35.『東洋アリス幻視会』と『逆巻きウサギ』
35.『東洋アリス幻視会』と『逆巻きウサギ』
後日、新宿の白蘭館。
一二階建てのビルの中には現在、五人の居住者がおり、階ごとに一人ずつが住んでいる。一番上に愛路橋姉妹。主に花音の部屋。十一階に風歌。十階に夢見野。九階に雨道。八階に黒兎。残りは空室である。ビルまでは二箇所のエレベーターと階段で結ばれており、六階からはその隣にある百貨店『夕月堂』に連絡している。両建物には地下も存在しており、現白蘭館は地下一階。夕月堂は地下二階が存在する。夕月堂の地下一階からは新宿駅まで通じており、各路線へと繋がっている……だろう。誰一人として東京の路線関係を頭に入れている者は居ない。
早朝の夕月堂。十階は電気専門店。多くのテレビジョンに囲まれた一角に閲覧スペースが設けられており、今はもう動かないコーヒーメーカーと小さなDVDケース。座り心地の良い椅子や机が並べられ、快適なスペースとなっている。
広い空間は暗く、窓も灯りも無い。ただ、ぼんやりと未だに明かりを灯し続ける非常口の新緑色の光だけが、暗闇の中に浮かんでいた。
快適椅子の上に一人でぽつんと座っているのは、『東洋アリス幻視会』の夢見野絵本である。まだ幼い彼女は、幻視会の中でも幻視の導きが強かった。
彼女は日本人と英国人の間で生まれたが、誕生と同時に孤児院に引き取られたみなし子だった。アリス会の会長に孤児院で救われた彼女は、ただ持ち前の能力だけで会長の力すら凌駕し、アリス会でも一躍有名となった。
引き取られて五年。『暗黒のアブホース』の堕神。そして、数年後の愛路橋の電波。
以降はこの白蘭館のメンバーとして加わる。歳はその時から変わっておらず、まだ十数の彼女は、最年少の白蘭館メンバーとして、幻視と予言の力で後方支援に徹している。
戦闘能力はない。さらに加えると、彼女は精神を病んでいるといってもいい。幻視の力が強い分だけ、自我が保っていることができないのだ。元々、性格形成の時点で親の存在は致命的だったと言える。
感情の欠損の見られる壊れた少女、夢見野。
彼女は一人でディスプレイだけが光る、不気味な空間に居た。夢見野が思う所によると、暗闇に居ると精神が落ち着くらしい。これは白蘭館の人々も知っており、夢見野がどことなく消えて、いつの間にか近くに居る、猫のような性格であることを誰もが理解していた。
一人で居ることに慣れた彼女の見る世界。その代わりに現れる映像は、どれほど残酷で無残な未来を映しだすのだろう……これから起こりうるだろう、破滅の序章を、わずかに感じ取って……猫のように背中を丸めた。手に握った人形が固く締め付けられて、形を変えていた。大きな兎の人形は親同然の会長からもらった唯一の人形だった。
『東洋アリス幻視会』は堕神後に現れた中規模級の怪物『グレイ・ウォール』に破壊された。会長もその時、命を落とした。アリス会唯一の退魔師もその時に殺害され、一人では生きていくことのできない夢見野は数日後、愛路橋の手によって栄養や休息を正しく与えられ、死にかけていた所を救われた。
その時、託された『逆巻きウサギ』。夢見野の握る人形だった。
言葉を出さず、息をつく音も無く。夢見野は一人、この暗闇の世界に埋もれていった。




