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夢と幻のキネマ館  作者: 黒木 静
『白と黒のメリー 東京編』
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30.百の獣と千の瞳を持つ獅子〈トーヴハァ〉④



 30.百の獣と千の瞳を持つ獅子〈トーヴハァ〉④



 その姿がビルの間から出現した瞬間に、ブリテンの魔女の本性を知った。体から伸びる黒い影。それはどれもが形を留めない。綿雲のように次々に生み出されては体を変えていく……数えて、百では足りないことを知る。見て、その面妖さを真似することのできないことを知る。その全てを知ったとき、完膚なきまで知らされる事実。

 『トーヴハァ』は叫んだ!


「――冗談ではなイ……此処で我が死ねば、それこそ『トーヴハァ』の名折れヨ! 決闘と行こうカ! 『揺籃のシュブ=ニグラス』!」


 『トーヴハァ』の口が大きく開く。喉奥は暗黒。飲み込まれれば帰ってくることができない混沌。食欲を満たすために口を開いたのではない。純粋に敵を殺す『牙』としてのこの大口。飲み込めば、いかにメリーであろうと損傷するだろう。運が悪ければ牙に貫かれたまま、この獣の体の一部として取り込まれる。

 生きる百の獣を持つ『トーヴハァ』は狩猟本能の塊。突撃という突撃を知り尽くし、狩りにおける一撃必殺に込める力は、それこそ渾身のものである。小さなメリーがそれに対応しきる技能を備えていることはない。――しかし、どうだろう? 今までの戦いを通じて、『トーヴハァ』はわずかに進歩をしていた。それは、単純に力任せの一撃で倒せるほど、この魔女は優しいものではないという事――それに尽きる。

 百の怪物が体内に存在するなら、わざわざ一つである必要はない……千の目が潰されたとしても、まだ『トーヴハァ』には百の変体能力が残っている!

 大口を開ける怪物が『トーヴハァ』が分裂していく。その速度は人間が溜息を落とすより速い。息をする間もない一瞬の原理が、世界の瞬間を支配した。

 一斉に襲いかかるのは百の怪物。どれもが奇態を持ち、どの一つとして同じものが存在しない――しかし、どの顔もが獣としての機構を兼ね備え、少女を喰らわんと迫った!


「――惰弱極まりないあなたに教えて差し上げましょう」


 メリーが不穏な影を繰りながら、右手を突き出す。

 百の軍勢がメリーに接近して――飲み込まれた。

 ――『トーヴハァ』よりも黒く、昏い……闇に。


「――人の想像を上回るあなたが、安易に姿を晒し、力を晒し、種明かしをしていくことが、どれほど自分の意味を削っているか。人間から常に必殺を手にしたあなたには、到底知りえない所でしょう」


 文明を食らう怪物は多い。しかし、その文明を模倣し、次世界として持ち直す怪物は居ない。それは主神たる『原初の――――』にのみ許された反逆の力だけだろう。

 並の怪物に文明の利器を繰る者はその一体のみ。だが、何故メリーは拳銃で、しかも怪物を殺すために開発されていた武具を大量に所有しているのか? 『アンノウン』の擬態能力の一環でもあるのだが、それは原則を無視した原理であるのだ。

 怪物の擬態能力は全て『原初』に帰結するものでなければならない。『怪物』は『人間』になることはできないのである。それに起因する遍く現象も当てはまり、人間の想像した文明の産物はそれにあたる。

 ――メリーの能力は一体何なのか? それを知る術は、メリーを怒らせた時点で霞の向こうである。

「――人間は学習する。一つの事象が何時までも同じ効果を発揮するとおごれば、その時点で失墜が始まる。『トーヴハァ』は既に、人間に逆らうすべを持たない。しかし、それ以前に――私に勝とうと思うことが、あなたの過ちである――」

 メリーの背後に忍び寄る影が『トーヴハァ』のように、分裂し、形を作っていく。暗闇から生まれたそれは、『アンノウン』のような物質に近いものではない。それはまさしくメリーの影。影が泡のように膨れ上がっては『トーヴハァ』のような獣を――いや、それよりももっとぞっとするような器官を備えた怪物を生み出し続けている。

 一、ニ、三四五六……それはゆうに十を越え、百をも越した。

 轍を踏む“それ”は千体。『トーヴハァ』の百など、足元にも及ばない。


「――― 怪物は怪物へ。私へと“還れ”! 『トーヴハァ』! ―――」


 千の怪物が百の怪物を喰らう――等分であってもまだ足りぬ。貪欲に肉を求めるメリーの妖物どもが一斉に飢えを癒すために大口に大口を開けて対抗する。

 その一瞬がどれほどの殺戮であったか、語る必要もない。

 『トーヴハァ』はその肉一片も残らずに完食された。




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