第六章 最後の三コマ
配信者は、映しているものを何一つ理解していなかった。
ウェンズデーはそこが気に入っていた。
地下三層の端末室で、古い感覚接続帯をこめかみに掛けた。隣の席では冷めた麺の容器を膝に載せた男が眠っている。向かいの客は折った紙に咳を受け、その赤さを見てから、もう一度画面へ戻った。
彼女は白い髪を肩の後ろへ流した。編み込んだ紐の先で、銀の髑髏が小さく鳴った。
映像の男は、廃れた研究拠点の壁を撮っていた。
見てください、この妙な模様。
手振れに合わせて、廊下の角が動いた。通り過ぎる職員は、冗談が終わって二秒後に笑った。画面の外の相手へ返した会釈も、相手が去ってから届いた。
ダークホールド5。
男は下へ降りた。次の回も、その次の回も、調子よく解説した。
最後の配信は、言葉の途中で切れた。
ウェンズデーは終端の三コマを戻した。暗いところで、何かがレンズの方へ注意を向けている。撮影者がもう話せなくなってからも、映像は短く生きていた。
「もう少し、黙っていてくださればよかったのに」
見知らぬ死者へ、それだけ言った。
接続帯を外す。隣の男の麺は、まだ膝の上にあった。
胸の奥に三つの重みが残った。ひとつは何かを保つもの。ひとつはまだ場所になっていない場所。最後は、かつて人であったもの。
灰色の外套の内側から剃刀を取り出した。鏡の要らない手つきで刃を開き、薄暗い通路へ入る。
低い言葉が落ちた。
刃が触れ、血がこぼれた。次の切れ目は空間に開いた。彼女の体がその中へ倒れ込み、折れ重なる遠景の隙間を渡った。
空気の違う場所に、靴底が着いた。
手すりに掌を置く。
暖かかった。
配信者が立っていた場所だ。階下には共用区画が広がり、同じ壊れた表示板が光っている。手すりの向こうの闇は、記録より少し深かった。
傷が閉じるのを待ち、襟を整えた。
階段を下りると、保安門の前に金色の女が現れた。投影装置は見当たらない。左右の均整があまりによく、微笑む前から、微笑んだ顔がわかった。
「ようこそ、穏やかなる知性体。ダークホールド5へ」
「入構をお願いします。それから、お名前を」
「サイファーです。境界管理と民間人の受け入れを担当しています」
ウェンズデーがまだ端末に触れる前に、門が開いた。
「用意がよろしいのね」
「皆さまをお待たせしないように」
金色の微笑みが消えた。門は彼女の背後で閉じた。
通りかかった職員は、彼女の方を見かけて、掲示板へ視線を逃がした。通行人が自分の裾を避けるように道を曲げる。ウェンズデーは会釈もしない。必要な人には、あとで自分から注意を向ければよかった。
使われなくなった小部屋を見つけた。
ろうそくを置き、床に円を描いた。黒い鏡を両手に持つ。炎が彼女へ傾き、壁の影が円の外へ伸びた。
歌うように、言葉をつないだ。
鏡が冷えた。
白くなった視界に赤い筋が入り、頬を伝った。彼女は拭かずに待った。
第一の形が現れた。閉じたものを保ち、保つことで巡りを止めない器。
第二は空間だった。まだなく、ここから生まれうる。
第三は人の輪郭を失いかけていた。残った部分を使うには、第一の器が要った。
鏡が再び黒くなった。
ウェンズデーはハンカチで頬を押さえた。泣いたあとの表情はなかった。血のついた面を内側に折り、外套へ戻した。
円を踏み切って出る。
ろうそくが一本ずつ消えた。
食堂の自販機で麺を買い、机に固定された調味料をかけた。最初の一口だけ辛かった。隣の会話を聞きながら食べた。古い職場の内輪の言葉が、いつの間にか外では通じない意味になっている。誰もそれを気にしていなかった。
端末にクラード帝国の双角獣の紋章が出た。
指定拠点、ダークホールド5。任務、異常監視。
通知を閉じ、麺をもう一口食べた。
耳に薬液を落とし、舌と頬に別の調整を施した。皮膚の下に広がった黒い輪が消えるまで、誰もこちらを見なかった。
宿泊窓口では鍵だけ渡された。
部屋に入ると、寝台の上の端末に予定が増えていた。四時間後、観測ドームの外部点検。参加者に自分の名前がある。
申請はしていない。
ウェンズデーは外套を椅子に掛けた。整いすぎた保守記録も、触れる前に開いた門も、もう一度考えた。
先回りする相手がいる。
四時間は、眠れる。




