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第7話 予期せぬ出来事

お徳の竈に走った火が、事件の幕を開けた。

長屋の夕暮れ、釜の火が赤く揺れる中、お徳の部屋に不穏な影が差した。


戸口に立つのは、三田と名乗る浪人風の男――黒崎左京だ。


「おやおや、三田さんじゃないかい。こんな夕刻にどうしたんだい。」


三田と呼ばれた男は、不器用な笑顔をのぞかせて言う。


「お徳殿、トリカブトを所望する。」


お徳は釜をかきながら、首を振った。


「三田さん、鼠退治なら、わしがやる。毒は渡せねえよ。何度言やあ分かるんだい?」


男は、唇を噛みしめたまま、まるで命を懸けるように短く言い放った――「頼む。」


その瞬間、畳の上で影が揺れた。


「あんたの頼みでも無理だ。」お徳は背中で答えた。


男は無言で起ち上がると、刀の鯉口を切った。


お徳は落ち着いた様子で、


「ほう…やっぱりそんな事だろうと思ったわい。今夜のあんたからは殺気がぷんぷんする。


鼠を殺すときに、わしからいつも出てるヤツじゃ。まだ死にとうないから、くれてやるわい。」


お徳は薬草箪笥の鍵をあけると、その中から、ありったけの薬草を手に取り、丁寧に油紙に包み始めた。


「お徳殿、済まぬ…主命ゆえ、逆らえぬのだ。」


男は申し訳なさそうに口にした。


「ほれ、持ってけ!」


お徳はそう言うと、油紙に包んだ薬草を竈の中へ放り込んだ。


油紙に火が走り、炎が包む。それは一瞬で燃え上がった。


「おんつぁ…何するんだ…!」男は絶叫した。


そして自らを省みることなく、竈に手をくべた。


「お国言葉が出ちまっとるよ!」


お徳は、そう言うと竈の釜を蹴倒し、煮えたぎる湯を男に浴びせかけた。


男は悲鳴を上げ、戸外へ飛び出す。くみ置きの水をかぶりながら、なおも殺気を放った。


夕餉の最中、悲鳴を聞きつけた新左衛門は箸を手に飛び出した。


長屋の住人たちがざわめく中、新左衛門は男を見据えた。


男の帯びた大小の鯉口は、すでに切られていた。


新左衛門は、すかさず男との間を詰めた。


男はすらりと刀を抜き、新左衛門の詰める間合いをきった。


男は青眼から左足を前に出すと、八相に構えた。そのまま新左衛門に斬りかかった。


新左衛門は男と向かい合い、わずかに半歩間を詰める。


その瞬間、右手の箸が疾く走り、男の刀身の鎬をなぞるように押さえ込んだ。


その刹那、刀は新左衛門の右方向に大きくそれた。それと同時に新左衛門の左手の箸が男の喉元へと伸びた。


男はそのまま一歩飛び退き、脇差しを新左衛門に投げ放つと、そのまま見物人にとけるように姿を消した。


「新左衛門さん、危ねえところだったな!」源之助が息を吐く。


源之助の心配を打ち消すように


「ケツメドはわしを守るために男に詰め寄ったんじゃ。」と、お徳婆さんは年甲斐もなく頬を赤く染めた。


「それだ。また、あの男が、お徳さんの所へ来るかもしれねぇ。だからよ、新左衛門さん、しばらくの間、


お徳さんの部屋に居候したらどうだい?」源之助のその言葉に、お徳は目を輝かせて


「お前さんも、たまには良いこと言うね。よし、ケツメドとアタシは今日から家族だ。」


新左衛門の気持ちをよそに、住人たちの笑い声が長屋に響いた。

読んで頂き有難う御座います。

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