LEVEL99. 褒賞
目が覚めたら、魔王は勇者に倒されていた。
「ああ?99パーセントって言っただろうが」
勇者は瀕死なのか顔を青くして、呂律が回っていなかった。魔力切れか聖力枯渇か、気絶寸前に見えた。
「勇者、死なないでぇ」
「死体になっても、生き返らせてくれるんだろ」
「ったく、横暴だな」
俺は、死なない。
だって、魔王が勇者にしてくれた。
次の目的に進もう。俺の目標はまだ遠い。
魔王が頑張れって言ってくれた。俺は頑張れる。
◆
セインは、王城の廊下で前を行くシュシリアンヌの横顔を見た。着飾ってマリーと笑い合うシュシリアンヌは、昔よりもっと美しかった。
勇者は、褒賞にシュシリアンヌの自由を保証させた。
勇者と共に、魔王を倒した魔法使い。どの国も、喉から手が出るほど欲しい。何処かへ嫁げば、国の守りとして使い倒されるかもしれない。シュシリアンヌは、目を丸くして聞いていた。自分にそれほどの価値があるとは、思ってもいなかったらしい。
沢山の人の前で、勇者が褒賞に求める事で反故にはできなくなった。ただ待たせて、自由を与えるのとは違う。今のシュシリアンヌなら、自分で自分の望む所へ行ける。勇者と共に旅したから手に入れた、本当の自由だ。
「セイン、まさか、褒賞を私に使うと思わなくて、その、ありがとう」
一通りの祝事が終わり、シュシリアンヌはセインに礼を述べた。
ボソボソとどういたしましてと言ったセインは、顔を背けて、旅の前の顔合わせと同じ仕草で、シュシリアンヌを見なかった。
セインの髪は旅の前ほどではないけれど伸び、以前と同じに結われていた。
正装を纏い、場に相応しく振る舞うセインは、どう見ても大きくなった彼だった。どうして、旅の初めには気付かなかったのだろう。
つまり、セインは、きっと憶えていない。
◆
「マリーは、聖堂に戻るの?」
「ううん。ロンと住むぅ」
「「はいぃ???」」
素っ頓狂な声を上げたシュシリアンヌと勇者を横目に、ロンが笑った。
「何故、二人が返事を」
「いや、驚きすぎて、つい」
シュシリアンヌも、コクコクと頷いた。
「軽っ」
「軽くはない。旅の間、ずっと考えてた」
「ヒュー!!」
ロンはマリーに、きちんと説明してくれた。
「彼女は、王都に好きな人が居る」
「ロンでなく?」
初めは、妹のようだった小柄なマリー。シュシリアンヌの方がよほど賢い。けれど。
辛かったはずの旅を明るくして、笑わせてくれたマリー。完璧な聖女でないマリーが、ロンはとても愛おしかった。
褒賞で孤児院を移転させるというマリーは、誰も信じないという割に、誰かのために何かしたい人だった。
「彼女が会いに来てるのは、同僚」
そう言われて安堵するくらいなら、ロンを信じよう。マリーは、信じない自分を捨てた。
魔王に飲まれて死ぬその時、ロンは伝えようと決めた。魔王の口の中で、マリーの手を掴んで引き寄せた。マリーもロンを守ろうと、手を伸ばした。
人と人との関係は、いつも複雑で変化する。
キッカケなんて、些細なものだ。
◆
「ヘタレ勇者ぁ」
「マリーに、ヘタレ言われたくない」
「だったら、シュシリアンヌに言う事言え」
シュシリアンヌは父(王)に呼ばれて留守で、三人で酒盛りしていた。
勇者は、憶えてろの言葉通り金品をもらって、さもオマケのようにシュシリアンヌの自由を要求した。だけど、どう考えたって、それが勇者の目標だろう。
「何か、セインって健気だよねぇ」
「ヘタレがあの時、何故酔っていた?どうやって魔王を倒した?」
ロンの、酔っ払いのくせに鋭いところは頼りになる。
「セインは、下戸だろう。まさか、あの死にかけは」
「サシで飲んだのは一度だけだ。気のせいだ」
今は、ケールをチビチビ飲んでいる。
とぼけた者勝ちだ。
「魔王の倒し方は、いつか教えてやる。だから、その」
勇者にしては、珍しく言い淀んだ。
「これからは、友達になって欲しい」
「「は?」」
ロンとマリーが、同時に聞き返した。
少し眠そうにしているセインは、自然に見えた。褒賞をもらって、気が抜けたのだろう。
どんなに本を読んでも、セインには分からなかったことがある。恋愛と友情だ。見返りがないのと、絶対的な決まりがない。
マリーは、呆れた顔でセインの胸を叩いた。
「痛っ、て。お前、手加減しろよ」
大袈裟に痛がってみせるセインを、マリーはもう一度叩いた。
「何言ってんの。もう、とっくに友達でしょぅ?」
ガシリとロンの腕が、セインの首に回る。
「全く分かってないから、戯言が言えなくなるまで飲ませよう」
全く、横暴だと言うロンの方が、よっぽど横暴だ。
ロンとマリーは、セインを羽交い締めにしながら言ってやる。
とっくの昔に、戦友だろう?
◆
「これが褒賞で良いのか」
王に問われて、シュシリアンヌは迷いなく頷いた。
シュシリアンヌは正直に言えば、褒賞にほしい物などなかった。セインに恩返しも考えたが、きっぱり断られた。他に、褒賞に思い浮かんだことは、一つだけだった。自分でやっても、良いと思っていた。
「調べさせたが、リセ・マルマイユ。この少年の墓は無い」
過去の茶会を遡り、彼を特定した。
「領地に墓がある筈だが、実際には無い」
行って確認させた。
やっぱり。
「第四子だが、妾だった母親もろとも痕跡は消されている」
どうしよう。墓前で、海を見たことを報告するつもりだった。
もはや確信だった。セインは、リセだ。
生きているのは嬉しいが、これから、どうしたらいいのだろう。
王は、考え込むシュシリアンヌに語りかけた。
「生きていたら、良かったな」
顔を上げてみれば、老いた男が自分を見ていた。
「お前は憶えていないかもしれないが、愛称で呼ぶのは特別な人だけでいいと、母親に言ったんだ。この茶会の頃だ」
ちょうど、母の亡くなる前だったから憶えていると父は言った。
「お前は、茶会で気に入った子どもにも、愛称呼びを許したと言ったと聞いて、私はその子どもを王子たちの側近候補として呼んだ」
その後は、宰相たちに任せて気にかけていなかった。シュシリアンヌの、子どもの、気まぐれだろうとそのまま忘れた。
「すまなかった」
妻を亡くして、父も辛かったのは知っている。兄達も国政に奔走していた。子どものシュシリアンヌを残して、時間は過ぎた。
「憶えていてくださり、ありがとうございます」
魔法使いとして招集するとき、意志の確認をしてくれた。ただ、命ずることも出来たのに。
「娘で生まれて、申し訳ありませんでした」
「そう言うな。お前がいたから、あれは最後まで笑って逝った。お前が娘で良かっと思っている」
亡き母を想う王は、ただの父だった。
「勇者とは、そういう関係か」
「そういうとは?」
純粋培養の娘は、どうやら鈍いらしい。
「まあいい。お前はもうどこへ行っても心配ないし、好きなように生きるといいが、困ったらいつでも帰ってこい。姫は辞めても、娘は辞めないでくれ」
「はい」
シュシリアンヌの声が、震えた。
本当の自由。
ならば、行ってまいります。
お父様。
◆
「セインはこの後、どうするんだ」
旅人のための商家を立ち上げるというロンに、勇者は、聞き返されて少し困った。
「先ずは北部高原だな。争いの仲介やって、やめさせる」
「何の関係も得もないだろう?」
「あの争いは、もうずっと続いてる。誰かがやらなきゃ変わらん」
「またまた、本当は何で」
勇者は、充分躊躇した。
セインの目標、そのための目的。
海だけと言わず、いつでも、アンヌが行きたいところへ行けるようにしたい。幸せでいてほしい。
「無事だったら、話す」
「私ら連れて行かなきゃ、死ぬわよぉ」
「死んだら、運がなかっただけだ」
姫と奴隷。
現実は、現実で。そもそもセインの計画に、セインの未来は入っていない。
セインこそが、自分の価値を知らなかった。
◆
自由ならば、後悔なく生きたい。
それは、確信だった。
セインは、リセは、約束を憶えている。
『海に行ったら、次は貴方の番よ。また会うまでに行きたいところ、考えておいて。約束よ』
『うん』
『私、アンヌ。今度会ったら、呼んで』
子どもの戯言は、亡き母以外に話したことはない。
シュシリアンヌは、何者にもならないように息を潜めて生きてきた。無力な魔法使いになり、忘れられた姫になり、使えない国の手駒に徹してきた。決して何も望まず、誰も気にせず、誰をも気にして生きてきた。それ以外に、生きる方法は無いのだと信じていた。
シュシリアンヌの世界を変えたセインは、決してアンヌと呼ばなかった。今になって不自然だと思った。
つまりはリセは、きっと憶えてる。
シュシリアンヌは王の間を出たその足で、セインの客室へ向かった。
ノックしても返事がなくて、シュシリアンヌは痺れを切らしてドアを開けた。
暗い部屋には、誰もいなかった。
「さっきまで飲んでたんだけど?」
マリーもロンも煙に巻かれたように、勇者は消えた。
勇者は、密やかに城を発った。
あと一話。




