33.一時の休息
33.一時の休息
ロバートが目を覚ましたのは、駅のホームだった。今も壊れることが無く残り続けているマチダ駅。周りには未だに高層建築が残り続けている。派手な宣伝広告や映像を映す巨大ディスプレイは、町田の街並みを象徴するものだった。原初堕神時に文明能力が低下し始めたのに真っ先に防止策を立てたのは東京だと聞く。人の集中する場所だからこそ、先陣を切って対策立てることが出来た。
原初堕神後の東京の回復力は高かった。同時に進行する『対怪物都市計画』。東京は真っ先に武装が整った都市だ。しかし、その代償は確かにあった。人の住む空間は徐々に範囲を減らした。人の歩く場所が兵器の通り道となり、配置場所、戦地用倉庫……軍事的な能力が皆無とまで言われた日本のどこにこんな技術があったのだろうか? それは今でも分からないが、この日本の――東京の変わり様から、相当の技術力を隠しもっていたのだろうと推測される。
……今となっては、それも全て無意味を化しているのだが……。
それほど、アブホースが異端だと言う事。その力は一国を滅ぼすには大きすぎるものだと言う事……。『暗黒のアブホース』という『ネクロノミコンの予言』に載る中でも、形質の変容を招くこの怪物は、一体どれほどの人間を殺したのだろう?
所々から邪悪な気配が立ち込めるのを、眠気の深い今でも身に染みるくらいに感じた。……黒い都市。駅から見える光景は、人の居ない地獄とも見えた。
「ロバート。起きた?」
メリーの声を聞いて、自分がどこで、どうしているのか分かった。メリーの力で生み出されたベッドの上で介抱されていたのだ。布団の材質や質感はそのものであり、眠るには適している。メリーならコンクリートの上でも寝かせておくと思ったロバートの僅かな予想は外れていたようだ。
「一体どうなったんだ? あいつは……『トーヴハァ』はどうなったんだ!」
思い出したのは、その名前だった。
確か――百の瞳の力が暴発して、二人とも体ごと吹き飛ばされたはずなのだ。
「落ち着いて……怪我はないの?」
「怪我……無いよ。恐らく」
と、思った瞬間、腹に思わぬ痛みがあった。ずしりと重い痛みだ。しばらくすれば引くだろう……死なない体になって、体の治癒が速いはず。痛みはすぐ引くはずなのに……。ロバートは素直に申告した。
「……お腹の部分が痛い。どうやら腹を打ったみたいだ……」
「そう……そんなに強くは殴っていないのに」
メリーが小さくつぶやいた。もちろん、ロバートには聞こえていない。
「何か言ったかい?」
「いいえ。さあ、立ちなさいロバート。『雑魚』は消えたわ」
「――そうか……僕はすっかり寝ていたのか……かたじけない」
そう簡単に意識が飛ばないことに、いままで気絶したことの無かったロバートは気付かなかった。
「でも、よく一人で倒せたね……メリーさん。実は僕よりも強いんだろう? これから積極的に戦ってくれると――」
「それは駄目。ロバートの特訓にならない。あなたはすぐにでも『天界の……』に抗えるほどの力をつけなくてはいけないのだから」
そういうや、ロバートの寝ていたベッドを鮮やかに手の中に消してしまった。ベッドはメリーの手に戻ると、装飾の多いあの傘に早変わりした。
「トーキョーは既に近い。ここからが敵の本拠地よ」
「お供いたしますとも。メリーお嬢さま」
ロバートがしゃがんでメリーの傘を受け取る。その重さは、やはり傘らしくない重厚さを持っていた。そういえば、これで『トーヴハァ』の口を吹き飛ばしたのだ。粘土で出来ているなら、『ギガース』でも『アトラス』でも好きなだけ出し放題……というわけか。
彼女なら『トーヴハァ』を雑魚と呼んでも可笑しくない……か。
後に『B2』の等級として登録された『トーヴハァ』。恐らくロバートだけでは返り討ちにあっていただろう。
マチダ駅が斜陽に燃える。毒色の土地に指す僅かな光と、富士山が轟かせる轟音と雷鳴だけが、段々と二人の目の前と迫っていくのみである。




