第七章 観測する席
観測室の中央には、人を座らせるためだったものがあった。
今はその人を動かし、息をさせ、目の代わりに幾つものレンズを回していた。白い面の縁に皮膚が接ぎ合わされている。両手は金属の腕受けに置かれ、指だけが光の上を動いた。
「学徒候補、ウェンズデー。私はエヴァ・ロー」
椅子が向きを変えた。背中へ入る束が引き締まり、女の胸が浅く上がった。
「サイファーから聞きました。あの廊下の文字についても、教えていただけるそうね」
「異常領域との相関を調査中です」
「こちらを見ていましたよ」
顔のアンテナが止まった。
ローの背後に裂け目の像が出る。周囲を幾重にも囲む文字が、静止した観測図の中で移動していた。
「全体の採録は?」
「無人機が抵抗を受けました」
「壁の文字から」
「熱損傷。機械論理の汚染。部品の配置が変わって帰還した機体もあります」
「帰らなかったものも」
「はい」
ウェンズデーが投影へ近づくと、映像の端に細い形が走った。髪の髑髏が熱くなった。
ローの指が止まる。
「異常を検出」
「ご挨拶をしているようですけれど」
「操作経路がありません」
ウェンズデーが手を上げた。文字の一つが内側へ折れた。
「これまで、あなたが動くと変わりました?」
「いいえ」
ローを囲む金属が、さらに体を包んだ。
「何年も見ていたのに、寂しいこと」
投影の全文字が、ウェンズデーへ向いた。
合成音声が割れた。
「機構がない。接続も、因果経路も」
部屋の床を、入口へ向かう振動が通った。扉の先で照明が一列落ちた。
「廊下が三本、変わりました。一つは配置図から」
ローは安定化の手順を唱え始めた。祈りに似た、よく訓練された発音だった。後半から声が重なり、自分の先行する声に追いつけなくなった。
ウェンズデーは椅子の肘掛けに二本の指を置いた。
「少し、お休みになって」
「見られている間は」
装置を通る前の声が混じった。
「あなたを?」
ローが黙った。
「……あなたを、見ています」
ウェンズデーが離れると、扉が先に開いた。
「お気をつけて」
彼女は振り返った。椅子の中の女を、今度は少し長く見た。
「ご親切に」
廊下へ出た。
壁から丸い文字が膨らみ、窓になった。
その向こうで、大きな男が儀式をしていた。長い外套。足元に二つの横たわる姿。男は何かを聞きつけたように顔を上げ、まっすぐ彼女を見た。
ポケットから小さなものを取り出して口へ入れる。噛みながら、片方の指を立てた。
「おいおい。先を見ちゃだめだろ」
爪が空間を切った。
ウェンズデーは一歩退いた。頬に手が上がった。
窓が消えた。
彼女はそのまま少し立っていた。次に歩き出したとき、足音が一つ、壁の奥で遅れて返った。
*
二日目から、何かがついてきた。
サムスと名乗った。肩の後ろ、扉の裏、手すりの下。同じ距離にいるのに場所が変わる。自分がいつも背後にいると、何度も教えてくれた。
「ええ。前に出る方がお難しいのでしょう」
しばらく静かになった。
ローから借りた観測網と二機の髑髏を連れ、ウェンズデーは下層の文字を追った。配置図の通路と、実際の通路が少しずつ離れていく。
「移動していますね、あなたの文字」
「観測網から隠れています」
「では、見つけたときに褒めてあげませんと」
壁が鳴った。
文字に近づくと線が縮み、離れると伸びた。手袋越しに触れると、一度こちらへ寄ってから、急いで退いた。
「まあ。触れられるのは苦手なの」
通路が奥へ傾いた。足元は水平なまま、次の扉だけが近くなる。
サムスが黙った。
その沈黙の方が、今までの脅しよりよくできていた。
「あれは……お前だけを見ている」
ウェンズデーは、声のする方へ一度だけ目を向けた。
「そう。今度は本当のことを言ったわね」




