31.『天界』の呪い
31.『天界』の呪い
………………。
…………。
……。
ロバートは深い眠りについていた。
一体何が起きたのだろう。それすらも曖昧であり、時間も場所も感じ取ることができない。ただ、一瞬だけ覚えていることがあった。
「――そういえば、『トーヴハァ』と名乗る怪物に襲われて……」
襲われた所まで思い出し……それ以上は無理だった。
何か強い勢いが自分を吹き飛ばして……その映像が未だ形を持たず、どこか不明瞭であり続ける。
しばし、そんな空白を漂い続けた。
心地の良い場所だった。どことも言えない、記憶の隅にあった白い空間だ。
こんな平静は、ずっと昔のものだ……ここ十年はずっと忘れていた平穏。
それが、今この場所に満ちていた。
「もう少しここにいよう……」
誰になく、一人で言った。
聞いているものは誰も居ない。此処は何も無い場所だ。
――事の始まりは、『デス・ウォーカー』との戦いだ。
アメリカ全土を歩いた死の風は、ニューヨーク直前に迫り、討伐された。
ロバートが『デス・ウォーカー』を討伐するために用意したのは、大量の剣と聖水。白木の杭やら、魔法陣など、効果があるのかも分からぬ物を沢山持っていったものだ。
怪物を倒すためにメリーの使うような兵器が開発されていたこともあった。しかし、それをアメリカが使わない訳もなく……つまり、『退魔師』なんて、平穏な時代に栄えた偽りの魔術師が、銃器重火器で勝てないような相手と素直に戦って勝てる訳なんて無かったのだ。ロバートはしかし、本気で戦った。
巨大な敵であろうと関係はない。アメリカ全土を駆ける小さな怪物を討伐したことなら何度もあった。どれも剣で力押しで戦った。ロバートは体には自身が会ったし、なにより格闘技や剣闘術は幼い頃から習っていた。しかし、魔術の素養は無かったと言って等しい。増えるのは魔術の心得だけで、一向に超人的な手法を用いることは出来なかった。
結果、一本の腕を失った。だが強さは変わらなかった。一本の腕に大剣を構え、風のように舞い上がり、『デス・ウォーカー』の心臓を穿った。中規模怪物の中には不死性を持つものもあった。『デス・ウォーカー』はハストゥール直属の部下。巨大な肉体は心臓を貫いた程度では死なない。
だが、『デス・ウォーカー』は死んだ。いや、『デス・ウォーカー』はロバートを道連れにして“消滅”したのだ。
――『堕神点』を、ロバートに埋め込んで。
メリーの話を聞いて納得した。
アレは“そういう生き物だった”のだと。
堕神点には膨大な力を必要とする。眷属の命一つを使っても、堕神点を用意したかったのだろう……その直後、『天界のハストゥール』とその眷属達は地球上から、確かに全滅したのだ。
『天界のハストゥール』自体はかなり前に死んでいる。中東で破壊されたハストゥールは、一体誰に倒されたのか、それを知る術は無いが、上手く殺したのだろう。
堕神点というものは、大抵『主』が死亡するときにつける目印である。『主』が再びこの世界を踏むとき、殺した相手を食らって蘇る。という構図が思い浮かぶ。
実際に、無関係の人間に堕神点を用意することもあると言うが、殺した相手が一番近いし、なにより『仇』になるのだろう。堕神点はその怨敵に付加される。
メリーは、後者になる。
ロバートは『デス・ウォーカー』に堕神点を付けられた。命を賭してまで。
つまり、前者の無関係の人間にあたるだろう。……『デス・ウォーカー』に会ったのが運命の赤い糸でなければ。
――後、ロバートは英雄を謳われるようになる。
『デス・ウォーカー』を討伐したと思われたらしい。『デス・ウォーカー』は確かにロバートの待機していた場所から消えたのだから、そう思われても仕方がない。
偽りの栄光。自分に絶対の腕を持っていたロバートもさすがに沈んだ。おまけに『デス・ウォーカー』の呪いが『堕神点』であると知ったとき、死をも覚悟した。
確かに、ロバートはあそこで死んでいた。『デス・ウォーカー』と戦った荒野で、互いに命を賭して、両者とも命を落としていたのだ。
家に帰ることも出来なかったロバートは修行時代に住んでいたアメリカの片田舎に構えてあるぼろ小屋に篭ることにした。
辺鄙な田舎にあるこの場所へなど誰が来るだろう? 家族の者も、ニューヨークの街で凱旋した人々の誰が、この場所を突き止められるだろう。
訪問者の無いと思った所に――白と黒の、あの少女が来た。




