茶派だったな……」
「そう。緑茶は……濃いめ」
「終わったら、俺の部屋に来い……一杯、気に入っているのがある」
「分かった。たぶん」
それだけ言って……雨道はスカイツリーに倒れたままの『ウボ・サスラ』の元へと駆けつけていった。
バハムットの封印によって、戦況が変化するはずであった東京都心。
しかし、新たに集う怪物達の猛威を受け『天磐戸』は既に壊滅していた。四方から入り込む怪物の群れ。そしてそれを率いる中型の怪物。
すでに白蘭館の人数で抑えることのできる量では無い。
メンバー全員に一つの思いがよぎる。メリーは……愛路橋花音は何をしているのか――そして、封印を施している風歌は、どうしているのか――。
猶予は少ない。全国から集い始めた怪物の群れは、今まで戦っていた怪物の比ではない。全国に拘束されていた六十体の中型怪物。その全てが白蘭式の封印を破って東京を目指しているのだ……。
すでに逃げ道は無い。ここで死ぬか、勝つか。
白蘭館の戦力を考えて……戦いは佳境を迎えていた。




