↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/22

第2話 暗殺の連判状

「相談に来たはずの屋敷で、運命は静かに裏返った。」

会津の風に雪が混じり始めた夕暮れ、新左衛門は物陰で身をかがめ、いつもの便意に身を任せていた。


「ケツの目処がたたぬ」と自嘲しながら、冷たい風に凍える手を擦る。


毒に慣れた体でも、この切迫した衝動には勝てない。


その時、風に運ばれるように、低く抑えた声が聞こえてきた。


若侍たちの密談だ――殺気を含んだ囁きが、雪の静寂を切り裂く。


「昨夜の暗殺騒ぎ、聞いたか? 武断派の企てだ。だが、凄腕の浪人が斬られたらしい。」


新左衛門は息を殺し、耳を澄ました。


そこに聞き覚えのある声が混じる。


藤川義高――幼なじみであり、やつとは尻を並べて共に糞をしたことがある。義高の声は低く、湿り気を帯びていた。


「昨夜の奥番は新左衛門だったはずだ。斬られて当然だな。刺客を放つ前に奥番を調べなかったとは、武断派らしい愚かさだ。」


新左衛門の胸が締め付けられる。


義高がそんな言葉を口にするとは。だが、次の言葉がさらに心を刺した。


「藤川、お前は新左衛門と親しい。引き入れてはどうだ。」


「毒味役が暗殺に加担すれば、次の藩主に仕えられなくなる。新左衛門は知らぬままでいい。蚊帳の外が安全だ。」


義高の声には、どこか親友を案じる響きがあった。


新左衛門は目を閉じ、かつての夏の夕暮れを思い出す――ひぐらしの鳴く中、義高が差し出した尻拭きの紙。


その温もりが、今は遠い。


密談は続く。


「遠山様も嫌われたものだ。武断派にすら命を狙われるとは。」


「沢村様のご子息が手討ちにされたからな。刀の切れ味を試すため、


たまたま竹の傍にいた子息を斬ったという。あの遠山様の命も長くはあるまい。」


新左衛門は思った。毒見のたびに皿に忍ばされる毒は、月に四、五度。


義高たち文治派の者が動かなくとも遠山の命は危うい。


昨夜の浪人も手練れだったが、新左衛門の二天箸流――宮本武蔵の分派である箸の技で心臓を貫かれ、倒れた。


刀を帯びていないと油断さえなければ、結果は違ったかもしれない。


「武断派の連中が来る。散れ!」義高の鋭い声で、若侍たちは風のように消えた。


新左衛門は立ち上がり、収まった便意に苛立ちつつ、頭を巡らせた。


義高ら文治派の企てる暗殺計画。


この難題をどうすべきか。思案の末、上役の清見彦左衛門を頼ることにした。


彼なら穏便に事態を収めてくれるはずだ。


彦左衛門の屋敷に着くと、雪の庭先で新左衛門は一部始終を語った。


彦左衛門は背を向け、静かに聞き終えると


「その話、他言しておらぬな」と口にした。


「はい。」新左衛門は短く答えた。


刹那、彦左衛門は振り向きざまに抜刀し、その刃が雪を裂いた。


新左衛門は咄嗟に身を低くし、生存本能が彼を動かした。刃は頭上をかすめ、虚空を切る。


新左衛門は体勢を崩しながらも、金属製の箸を投げ、それは彦左衛門の眉間をとらえるが、そのまま静かに雪の上に落ちた。


彦左衛門は膝をつくと、地に伏すように倒れた。


新左衛門は立ち尽くす。信頼していた上役の裏切りを前にした戸惑い。凍てつく夜に、答えのない問いが響いた。

読んで頂き有難う御座います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。