第2話 暗殺の連判状
「相談に来たはずの屋敷で、運命は静かに裏返った。」
会津の風に雪が混じり始めた夕暮れ、新左衛門は物陰で身をかがめ、いつもの便意に身を任せていた。
「ケツの目処がたたぬ」と自嘲しながら、冷たい風に凍える手を擦る。
毒に慣れた体でも、この切迫した衝動には勝てない。
その時、風に運ばれるように、低く抑えた声が聞こえてきた。
若侍たちの密談だ――殺気を含んだ囁きが、雪の静寂を切り裂く。
「昨夜の暗殺騒ぎ、聞いたか? 武断派の企てだ。だが、凄腕の浪人が斬られたらしい。」
新左衛門は息を殺し、耳を澄ました。
そこに聞き覚えのある声が混じる。
藤川義高――幼なじみであり、やつとは尻を並べて共に糞をしたことがある。義高の声は低く、湿り気を帯びていた。
「昨夜の奥番は新左衛門だったはずだ。斬られて当然だな。刺客を放つ前に奥番を調べなかったとは、武断派らしい愚かさだ。」
新左衛門の胸が締め付けられる。
義高がそんな言葉を口にするとは。だが、次の言葉がさらに心を刺した。
「藤川、お前は新左衛門と親しい。引き入れてはどうだ。」
「毒味役が暗殺に加担すれば、次の藩主に仕えられなくなる。新左衛門は知らぬままでいい。蚊帳の外が安全だ。」
義高の声には、どこか親友を案じる響きがあった。
新左衛門は目を閉じ、かつての夏の夕暮れを思い出す――ひぐらしの鳴く中、義高が差し出した尻拭きの紙。
その温もりが、今は遠い。
密談は続く。
「遠山様も嫌われたものだ。武断派にすら命を狙われるとは。」
「沢村様のご子息が手討ちにされたからな。刀の切れ味を試すため、
たまたま竹の傍にいた子息を斬ったという。あの遠山様の命も長くはあるまい。」
新左衛門は思った。毒見のたびに皿に忍ばされる毒は、月に四、五度。
義高たち文治派の者が動かなくとも遠山の命は危うい。
昨夜の浪人も手練れだったが、新左衛門の二天箸流――宮本武蔵の分派である箸の技で心臓を貫かれ、倒れた。
刀を帯びていないと油断さえなければ、結果は違ったかもしれない。
「武断派の連中が来る。散れ!」義高の鋭い声で、若侍たちは風のように消えた。
新左衛門は立ち上がり、収まった便意に苛立ちつつ、頭を巡らせた。
義高ら文治派の企てる暗殺計画。
この難題をどうすべきか。思案の末、上役の清見彦左衛門を頼ることにした。
彼なら穏便に事態を収めてくれるはずだ。
彦左衛門の屋敷に着くと、雪の庭先で新左衛門は一部始終を語った。
彦左衛門は背を向け、静かに聞き終えると
「その話、他言しておらぬな」と口にした。
「はい。」新左衛門は短く答えた。
刹那、彦左衛門は振り向きざまに抜刀し、その刃が雪を裂いた。
新左衛門は咄嗟に身を低くし、生存本能が彼を動かした。刃は頭上をかすめ、虚空を切る。
新左衛門は体勢を崩しながらも、金属製の箸を投げ、それは彦左衛門の眉間をとらえるが、そのまま静かに雪の上に落ちた。
彦左衛門は膝をつくと、地に伏すように倒れた。
新左衛門は立ち尽くす。信頼していた上役の裏切りを前にした戸惑い。凍てつく夜に、答えのない問いが響いた。
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