38.重厚
38.重厚
ロバートが拳をふりあげると、ちょうど本日三十体目の怪物を倒したところだった。
手際もだいぶ慣れた感じがあり、ロバートの新たに目覚めた魔術の使い方も熟練度が上がると共に討伐スピードも速く正確なものになっていった。
メリーは一言。
「よく頑張っているわ」
と、ロバートをねぎらった。メリーが共に戦ってくれたらどれだけ楽になるのか、ロバートはそう考えないように必死だった。
「メリーさん。そろそろ新宿ですよ」
代々木上原駅から出発して三時間。怪物の手厚い攻撃を受け続け、ようやく歩き始めることができると、一息ついていた所だった。三十体もの怪物を並の人間が相手にしていれば、恐らく疲労と油断で命を落としかねない。並々ならぬ戦闘技術があっても、二体以上は身の危険が格段に上がる。加えて、怪物の異常なほどの強さも加わって来る……とてもロバート一人では背負いきれない数が一斉に襲ってくるとなれば、恐怖するしか無かった。
「シンジュク。それは東京の象徴だわ。楽しみね」
「恐ろしく強い怪物はもう会いたくないなぁ……どうか、現れませんように」
ロバートの願いはほかならぬメリーに砕かれる。
「残念。気配は一向に強まるばかり」
それはロバートの感覚でも分かることだった。
いままでの都市が比較にならないほど、トーキョーは暗黒の色が強かった。
「でも、あなたの力なら倒せるはずよ。ロバート。自身を持ちなさい」
珍しくメリーが励ますが、ロバートには、もっと頑張れと言われているようにしか思えない。メリーが人を褒めるなんて、鳥肌が立つくらい恐ろしいことだ。
「……メリーさん。もし、もしだ……自分の命で、他の人が救えたなら、どうする?」
不意に、こんな質問をしてしまった。
目の前にスカイツリーが迫る。その周りをくるくると回る球体。そして、黒一色に閉じられた日本。アンニュイになっていのかもしれない。くだらない問答だった。
しかし、メリーは真剣だった。
一度だけ、微笑が交じる。
「救うと思う?」
「…………」
「私は、他人の為に死にたいとは思わない」
「――本当に?」
「ええ。私の死は、他の何よりも防がれなくてはいけない。私は死んではいけないのよ。分かる? ロバート。死んではいけないのよ」
二人は、歩き続ける。路線の上、形の変な草むらが沢山ある、魔界の一本道を……。
途切れた会話をつなごうと、ロバートが必死に言葉を考えていた。だが、それよりも先にメリーが言葉を発した。一歩前を歩く彼女の顔色は伺えない。
「……ロバート。余計な事は考えては駄目。あなたは馬鹿だから」
「…………」ロバートは何も言えない。
「これから、アブホースを倒しに行くのだから、無心で望むほうがいいわ。……あなたのように、怪物に体を変えられた人間は多い。もし、あなたが救うのが他人だというなら、心得ておきなさい」
顔は、最後までこちらには向けなかった。
「――もし、自分か他人が死ぬ選択を迫られたなら、自分を真っ先で助ける人間であれ。とね……ロバート。あなたは誰が死んでも、自分を一番に救うことができる?」
人間一人守るのが難しいように、また、自分を守るのも難しい。
それは、当然のことだ。それは揺ぎ無い真実。
しかし、ロバートは“それ”をずっと胸の内に秘めたまま、メリーの悲観的な考えにささやかな抵抗をしていたのではないだろうか? だが、そんな当たり前な事に批判したくとも、メリーに命を救われた自分が意見することなどおこがましいのだと、自分勝手に否定していたのではないだろうか。
不意に、そう思っていた。
「……じゃあ、メリーさん。僕と怪物が共に死ななければならない局面で、僕と怪物を一緒に貫いてくれるかい? その瞬間、自分の命が危ぶまれている時……僕を殺してでも、自分の命を守ってくれるかい?」
メリーが微かに怒りを覚えたのが、背中から分かった。
ロバートが口出しするのは、珍しいことだった。
それだけに、戸惑っているのだろうか? いいや、お姫様の彼女がそんなはずはない。
常に唯我独尊である彼女なら、皮肉な声で、もちろんと答えると思っていた。
だが、何時までも答えは帰ってこない。
「メリーさん。悪い。変な事聞いたよ……」
「いいえ。あなたの想定はありえること。だから、その予想には真面目に答えないといけないわ」
少女の声に、頭が沸騰しそうになった。自分が初めて抗った言葉。それは、まるで結婚の時に相手の親に会いに行くような、何かを覚悟する感覚だ。そして、それを受け入れようと、自分をなだめている瞬間。
ロバートは、掬い上げられた命の重みで、自分さえ受け止められない矮小な人間だと知った。メリーの言っていた意味が、本当は全く分かっていなかったらしい。
こうして後悔しても、メリーは言葉を続けるのだろう。目を伏せたい。
耳も貸したくない……彼女の言葉を否定した罰だ――気分は硬い殻に覆われていく感じがした。それは、まるで呪いを掛けられたあの日と同じような気持ちだった。
「私は、あなたと一緒に、怪物を討つことができるわ。たとえ、あなたが危機に晒されようとも、怪物を殺すことに集中する……期待しないことね、ロバート。私が救ってくれるなんて……分かって?」
くだらないことを聞いてしまった。それに、メリーにくだらないことを答えさせてしまった。メリーが言う事なんて分かっていたのに、どこかそうではないだろうと、期待していた自分があった。
そうとしか思えなかった。
自分を殺そうとして、彼女が全ての戦いを任せている訳でないのは分かっている。それでも、常に戦い続けるのは自分だった。ただ単に気に食わなかっただけならまだしも、メリーにこんな“面倒”な問いをさせたことが、何より自分の中で一番気に入らない。
簡単に、メリーに反抗したかっただけならまだいい。
だが、この“気持ち”は、どうあるべきなのか、分からなかった。




