39.金環時計のテレス①
39.金環時計のテレス①
本日第二波目は、すぐに巻き起こった。五体の中型怪物を倒すのに十分と掛からない。横に広がった口を持つ鰐が突撃してこようとも、ロバートの操作する方向を浴びれば、同時に動きが停止する。敵を捕捉してしまえば、こちらのものである。
勢いをつけて加速した拳を震えば、いかに凶暴な怪物であろうと粉雪に等しい。バラバラに砕け散り、鮮血と肉をまき散らして汚しては、次から次へと砕かれに怪物どもが舞い降りる。
十体目を倒すと、今までの軍勢にも衝撃が走る。統率性の上がった怪物軍団も、無駄な死を出さないようにすることに必死だ。大半の仲間が倒れると同時に、囮と伝令に別れ、ロバートが動きを止めている間に、羽のある怪物が空へと散会していく。
これを逃がすと、これ以上の怪物がこの場所に押し寄せることになるだろう……実際、これで一日以上戦い続けたことのあるロバートは、敏感に逃げる方向を目で追っていた。
十一時、五時、八時。三体のロック鳥の如く大怪鳥が飛び立っていく。
「どうする? ロバート」
今回は三体。今までよりも二体多い。逃す可能性は高い。
「大丈夫さ……まあ、見ていて」
目の前に迫る七色の孔雀に手こずっているロバートがそう言った。自信に充ちているわけではなかった。疲労こそ無いが、精神的な苦痛は戦闘につきまとうものである。すでに十合を越す戦闘のやり取りに、ロバートは疲弊していた。
さすがに、三体同時に伝令部隊を落とすのは難しいと思われた。
「――なに、これも戦い。理不尽でこそ。だよ!」
目の前の怪物に潜り込み、速力にものを言わせて殴る。怪物がいかに頑強な装甲を持っていようと、大抵の攻撃は加速したロバートの攻撃を防ぐことはできない。完全に敵の腹部を捉え、体の一部にめり込んでいくのを感じた。――その力で、怪物の肉をそげ落とす。横に無理矢理押し込み、フックを放つように腹を裂く。怪物の重要器官がそげ落ちれば、怪物はもうほとんど動かない。眼前の孔雀も羽を散らして消滅した。
「吹き飛べ!」
力を加えられた風が押し出され、弾丸に変わる。砲弾のような大きな風圧が十一時を滑空する鳥の怪物を狙って放たれる。
「ぐぅrぺ!」
「――ほぅ……そんなことするのかい……!」
風の弾丸は目の前の甲虫に妨害されてしまった。装甲は強く、風の弾丸から身を挺して守っても寸分とも壊れなかった。手を広げて風の弾丸を受け止めると、相撲でもするかのように、風を押出し始めた。やがて風の力が甲虫に打ち破られ、弾丸は消滅した。虫はロバートを笑ったように思えた。ぐぅと再び鳴き、鋼鉄の体を誇示して立ち上がる。
「ロバート。全て逃がすわ」
メリーの声に焦燥はない。落ち着き払った口調である。
「分かってる……くそう、このでかぶつめ!」
昆虫の長い腕がロバートに迫る。木にしがみつくために発達した前足は、ロバートの首を狩ろうと迫る。振り下ろされる勢いは強く、鉄柱が切断されていた。ロバートはその一瞬の隙から相手の腹に潜り込み、再び拳を振るう。
「――強いな……壊れない!」
拳を引くと体を回して蹴りを放つ。スピードの操られた蹴りは人間の速度を超えた速さで繰り出されたが、そもそも回避行動する必要すらないこの甲虫には、蹴りでさえ効果的では無かったのだ。甲虫が笑う。長腕が巧みに振り上げられ、鎌のような鋭い刃物を思わせる一線がロバートの肉体に走る。
「――――………!」
両腕が吹き飛んでいた。あまりの光景に、ロバートは声すら出ない。
切断された腕は虚しく空に放物線を描いてメリーのほうへ。
「……ロバート。貸し一ね。下がっていなさい」
「―――――」返答することも出来なかった。
メリーが手の握った白と黒の傘を振り回すと同時に、三方向に散ったロック鳥が吹き飛んだ。追尾ミサイルが敵を的確に打ち抜き、微細な肉でさえ残さない。硝煙が辺りを燻らせると、巨腕を振るった甲虫の怪物の体がズタズタに撃ちぬかれた。囮となった怪物達もいよいよ勝ち目がないものと悟ったようで、徐々に後退を始めていた。
背後が空いていないことに気付かない怪物は多かった。後退するとなったときにようやく振り返り、自分たちが逃れられぬ運命であると知る。
「……『オレイカルコス神柱――“鬼金棒”』……」
乱杭歯の鉄が邪悪な空気ごと薙ぎ払う。鋼鉄の体を持つ甲殻類の装甲はやすやすと破壊し、中身の肉を抉り取った。その閃光の如く一線は、メリーのものではない……。
「――あ、あれは?」
ロバートが切断された腕をメリーに繋ぎ止めてもらっている所に、代わりに戦っている影があった。メリーよりも小さい、少女の影だ。
「放っておいても平気よ。ほら、痛いから気張りなさい」
ぐいとロバートの腕を押し付け、無理矢理くっつけようとする。右腕はすぐにくっついたが、左腕はなかなかくっつかない。右腕はメリーの義手であったため、接合も容易だったが、本物の左腕は時間が掛かる。
それまで、少女の戦いを見ていた。
腕には自分の身長よりも大きい、金色の金棒があった。それが縦横無尽に振るわれ、怪物の頭蓋を打ち砕き、手足を挫き、動かなくなった敵にはとどめを指した。
その容姿はメリーとは似て非なるもの……白と黒がメリーなら、彼女は漆黒。白い部分は一箇所もなく、ただ黒色だけの、影のような姿。その手には黒い血を滴らせる金色の凶器。わずかに交じる黒と赤が真っ白な顔に掛かって汚れ、手の薄い肌色にも真っ赤に染め上げた。その強さは、メリーと似通ったものがあった。




