LEVEL90. 魔王
出発前に、シュシリアンヌはセインに声をかけた。
「やっぱり言っておきたくて」
セインは、静かに聞いてくれた。
「私は、人を救うから勇者なんだと思う」
「99パーセント勝てるから、大丈夫」
「私も勝てると思ってる。慰めとかじゃなくて」
上手く言葉に出来ないシュシリアンヌが話すのを、セインは静かに待っていた。
旅の終わりが近いから、尚更にセインが気になった。あの子も、そうだった。話しかけるまで、話しかけても、ずっと待っていた。
ただそうやって。
セインって、こんな感じだったっけ?
「セインはもう充分、勇者だってこと」
「ははっ、買いかぶりだ」
それなら、尚更、今の俺は勇者じゃない。
一番救いたい人を、救えていない。
「ねえ、セイン、もしかして、セインって子どもの頃に王城の茶会に出たことない?」
シュシリアンヌは、縋るように聞いた。
「―――俺は田舎者だ。悪いが人違いじゃないか?」
俺のための約束は、もう叶ったから。
今度は君に、自由をあげる。
◆
四人は、万全の態勢で魔王城に入った。
魔王はひと目見て分かった。
それまでの魔物とは、違い過ぎた。
闇より深い闇に、魔王は鎮座していた。
セインは、誰よりも先に駆け出した。
強化の魔法を詠唱し、慣れた動作で剣を抜いた。
魔王は斬り掛かった勇者を弾き返し、壁に打ち付けた。
「「「セイン!!」」」
じわりと痛みが広がる。
聖女は、勇者を癒そうとして飲み込まれた。
聖女を庇おうとした戦士は、飲み込まれた。
二人を救おうとした魔法使いは、飲み込まれた。
そうして、静かになった。
◆
「もういいか」
「いいんじゃないか」
「魔王、力が強すぎ」
「勇者は、頑丈だろう?」
セインは、まだ勇者じゃないと言いながら壁からひょいと飛び降りて、自分で怪我を治した。
魔王は、オエーっと三人を吐き出した。
「汚ね」
「俺のシュシリアンヌに失礼な」
涎まみれの三人に、セインは洗浄の魔法をかけた。ついでに眠りの魔法も追加する。
セインがドカリと座って魔空間からワインを取り出すと、魔王はニヤけた。
「待ってた、待ってた、何百年か待ってた」
何百年か前にやって来た、前回の勇者に言ったのだ。次は美味いワインにしろと。
あいつは、ちゃんと書き残した。
「ほらよ」
風の魔法でコルクを抜いて、セインは注いだ二つのグラスの一つを魔王に差し出した。
クンクンと匂いを確かめて、魔王はグラスを交換しろという。初めて勇者が持ってきたワインは、揺られすぎて腐っていた。
次に勇者が持ってきたワインは、革袋に入っていたせいで臭かった。そう書かれていたから、ボトルのワインを持ってきたというのに。
セインは両方のグラスから飲んでみせて、一つ返そうとした。
「勇者と間接キスとか、無理」
「さっきのウインクには、耐えただろうが」
「両目つぶってたぞ」
斬り掛かかる時、殺すなよという合図にセインはウインクを送った。
魔王が伝承通りに話が通じるヤツかは、賭けだった。だから、ここまで本気でレベルをあげて、本気で倒すつもりだった。これ以上ないほどに、全てに備えた。壁に激突した一瞬は、判断ミスだったかもと思った。一瞬、意識が飛んだほど痛かった。
だけど、前の勇者が嘘を書き残す必要はなく、偽物の伝承を創り上げるも必要もない。だから、かけてみたかった。
結局、魔王はボトルから飲み出した。
「なあ、今回は何が原因だったんだ?」
セインは、魔王が生まれた理由を聞いた。
この勇者は、ちゃんと勉強してから来たらしい。魔王の正体は、魔物に変換しきれなくなった人間の負の感情だ。
「色々あるが、北部高原の争いあたりだな」
「あっちで戦争やってんのか」
「かれこれ十年はやってるな。人攫いも多いしな」
人は愚かだ。人は罪を犯す。
争いは絶えず、悲しみも、憎しみも絶えない。
けれど、人は無償の愛を注ぐ。
この勇者は、何の得もなく何百年前の言葉を信じて、苦労して会いに来て、魔王とワインを飲み交わす。
仲間などいらないのに、故郷から直ぐに来れば良かったのに、わざわざ旅をして、やられたふりまでして。
ああ、酒が染み渡る。
だから、また生まれることも辛くない。
「命の水とはよく言った物だな」
「なんだよ、ワイン以外飲んだことないのか?命の水って言ったら、うーん、冷えたケール?」
「なんだそれ。何で疑問形なんだ」
「俺、ほぼ下戸なんだ。仕方ないな。次の勇者に、何か違う酒持ってくるように書き残しておくぞ」
「頼んだ、頼んだ」
そういえば、前の勇者もウインクは両目を瞑ってた。
ワインが尽きると、魔王はゴロリと横になった。
「勇者、お前の次の目標はなんだ」
「まだ、勇者じゃないって。セインだ」
「セインか、良い名だな」
「魔王の名前も教えろよ」
「まだ倒されてないから、魔王じゃねえわ」
魔王とは、勇者に倒される者。
「それが、お前の定義か。ちょっと違うな」
魔王とは、勇者と共にある者。
「大体、この世に同じ奴なんていやしねえ」
「そりゃそうだ」
人生とは、ずっと他人との意識合わせだ。
そして人は、愛し合っても争い合っても、それが辛いのに大好きなのだ。
一緒に笑って、一緒に泣きたい。
「勇者の目標は、シュシリアンヌの本当の自由だ。俺の目標は、それから―――」
「大仕事だな。頑張れよ」
「それより、魔王の名前だよ、名前」
「ああ、俺か?俺は―――」
薄くなっていた魔王は、光の粒になって熄えた。




