54.白蘭式①
54.白蘭式①
メリーの顔つきも厳しくなる。本題は『暗黒のアブホース』。これに尽きる。
「『暗黒の――』と言えば、『ネクロノミコンの予言』に記される超個体です。他の堕神した怪物を知っていますか?」
「少しだけです。被害や場所までは詳しく言い当てられませんが、この五百年あまりで、強大な力を各地で感じ取ってはいたのです……それが、ネクロノミコンで予言された、非道極まりない怪物達だということも……」
「ならば、話が速い。『暗黒のアブホース』。これを倒せなければ、日本は救えない。これは確かです。なら日本が救えないのか、といえば、勝ち目が無いわけではありません。運がいいことにアブホースは日本から移動しようともしない。それは、全土を動きまわるショゴスのような“倒しにくい”怪物でないことです」
アブホースの存在は明らか。それは変幻自在のショゴスのような分裂個体と比較すれば、ずいぶんと楽な話だ。いわば、魔王の根城に潜り込み、倒すという明快な答えだ。対してショゴスはフィールドを駆け巡るランダムエンカウントの敵。こちらのほうが幾分も厄介だし、一地域を制圧すると、被害は甚大なものになる。
「日本限定のアブホース。これは弱体化につながっているのです。元々、アブホースは混沌の生物。その存在はアメリカの寒村か、ヨーロッパの山奥、北極の雪山と相場は決まっています。それが、どういう事か、日本全土に広がっているのです。アブホースには非常に相性の悪い地形です。これが、もしかするとアブホースを日本に止めている理由かもしれません。力の供給が上手くいかなければ、移動することもままならないくらい、アブホース一つの存在は巨大なのです」
「……それは本当ですか?」
「お母さまがそうおっしゃっていますわ。わたくしも、正しいと思います」
「――話を続けてください」
「故に、アブホースは日本に大量の眷属を使わせ、僅かな接点をより強固なものにしようとしているのです。日本ほどの小さな列島なら『ウボ・サスラ』だけで事足りることです。しかし、そうしないのは“できないから”なのです」
ウェンディの顔には笑みが浮かんだ。
「非常に運がいいことです。貴方達の用意した『白蘭式』。これはアブホースの最も恐れることです。各地に張り巡らされた眷属を殺すということは、同時にアブホースの五感や神経、五体に通じています」
ウェンディが一滴の水銀を流すと、みるみるうちに人間の形を取った。
「今、アブホースは全身にあなた達の仕組んだ『爆弾』が設置されている状況です。あなた達が生け捕りにしているお陰で、アブホースは自身に付いている爆弾を察知できてしません」
水銀人形の手足に時限爆弾らしきものが加えられた。アブホースはてくてくとテーブルの周りを歩いている。
「『ウボ・サスラ』は、心臓の爆弾になるでしょう。これはあなた達が想像しているより、もっと効果の良い作戦です。無意識にしても、これは非常に強い攻撃になります。もし、『ウボ・サスラ』が爆弾となれば、アブホースを殺すことができます。これは絶対です」
アブホースをかたどった水銀人形が爆発する。一片の水銀も残らず霧散する。それは正しく、アブホースが何の痕跡も残らず消え去ることを意味していた。
「核を殺す必要は無い―――と言うのですか?」
「白蘭式の最大の目的はそれではない――そうでしょう? 花音さん」
「―――――その通りです」
花音は長い沈黙を破ってそう言った。逡巡と呼ぶには長い時間だった。
「これは、一度も話したことのない、話に、なります」
黒兎が驚きに刮目した。口を開こうとして、躊躇ってやめたのをメリーは見送った。
「白蘭式は、反魂の魔法なのです。反魂とは、死者の魂を蘇らせる秘法であることは、みなさんご存知の通りです。この白蘭式はさらに、日本の主要な霊脈を結びつけ、日本全土に反魂を仕組むという術なのです」
黒兎はあっと声を上げそうになった。心辺りがあるのだ。
例えばそれは、富士山に封印するのは絶対だ、とか、恐山で封印しなければ意味が無い、だとか……そういえば、全ての封印された怪物達が眠っているのは、全て日本の霊場、霊地だったのだ。
「アブホースの生命力を反転して、失われた日本人の命を取り戻す術式。それが、白蘭式の正体です」




