Level70. 過去
勇者は、目を擦りながらゴメンと呟いた。
長いぜ、と泣いて赤くなった目で皆を見て前置きし、勇者になるまでを話しだした。
◆
セインは、貴族と妾の子として生まれた。王都に暮らし、家での扱いは良くも悪くもなく、いずれ家令として仕えるようにと貴族としての教育を受けた。
ある程度の年齢になり、ある日、貴族の子どもばかり集めた茶会に行った。家から出ることを許されなかったセインには、最初で最後の茶会だ。合わせて三人の兄と姉を除き、他の貴族の子どもたちと会うのは、その茶会が初めてだった。セインは、そこで一人の女の子と出会う。
子どもらしい交流の仕方の分からないセインは、庭園の茂みに隠れていた。気がつけば、一つ向こうの茂みにも女の子がしゃがみ込んでいた。
目が合ってこちらの茂みに移動してきた女の子は、質問攻めに疲れたのだという。
「貴方は、何も聞かないのね」
女の子は、一方的に話していた。
「私、人気者にも、嫌われ者にもなってはいけないの。長生きしたかったら、何者にもなってはいけないんですって。ねえ、意味わかる?」
セインは、頭を振った。
「ねえ、貴方の夢はなあに?」
「無い」
「私ね、海に行ってみたいの。それくらいなら、望んでもいいと思うの。じゃあ、いつか一緒に行きましょう。だって一緒の方が、きっと楽しいもの」
けれど、その茶会がきっかけで、セインは死んだことになった。セインは優秀だった。王子の側近候補の一人として声がかかると、父と正妻は兄たちと姉よりもセインが優秀なことに気がついた。セインは邪魔になり、抹消されて人買いに売られた。
◆
いくつかの奴隷商の手を経て、セインは魔王城の近くの僻地まで流れ着いた。セインを最後に買ったのは、少数の民の長だった。街の人々と少数の民は対立しており、先日殺された仲間の腹いせに殺すためセインは買われた。
「俺は、読み書きも計算もできる。もう少し使ってから殺さないか?」
切羽詰まって思い浮かんだのは、もう一度だけあの日の女の子に会いたいということだった。
お腹いっぱい食べたいことでもなく、柔らかいベッドで眠りたいことでもなく、彼女との約束が気がかりだった。
「一緒に行きましょう」は、いつしか「一緒に生きましょう」になっていた。
セインはまんまと民長の懐柔に成功し、民長に仕えながら学んだ。学び方は知っていた。見て、真似て、調べて、改善する。それを無駄なくやるのだ。
セインは大人になると、人の心の在り方を学び対立を解消した。知らないから、人は対立する。少数の民も、街も互いに豊かになった。
セインは、女の子が末姫で政略結婚の為に何処かへ嫁がされるだろうと聞いた。約束が果たせなくなる前に、一刻も早く彼女に会う方法を考えた。
魔王城が近いので、魔王のことも勇者のことも知っていた。魔王が復活したらしいと聞いた時、逃せないチャンスだと思った。
「俺は勇者になる」
初めは、皆、笑った。
「セイン、勇者になるってよ」
「セイン、勇者になるんだって」
「セイン、勇者って言ってたぜ」
「セイン、勇者なんだって」
人とは、愚かな生き物だ。
知らないものを恐れ、群れる。群れから外れるのを嫌う。
セインは、いつしか勇者と言われるようになり王都に呼ばれた。
セインの目的の一つは、思わぬかたちで果たされた。シュシリアンヌとの再会だった。
美しくなった彼女を、まともに見ることもできなかった。
だが、約束を果たす目的がある。勇者でなくても、彼女に海を見せてやりたい。
やがて旅の途中で、一緒に海を見る約束も果たされた。海を見ているシュシリアンヌを、セインは見ていた。
シュシリアンヌと一緒に魔王を倒さなければ、セインの本当の目標は果たされない。シュシリアンヌに嫌われたとしても、するべきことは変わらなかった。
セインは知っていた。茶会の日からセインの人生は既に動き出し、戻れない所まで来た。今、止めたら、セインには生きている意味がない。
◆
シュシリアンヌのことを飛ばして、幼少期の奴隷の身の上から話を終えると、セインは三人に聞いた。
「聖女は、何故聖女だと思う?」
「聖力で癒すから」
マリーの返事に、セインは満足気に頷いた。
「魔法使いは、何故魔法使いだと思う?」
「魔法を使うから」
「戦士は?」
「武器で戦う」
「姫は?」
「王族の血」
「魔王は」
「魔物の王様だから」
「勇者は?」
誰も、今までの様には答えなかった。




