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運命の影  作者: 竜の牙


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第五章 温かい海

最後の夜、名前を呼ばれて起きた。


 グレイスは暗い廊下を下り、蘇生装置のある部屋に入った。


「来たわ」


 暖かさが左側に寄った。


 もう留めておけないのね。


「ええ」


 あなたも、残らない。


「わかっているでしょう」


 戻ってきてくれて、ありがとう。


 両手で顔を覆った。


「明日も来る。明日、何をするかも知っているでしょう」


 暖かさは離れなかった。


 いて。


 膝が崩れ、装置の縁を掴んだ。


 すべてをやめてしまうことが、指一本の力を抜くほど簡単に思えた。学者も、見張りも、何十年分の記録も。ここに座って朝を迎える。それだけでいい。


 三十秒、そうするつもりでいた。


 ドレイヴンの手を思い出した。


 立ち上がり、寝台へ戻った。隣で男が眠っている。彼の肩に額を寄せても、左側の暖かさは残った。


 退いてくれとは言わなかった。


 朝、聖所の棚にカメラを置いた。


 外では守護者たちが戦っていた。三日前から続いている。壁を通る衝撃に合わせて、画面の中のグレイスがわずかに揺れた。


「刻印はすべて残っています。時刻も変わりません」


 一度唇を湿らせた。


「この時間を作るために、亡くなった人がいます」


 聖像の台座に手を置いた。女帝の顔を仰ぐ。四十年かけた計算が、最後の線を待っていた。


 刻み終えるまで四十分かかった。


 上層でドレイヴンを見つけた。老人になった彼は、無駄に動かなかった。服についている血は彼のものではなかった。


「聖所へ来て」


「何が要る」


「あなたに、いてほしい」


「わかった」


 二人で下りた。


 封鎖室では、帰還者たちが鉄を外していた。


 外した部品を床に投げず、布の上に並べた。手、足、喉。留めたときと同じ丁寧さで、百年近く留めてきたものを解いていく。


 最後に顎の鉄が抜けた。


 誰も動かなかった。


 やがて胸が膨らんだ。顎が元の位置へ戻り、指が曲がった。体が空中に引き上げられ、開いた目が帰還者たちを見た。


 最初に膝をついた女は、顎の鉄を外した女だった。タリアが近づくと顔を上げた。


「待っていたのね」


 女は泣いていた。


「羊のように」


 タリアの指が触れた。女の体が止まり、その場に折れた。


「私は、羊飼いではないわ」


 次の男が手を伸ばした。


「屠る側よ」


 触れられた者から倒れた。それでも後ろの者は近づいた。長く待った人々は、ようやく届いた順番を手放さなかった。


「あなたたちを、連れてはいけない」


 タリアが言った。


「でも、墓に返すものがあるの。だから、あなたたちをあげる」


 床が静かに沈み、壁が受け取った。


 グレイスが切り開かれた入口をくぐったとき、帰還者たちはもう壁の厚みの中にいた。


 ドレイヴンが続いた。フィティナも、腹を押さえながら入ってきた。もう片方の手に銃があった。


 タリアがこちらを見た。


「戻ってきた」


「いつも、戻ってくるわ」


 床に近い高さまで下りてきた。グレイスを見て、その後ろを見た。


「あの人も連れてきたの」


「ここにいる」


「いつも近くにいるのね。何もわからないまま、それを愛と呼んで」


 ドレイヴンは黙っていた。手を体の脇に下ろしていた。この部屋に、彼が直せるものはなかった。


「百年分、考えたわ。初めから正直に言えばよかった」


「知っていた」


「何を?」


 タリアが近づいた。


「教えるために生まれたんじゃない。壁に式を書いて、研究所を支えるためでもない」


 昔、補助記号を書き足したときと同じ距離だった。


「世界を殺すためよ」


 小さな声だった。


「あなたには、手伝ってほしかった」


「知っていたわ」


「体も、施設も、空気も要らなくなる。二つの意識で。ずっと一緒に」


 タリアは彼女の返事を待った。


 待ってから、初めて目を伏せた。


「死んでいるのは寂しかった。でも、生きている方がひどい」


 視線がドレイヴンに移った。


「あの子が、あなたをどう見ているか、知りたい?」


「やめて」


 グレイスの声を通り過ぎ、タリアは男の顔に手を伸ばした。


 ドレイヴンは退かなかった。


 指が頬に触れた。目が見開かれた。彼が自分を見る角度が、彼自身のものではなくなった。


 計算の中に置かれた暖かさ。大きな熱に耐えきれなかった誰かが、暮らしていけるだけの温度。代わりに選ばれた、故障しにくい暮らし。


「あなたを選んだんじゃない。私がいない方を選んだの」


 ドレイヴンが膝をついた。


 グレイスはタリアを殴った。拳の握り方が悪く、自分の指も痛んだ。タリアは腕を捕らえ、ひねった。


 肩が外れた。


 床に倒れたグレイスを、タリアは見下ろした。


「魂ごと食べられるのよ。式がなくなったら何が残るか、見せてあげられる」


 口の中に血の味が広がった。


「もう、見ている」


 グレイスは顔を上げた。


「一人きりのあなたを」


 タリアの手が止まった。


 銃声がした。


 フィティナが入口に立っていた。血が床に落ちている。それでも銃口は上がっていた。


「あなたは、何なの」


 タリアは胸の傷を見てから、彼女を見た。


「神になるはずだった女よ」


 フィティナがもう一度撃った。


 タリアは距離を渡った。指の背を、長年仕えた女の頬に当てた。


 フィティナは顔を寄せた。


「それも、あなたのものではなかったの」


 ルーの声を、グレイスは再び聞いた。


 今度は、声が終わっても、その人は戻らなかった。


 グレイスは這った。動く方の腕で体を引き、廊下へ出た。聖所の光が見える。四十年分の線。最後の一つ。


 タリアは追わなかった。


「もっと、すばらしい終わりにできたのに」


 遠くで声がした。


「私たちは、この世界にとどめを刺すはずだった」


 グレイスは進んだ。


「今度は、〈曜日〉が呼ばれるわ」


 施設が鳴った。


 聖像に掌を当てた。


 壁の一列が光り、隣へ渡り、床の下へ消えた。保守と呼んで残してきた文字が、離れた区画で同時に応じた。見張りの記録に分けて置いた数値が、一つの証明になった。


 外の裂け目が縮んだ。


 式は答えを出すたびに消えていった。証明そのものを燃やして、通路を閉じていく。


 タリアが廊下を走る気配が伝わった。壁はもう彼女を通さなかった。


 最後の線が暗くなった。


 グレイスは台座の前に座り込んだ。指で隔壁を確かめた。冷たい。


 ドレイヴンが来た。顔に、肩に、手が触れる。


「終わったの」


「ひどくやられたな」


「いなくなった」


 彼は彼女を見た。


「もう、いない?」


「ええ」


 彼も壁を背に座った。無事な方の手を両手で包んだ。


「出ていける。異動しよう。半年、もっと早いかもしれない」


 グレイスは笑った。肩に響いたが、笑うのをやめなかった。


「本物の空気ね」


「海もある」


「故郷の海の話をして」


「暖かいんだ。こういう暖かさじゃない。水が、肌に触るだけだ」


「水だけ」


「そう。水だけ」


 グレイスは彼に寄りかかった。


「あなたを選んだ」


 彼の手が握り返した。


 胸の奥で、小さな位置の修正が起きた。


 グレイスが息を吐いた。ドレイヴンは吐かなかった。


「グレイス?」


 体が台座の方へずれた。


「違う」


 彼は抱き直した。二人で立とうとして、彼女の踵だけが床をこすった。


 聖像が光っていた。


「何だ。どうした」


「私は」


 もう一度引かれた。抱いていた腕が離れ、ドレイヴンが手首を掴み直した。


「行かせない」


 全身で引いた。一歩、二歩、彼の方へ戻った。


 また逆へ動いた。


「望んでいないの」


 彼女は彼を見ていた。誰に向けた言葉なのか、自分でもわからなかった。


「あなたを選んだ。選んだのに」


 ドレイヴンの足が止まった。彼女だけが滑っていく。


 指がほどけた。


「式を解くには、それしかなかった」


 グレイスの声が静かになった。


「釣り合うのは、私だけだった」


 指先だけが触れた。


 離れた。


 光が消えた。


 ドレイヴンの手が、何もないところで閉じた。


 一歩進んだ。今度は何も彼を止めなかった。


 棚の上で、カメラの電池灯が点滅していた。


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