第6話 強制力の恐ろしさ
「お待たせしました――」
ケーキ屋のテラスに店員が持ってきたのは、巨大なガラスの器。その中には色とりどりの果実が並び、それを覆うように透明のジュースが注がれている。そして……器からは2本のストローが、これでもかと存在をアピールしていた……。
「あれって、ラブラブサンデーだよね! うわぁっ、わたしも食べたいなあ」
空気の読めないピンク髪が、大きな声で届いたメニューを叫んでくれる。横を見るとアリシアが頬を染めて、俺を濡れた瞳で見つめている。
「では、我が頼もう!」
「いえ、ここは毒見も兼ねて私が」
「俺ならいくらでも食えるぞ」
「果実は神の子である私こそが」
何やら横のテーブルが騒がしくなってきたが、俺はそれどころではない。色っぽい美少女という、チート級の破壊力を持ったアリシアの攻勢に、完全に追い詰められているのだ。
【鑑定:ラブラブサンデー】
材質:果実、砂糖、炭酸水
備考:イベント親密度+5
……何だこりゃ。まさかのイベントアイテムとか、完全に想定外。ってか、こんなものまであるのかよ。
「ふふっ、わたくしも恥ずかしいのです。ボイドも、さあ」
アリシアがその白く細い手で、俺の手を取るとストローを持たせてくる。さすがに、もはや逃げ道は無さそう。だがこんな形で、アリシアの好意が増加するとか、なんか馬鹿にされている気がする。
「何をするか! それは我が頼んだものだぞ――」
横で何やらもめているようだが、俺の視界にはアリシアしか映らない。ひょっとして、これも強制力って奴かと、諦め半分で俺はストローに口をつけた――
【鑑定:アリシア・フォン・ヴェルトハイム】
種族:人間
年齢:15
備考1:ヴェルトハイム家長女
備考2:悪役令嬢、攻略対象(逡ー迚ゥ縲翫ヰ繧ー縲�)『親密度+5』
備考3:テストイベント進行中、サポート対象:逡ー迚ゥ縲翫ヰ繧ー縲�
やはりというか、アリシアの親密度が上昇した。そしてアリシアは、そっと俺の手を握りしめてくる。これが親密度の効果なのだろう。親密度が上がれば、スキンシップが増えるとか、なんともありがちな設定だよな――
なんとも甘ったるくて、甘酸っぱい。そんなラブラブサンデーとやらを飲み終えると、アリシアとの距離が明らかに縮まっていることを感じる。常に身体のどこかが触れ合う距離。これって、傍から見れば付き合ってる以外ありえないよな。
もはやただの背景と化したピンク髪と、揉め続ける王太子たち。そんな連中に視線を向けることなくアリシアは、俺に腕を絡めて席を立つ。何かが当たっている気がするが、これってエロゲ―じゃないよな?
「ふふっ、ボイドと一緒に来れて良かったわ。とても楽しかったし、また来ましょうね」
俺の真横で見上げるように微笑むアリシアから、ほのかなバラの香りと、ラブラブサンデーの濃厚な甘い香りが混じり、俺の心をくすぐってくる。こんな美少女が彼女なら……そんな風に俺の想いが引っ張られる。それは強制力なのか、俺の想いなのか、もはや混乱した俺の頭では判断できなかった――
*
そして、テストが始まる――
昨夜遅くまで思い悩んでいた俺は、夜明け前にたどり着いた結論を思い返し、そっと溜息を吐く。そんな状況でも脳裏に浮かぶのは、アリシアの楽しげな笑み。もはや、俺自身すら「汚染」されているのかと不安になる。
静まり返った教室。席に付く皆がテストに集中して、答えを書く音だけが静かに響いている。そんな中、俺は昨晩思いついた計画を実行することにした――
テスト期間は、イベントが無いのは予想通り。ゲームでテストなんて真面目に受けるはずもなく、テスト終了後にスキップするのは、ある意味当然だからな。
――そして。
「凄いじゃない、ボイド。まさか10位以内に入るなんて思ってもなかったわ」
張り出されたテスト順位の前で、自分のことのように喜ぶアリシア。本当なら、アリシアに勉強を教わったおかげだと、一緒になって喜べたはず。
「……まさか、まさか我が負けるなど……」
すぐ横で崩れ落ちるように膝をついて、項垂れる王太子。ピンク髪とゆかいな仲間たちが、必死に慰めているが、俺にとってはどうでもいいことだ。
「どうしたのボイド? すごい順位だし、勝負にも勝ったのよ?」
俺の腰に手を回して、心底不思議そうな顔で俺を下から覗き見るアリシア。少し傾げた首が、その可愛らしさに拍車を掛けるが、俺の心は静まったまま。
今回のテストによって、俺は強制力の恐ろしさが身にしみてわかった。全ては結果の決まったシナリオどおりにしか進まない。未来はフラグが立った時点で確定されるのだ。それはシナリオだけではない。全てのキャラクターたちは、シナリオに沿った喜怒哀楽を感じ、あらかじめ決められた台詞を口にするだけ。
俺に抱き付くようにしているアリシアでさえ、例外ではないのだろう。テストイベントの勝利時の行動を、忠実に実行しているだけ。その横でうずくまる王太子でさえ、勝負に負けた王太子を演じているだけなのだ。
俺の計画――テストをすべて白紙で出すという、ある意味シンプルなもの。
しかし、結果は俺は上位の成績を収め、王太子に勝利した――してしまったのだ。




