29.百の獣と千の瞳を持つ獅子〈トーヴハァ〉③
29.百の獣と千の瞳を持つ獅子〈トーヴハァ〉③
メリーが高らかに白黒日傘を投げる――両手には無骨な凶器が握られる。黒光りするそれは人類の殺戮者。拳銃という名の文明兵器である。これもまた『アトラス』や『ギガース』と並ぶ人類に向かぬ殺戮兵器。この拳銃に付けられた名は『ヘラクレス』。十二の性能は従来の拳銃を凌駕し、殺害性能、銃弾、振動、衝撃、重量、諸々を含め、禁断とされた闇の拳銃である。
メリーが踊るように拳銃のトリガーを引く。音がダンと鳴ると、すでに怪物の獅子顔は驚愕で埋まっていた。二丁の拳銃が同時に火を吹き、彼の瞳の二つを穿っていた。
「――『石化』、『魅了』……くだらない瞳術。その程度は中世で暴かれ、対策も整っている。どちらにせよ、いらない目だった」
「貴様ァ……」
睨む『トーヴハァ』。同時に、二人に押し掛かる圧力! しかし、それも一秒と持たない。拳銃から再び硝煙が上がる。
「どうした? お得意の眼力は『畏怖』か? それとも、私の右が穿った『死屍』だったか? それでは、まだお遊びにもほどがある……」
「――たわけがァ!」
「千の目というのも疑り深いものだ……獣の目に真の凶器は生まれない……生物種として、まず出発点が劣化している――貴様の事を言っているのだよ! 『トーヴハァ』!」
メリーの怒りが絶頂を超えている……ロバートはさっきから『トーヴハァ』の殺意より、味方である彼女の殺気に足を竦ませていた。
今更だが、なんという怪物だろう――いいや、メリーは『人間』なのだ。
メリーはその姿を変形させる。しかし、『人間の想像する形』しか作ることができない。それが彼女の粘土『未開原体』の能力。しかし、想像できる範囲内であれば、何にでも変形させられる。彼女の想像力がどれほどのものであるか、予想することもできないが、メリー自身がいかにこの場所で勝機を掴んでいるかを見れば、その力は自ずと知ることができるだろう。
――自然の支配者であった『文明』に、『自然』は勝つことができない。チョキにはパーは勝つことができないことと同じ、必然である。
いかに百獣の王であろうが、拳銃一発には勝てないという“常識”がなによりこの戦地で理にかなった結果として現れただけだ。
「出発点からやり直せ、駄犬!」
神速の打ち抜きが次々とたてがみに宿る『瞳』を破壊していく。
百獣の王も、ここまで腸を煮えくり返るとは思わなかったのだろう。怒りが全身を震わせ、ただただ、雨に打たれるように銃撃を浴びていた。
――そして、それが炸裂した。
「貴様ァァァァあああ! 殺ス!」
既に潰された瞳も含め、全ての瞳が刮目する! 混在する瞳の殺戮が、一帯を閃光とともに吹き飛ばした――メリーもロバートも、それを防ぐ暇も無く消し飛ばされた。
「グぬぅぅぅぅうううううウ!」
『暗黒のアブホース』の眷属にして、このトーキョーの門を守護する任務を仰せつかり、さらにアブホースの勅命を受け、『ブリテンの悪魔』と呼ばれた魔女を捕獲する役目を果たすため、その矜持を以てこの地を踏んだ『百の獣と千の瞳を持つ獅子』。
それが―――なんという愚かな様だろうか!
自らのプライドを穢された『トーヴハァ』は慟哭した。
生命の全てに分岐する運命を担い、肉体の形質を決める選定者が、なんという無様な姿を晒したのか――その失態は、もはや万死にすら値する。この場で『トーヴハァ』はその地位と矜持を掛けて自害する決意すら固めはじめていた。
「――まず、私が恐怖したことから、始めよウ……あの雌羊メッ! 恐怖の全てなど、我が主から受け継いだと思われたガ――あそこまで凶気に満ちた生物が存在したとハ!」
羊もまた、彼から生まれた存在。だが、何故あそこまで狂乱に陥ったのだろう……すべての動物を統べる『百の獣と千の瞳を持つ獅子』が、敗北を喫するなどありえないはずである。
「――だが、しかし、どこへ行っタ。あの女メ……死なぬ体は偽りだったのカ……」
死体だろうが構わないが、ともかく、あの女の体を持っていかなくては、それこそ、主に顔向けができない『トーヴハァ』である。彼は次第に焦り始めた。
「――こうなれば、我が『透視』の瞳で探せばよイ……」
獅子の顔があちこちに向けられる。たてがみは更に広範囲を透視して探している。だが、『透視』という割には、その力が薄い……いや、『透視』などしていなかった。
映る視界には、建物の奥は見透かせない。
(――いつの間に、『透視』が破壊された?)
『トーヴハァ』はいよいよ自分が危機に陥り始めていることに気づいた。
『透視』が駄目なら『探知』、『探知』が駄目なら『走査』、『走査』が駄目なら『照準』……しかし、どの能力も力を発揮することはなかった。
「――どうした。手を抜かずに、その足で探してみせろ」
「―――ぬぅ……貴様……はははっ! 生きておったワ!」
その一瞬だけ、『トーヴハァ』は喜んだ。自らの標的が死なず、行方不明にならずにあったことが、今まで殺意に駆られていたことを忘れさせていた。
だが、メリーの姿の恐ろしさに――再び身を振るわせた!
「ぬグゥ? ――な、何だッ、その姿は!」
メリーの姿が歪んでいた。駅前ビルの間に、小さく立っている少女……その背後に異様な姿を写して――それは、ビルとビルの間から顔を覗かせていた! まるで魔界の扉を無理矢理こじ開け、復活せんとする、大魔王の姿を思わせる……戦慄の光景だった。
「『トーヴハァ』。よく覚えておきなさい。あなたの捕まえようとしていた相手が、何であったか……あなただけに、見せてあげる。私の『怪物』を―――」




