第三章 先生の式で
フィティナは毎朝、同じ順番で点検した。
入口の膜、下降路、東の結節、西の作業壁。六週間、その順番を変えなかった。グレイスの修正も、通常の作業記録に載せていた。
ある朝、タリアにその進捗を伝えた。
タリアは最後まで聞き、茶を置いた。
「見せて」
グレイスは壁の前に立っていた。タリアの視線が線を追い、接続を渡り、彼女の署名で止まった。
部屋の暖かさが狭くなった。
「封鎖式」
「はい」
「私に合わせてある」
「はい」
タリアが近づいた。後ろへ下がれば壁に当たる。グレイスは下がらなかった。
「私の中で、これを組んだのね」
「百年、時間を作れます。その後は共鳴を引き継げるようにしました」
「あなたは百年後まで生きていない」
「必要な人を、式が探します」
タリアの目が、彼女の手に落ちた。
「私が教えたもので」
「そうです」
入口の白い膜が一枚ねじれた。
「私を壊しても、起動できます。六週間前に、守護者へ渡しました」
タリアが止まった。
「六週間」
「先に気づいてほしかった。誰が作ったか、知ってほしかったんです」
「なぜ」
「先生は、ご自分のことを隠さずに見せてくれたから」
タリアはしばらく彼女を見ていた。
「あの人を愛しているの」
「はい」
「私も」
答えを礼儀で包む場所は、もうなかった。
「私にできる形で」
圧力が来た。
片膝をつき、手を床に当てる。グレイスは起動点へ二歩進んだ。次の衝撃で横に倒れた。開いた扉の向こうにドレイヴンがいた。呼び戻した連絡が間に合ってしまった。
タリアも彼を見た。
その手が上がる。
グレイスは床を滑り、主配列に両手を押し当てた。
「今」
彼女の腕に隠蔽式が浮いた。三方向から守護者たちが現れた。ヴェナリスの槌が振り下ろされ、冷たい鉄がタリアの右手を留めた。
右側の壁から熱が消えた。
次の鉄が左手を留めた。声が幾つにも割れ、天井が鳴った。カスパルが体ごと右腕を押さえる。フィティナは震える両手で、こめかみの留め具を支えていた。
タリアの目は、グレイスから離れなかった。
足が留められた。膝が折れた。床に落ちた髪を誰かが踏み、すぐ足をどけた。そこだけが、ひどく日常的だった。
ヴェナリスが最後の鉄を持った。
「やっと」
タリアが言った。
顎に鉄が通り、言葉の続きが閉じられた。手首、喉、こめかみ。留め具を締めるたびに、壁の式が一列ずつ暗くなる。
残ったのは換気の音だった。
グレイスは膝をついた。タリアの目が開いている。
「何を捨てるのか、わかっています」
声がかすれた。
「わかっていて、こうします」
返事はなかった。
主配列まで歩き、両手を置いた。先生の教えた式が、弟子の体を通って閉じた。
廊下でドレイヴンが彼女を呼んでいた。
グレイスはそこへ出た。
上層の空気は冷たかった。




