58.緑潜眼②
58.緑潜眼②
その衝撃から先は、ただ受動的なやり取りが繰り広げられた。脅威の幻視が瞳を焼き切らん勢いで視界いっぱいに広がった。それはかつての人類の足跡。怪物が人間に駆逐される原始の記憶である。レムリアやアトランティス、北極点で発生した人類史上始めての大戦争。超古代文明の砲台がデス・ウォーカーのような巨大な怪物を貫き、ウェンディゴは圧倒的な質量の寒風で人間を凍死させた。
その最中、彼の王は居た。エーテルの波を操り、眷属を意のままに操る、強大な王『天界のハストゥール』。その一睨みは、人間を狂気の沙汰へと追いやり、死の吐息は人間を天へと舞い上げ、花と散らせた。
長く続いたこの戦争に、人間の王が立ち上がる。彼の握る大砲は、ハストゥール眷属を百、二百と屠った高威力の魔砲である。ハストゥール目がけて放たれたエネルギー弾は壁となる眷属を貫通して、王の眼球を射ぬいた。
人間の勝鬨、怪物の断末魔が響き渡り、狂気の波は一層高く、激しくなっていく。
『吾輩は、この戦いで人間に敗れた。死して、逃亡した所、この惑星へと辿り着いた』
「――何故、お前達は人間に堕神点なんて、設けるんだ?」
『蒙昧。その問いに意味は無い。それは、『原初の王』が作り上げた門。我らはそれに従っているだけよ。我らが王を統べる『原初の王』。彼には絶対の忠誠と恩義があるのだ』
「つまり、『原初の王』の思うまま。ということか?」
『然り』
「――なんだ、お前たちも、僕と同じだ」
『?』
「主従関係は楽だ。僕は犬だ」
『吾輩は犬ではない。地球の生物に例えるには、分不相応である』
「あんたも、そいつの命令に従っているだけ。そういう意味だろう?」
『我ら至上の目的は、人間界の破壊と侵略にある。志を共にする同志である。お前の言う、主従関係は正しいが、お前と同じということはありえん』
「ははッ! 『天界のハストゥール』。お前は、きっと、僕を選ぶのが必然だったに違いない。今、そう断言してしまえるほど、お前は僕とそっくりだ!」
明らかに、沸騰する意思を感じた。ロバートの脳裏に鋭い痛みが走る。
『――その愚かな“目”で、世界の全てを見てくるが良い――次にお前に会うときは、私がお前の喰らう時だと知れ……この痴れ者が!』
ハストゥールが雄叫びを上げる。絶叫はロバートの耳を割り、視界を閉ざした。
ハストゥールの怒りが全身に反響する。夢の中とは思えないほどの音の嵐。耳をふさいでも聞こえるこの絶叫は、ロバートの精神を容易に破壊する狂気の音色だった。
目を、目を、目を覚ますんだ!
思いたまらず、一生懸命そう願い―――目を開いたのだ。
「うん……では、成功だったようですね」
「ウェンディ。君は分かるのかい?」
「では、これを見てください」
彼女の掌から水銀の鏡が現れる。それをロバートは凝視した。
「―――――なっ! こ、これは!」
自分の見ているものが信じられなくなり、そのものずばり、目を疑った。
「狂気に晒された人間には、よく、こういうことが起こります。流石に、色素まで変わるのは珍しいことです」
ウェンディの言う通り、自分の瞳の色が両方とも変わっていた。青色から、緑色に。
「緑潜眼です。深きものの瞳ではありませんが、立派な“怪物の目”ですよ」
決戦当日。白蘭館は緊張の最中であった。
誰もが体を震わせていた。それが武者震いならば良いのだが……。
「それでは、作戦通り、私とメリー様で、国会図書館へ。風歌、雨道さん、ロバートさん、テレスさん、サラさん、ウェンディさんで『ウボ・サスラ』を倒しに。黒兎さんと夢見野さんは此処で敵の挙動を確認していてください」
愛路橋花音の声もかすかに震えていた。瞳の色も冴えがなく、どことなく緊張が隠せない様子だった。
「――私達は、この手で日本に平和を取り戻さなくてはいけません」
しかし、その震えを抑えて、声を張り上げて言った。
「皆さん、どうか、死なないで……そして、勝利をこの手に!」
拳が空へと持ち上げられる。日本式のなにかだろうか? 西洋圏の人々はうやむやのうちに、拳を突き上げていた。どうやら、全員気持ちが昂ぶっているのは同じらしい。
こうして『暗黒のアブホース』との対決の火蓋が、切って落とされた。
次回から『白黒(完結)編』です。
最後までよろしくお願いします。




