34.愛路橋姉妹
34.愛路橋姉妹
愛路橋花音とその一派『白蘭館』が同刻、スカイツリー及び国会図書館への侵攻を決行せんと、作戦会議を行っていた。トーキョー都心の中でも国会議事堂やその近辺は日本の心臓でもあり、同時に『対怪物都市計画』の重要拠点である。特に厳しいシステムに防衛されている国会議事堂近辺。そう簡単に近寄ることができない。
陸海空。その全てにおいて、絶対の防御を今でも誇り続ける絶対不可侵地区。
日本の命綱が、今自分たちの首を締めているという現状。加えて、敵は怪物の中でも世界を破壊に導く超級の怪物『暗黒のアブホース』。命を刺し違えて死ぬ。なんて英雄のような思考であろうと、敵が不死であるならば無意味に等しい。
『暗黒のアブホース』と戦うのに必要なのは勇気ではない。
そのために、愛路橋達は『布陣』を何百年もかけて行なってきたのだ。
――それが、『白蘭式』。
白蘭式の仕組みは単純明快。アブホース眷属を通じて、直接アブホースの体内に攻撃を仕掛ける。というもの。アブホース同士は切っても切れぬ鎖でつながれている。それは、このアブホース体内に五百年と住んで知ったことでもある。鎖でつながった眷属を倒せば国会図書館にあるアブホース本体が弱体化する。
その“鎖”を用いて、『暗黒のアブホース』を拘束する。それが白蘭式の目的になる。
全国に愛路橋の施した『封印』。その封印の中心には討伐したアブホース眷属の肉体が安置されている。一つ一つがアブホースの体内に通じる回路を持つなら、その回路を利用して、アブホースにダメージを与えることができる。しかし、一体の眷属が死んだ程度では、すぐに回復する怪物の生命力には抗えない。
そこで、『白蘭式』……愛路橋花音の組み上げた、魔法の鎖で攻撃を仕掛ける。
『白蘭式』のコードは愛路橋花音の号令によって一斉に発動する。全国に“生かしてある”アブホース眷属を一斉に殺害。そして、アブホースに多大なダメージを与えたところで、魔術師達がアブホースの“核”を叩く。
『ネクロノミコンの予言』によって『堕神』するほどの大きい怪物は、セカンドインパクトならぬ、『堕神点』を用意するため、人間一人に小細工を仕込むという話もあるが、その話は一切関係が無かった。つまりは、この暗黒世界から、日本を救えればどうでも良いのだ。それが五百年で抱いた一つだけの生きる意味である。
摩耗とも言うかもしれない。志がすり減って、次第に求めるものを薄れさせていったのかもしれない。――ただ長すぎる暗黒と、怪物の力に敗北してしまったとも言える。それでも彼らを突き動かすのは、そんな簡単で単純な動機でしかない。それ以外は、この殺伐とした世界では意味の無いこととなることを、誰もが体感し、実感して……絶望した。
「――いいえ。私たちはこれ以上絶望する必要はないのです……」
愛路橋花音は新宿駅前に構えた『第二白蘭館』で、一人紅茶を啜っていた。もはや緊張を超越した、未知の涅槃の中で混濁する考えをまとめようと一服していたところだ。
「……お姉様……大丈夫ですか? 最近ずっと寝ていない様で……その、目の下が」
見るに耐えない姿となってしまった姉に心配そうな声を上げるのは実妹である愛路橋風歌。『白蘭館』の衣装を着込んでいる彼女は、白を基調としたドレスを纏っていた。それは愛路橋花音も同じである。
だが、やつれている花音は、そのドレスも皺が目立った。生気が無くなり、死装束そのもののような気がしてならなかった。風歌は姉を休ませるために薬を手にしていた。
「わたくしが調合したものです。トーキョーの薬剤店に潜り込んで作ったものです。危険性はわたくしが試してありますわ……どうかお飲みください。紅茶と一緒に……」
粉末状の薬を受け取ると、姉はしばしそれを見つめていた。
「医者の不養生とは、こういうことを言うのかしら……ありがとう。風歌」
薬を口に含んで紅茶と一緒に飲み込んだ。薬の効果はすぐに現れたらしい。
「睡眠薬と滋養強壮の効果があります。眠っている間に心も体も癒えることでしょう。お姉様はしばしおやすみください。代わりはわたくしがしますので……」
そうすると、次第に椅子にもたれていく花音。風歌は彼女を腕に抱くと、近くに用意したベッドの上に横たえた。体を整えさせて、布団を被せるまでの手際は手馴れていた。これも『白蘭館』に所属するものなら、基本的なことであるのだ。
魔術によって人間の病や体の欠陥を克服する方法を生み出すことを目的とした『白蘭館』。その創始者の二人は、先代の濃い血統を受け継ぎ、あらゆる病気を治す方法を考案した。先代は薬師として江戸を中心に絶大の人気を誇った『魔術師』愛路橋であった。
二人の力も先代の薬や病気に対する知識と相性が良かった。技術が高等になるほど、救える人間が増えていったが、魔術師であるという欠点はどうしようも無かった。
誰が、手をかざしただけ。で人の病が治ると信じるだろうか?
『白蘭館』はその異様さから、一部の人間にしか知られず、また、特殊な事情の持ち主が『最後の最後』で訪れることが多いという。近代の大型ネットワークの網にも引っ掛からない彼女達の存在は、本格的な施設を持つ大型病院の重鎮達が都市伝説として語る程度の認知度である。
それでも、彼女たちの力の存在が消失しているわけではないし、また広がっていくわけでもない。人間のあらゆる分野に通じてる彼女達にすれば、精神状態や記憶というものも機械を作るように“見えた”作業である。
『白蘭館』の人数は五人居た。しかし、その他の人達は皆、『暗黒のアブホース』の変容を受けて死んでしまった。一人は巨大な猛獣に体を変え、一人は精神の規格が異常をきたしていた。もう一人は完全な毒虫になり、手に負えなくなった。
二人はそれでも生き残った……人間という基準において、すでに二人は『怪物』の領域に踏み込んでいたのかもしれない。ただ単純に自らの魔術が体を守ったとは思えなかったし、そうであれば、三人の尊い命が救えたかもしれない。
――しかし、三人の命は完全な無駄に終わったわけではない。
この三人から得た『暗黒のアブホース』の用いている変容の仕組みを暴いたのだ。そこから、二人は『暗黒のアブホース』に対抗する抗体『カトレア』を開発。全国の怪物を討伐すると同時に肉体の変化に苦しむ人間を回復させ、正常な肉体を戻させた。
今現在残っている『白蘭館』のメンバーも皆、この薬に救われた。同時に花音の魔術で“愛路橋花音が死ぬまで死ねない”体をメンバーに提供した。これによって、『白蘭館』の仲間は皆、不死に近い体を手に入れた。
しかし欠点もある。力の強い怪物なら、不死を貫いて殺すことができるということ。それはお互いに言えることなので、欠点とまでは言わないだろう。
欠点は、愛路橋花音の体調管理がなによりその生命を繋ぐ水準を掌握しているということ。花音の機嫌がすぐれなければ、この術を使っている人間にも影響するということなのだ。
風歌が姉を休息させるという行為は、皆の不安を取り除き、精神の平穏を得ることができる。この一つにある。すでにメンバーは花音と同じく、眠ることも動くこともできない状況をずっと続けていたのだ。たまりかねた風歌が、思い切って街中へ飛び出し、薬を作ってきたというのは、『白蘭館』の光明だった。今頃、皆が床に就いている頃だろう。風歌は役割を終えると、姉の飲んだティーカップを片付けて、部屋を後にした。
風歌は思う。本当はメンバーなんてどうでもいいのだと。
ただ、姉が無事なら。姉が悩み続けないのなら……自ら戦地に赴くことすら厭わない。
風歌は姉が口をつけたティーカップの中身を飲み干して、自分もまた眠りにつくことに決めたのである。
この場所はアブホースにだって、その眷属にだって気づかれない。
それでも、皆が平静で居られないのは、『暗黒のアブホース』に恐怖を覚えているからだろう。
これは戦争なのだ。人間と怪物が悠久に近い時間の中を戦う、人類存亡のための戦いなのだ。無慈悲で、残酷な、薄っぺらい三文小説に似た現実。しかし、それだけにリアリティのある、痛みのある、戦争。……それが“今”だった。
この先の未来……“今”が姿を変える時が来るのだろうか?
――変わるなら、良き方向に……。




