Level60. 故郷の匂い
勇者は、道に迷うことが無かった。いつも、進むべき方向を知っていた。何故なら、魔王が住まう僻地は、故郷のすぐ近くだった。
故郷へ戻るということは、魔王に近づくことであり、旅の終わりが近いという意味でもあった。
「見てよ、びっしょびしょ」
海ではしゃぎ回っていたマリーが、やっと戻ってきた。
「着替えに行きましょう」
「俺はもう腹が減った。死にそうだ」
「今晩はご馳走だって」
この辺りの領主の館に、昨日から泊まっている。勇者一行として名を馳せつつあり、今までにも何度か領主に招かれたりして、それからずっとシュシリアンヌが皆にマナーを教えていた。初めは失礼と粗相の塊だったパーティーには、今では風格が漂い始めていた。
美しいだけでなく凛とした姫。
明るさだけでなく強さを秘めた聖女。
逞しさだけでなく賢さを備えた戦士。
そして、勇者が晩餐室に揃い、数人の客人も交えて晩餐は進んだ。
遅れて来た客人に、勇者はそれまでの笑みを消した。
「こちらは、最も魔王城に近い街の街長と息子です。事前に状況が分かったほうがよろしいかと思いまして」
「田舎者ですが、ご容赦ください」
「いえ、遠路はるばる、感謝します」
シュシリアンヌが、領主と街長に感謝を述べた。
「セイン、いや勇者殿、立派になったな」
街長の言葉に、全員の視線が勇者に向いた。
続けて街長の息子は、明らかに馬鹿にした声で話しかけた。
「よう、久しぶり。偽物勇者」
◆
豪華な料理の味も分からないまま、晩餐は終わった。街長の息子に食って掛かろうとしたのは、意外にもロンだった。
流石は王族。シュシリアンヌがロンをにこやかに止めて、表向きは何事もなく晩餐会は終わった。勇者は、無表情でひと言も話さなかった。
退出際に街長の息子が、一方的に勇者に言った。
「まんまと上手くいって良かったな。奴隷が嘘ついてよく出世したもんだ。嘘も方便、騙される国王もどうかしてる」
勇者は、ひと言も言い返さなかった。
シュシリアンヌは、領主と街長ににこやかに礼を述べた。
「今晩は、貴重な時間をありがとう。魔王を倒した暁には、こちらの領にも街にも礼を送ります。あの下等生物にも」
シュシリアンヌは微笑んでいた。
シュシリアンヌだって、もうただのか弱い姫ではない。父と勇者を貶されて、何の罰を贈ろうかしらと呟いた。
その場の人間は全員凍りついた。シュシリアンヌの視線が街長の息子に鋭く向けられていて、怒っているのでなく怒っていた。
「参りましょう」
勇者の手を引き、シュシリアンヌは晩餐室を出た。ロンとマリーを従えて、向かったのは勇者のための客室だった。
「お掛けになって」
突っ立ったままの三人に、シュシリアンヌはソファを勧めた。
「ロンはそちらになさい」
完全に王族モードのシュシリアンヌの指示に従い、ロンはマリーの並びから一人掛けのソファに移動した。
「邪魔なので退かしてちょうだい」
勇者は言われるままに、テーブルを退かして部屋の隅に置いた。
シュシリアンヌが最後に座ると、四人はそれぞれのソファに座って向き合った。
怒りに駆られた姫。
心配そうな聖女。
オロオロしている戦士。
項垂れた勇者。
「顔を上げなさい」
シュシリアンヌの低い声に、勇者だけでなく全員の背筋が伸びた。
「ゴメン、あの、頼むから落ち着――」
「頼まれませんっっ!!」
顔を上げた勇者に見えたのは、泣いているシュシリアンヌだった。
「このバカっ!!」
シュシリアンヌに怒鳴られて、立ち上がった勇者の両手は行き場をなくした。完全に、口の悪い勇者でなく、口の悪い魔法使いが出来上がっていた。
「何故言い返さないのですっっ!!何故、何で、何でっっ!!」
シュシリアンヌが勇者に詰め寄って、胸を何度も叩いた。勇者は、されるがままだ。
「ゴメン」
「何故、謝るのですっっ!!セインは勇者でしょう!!他の勇者なんて、絶っ対に認めない!!」
シュシリアンヌは勇者に抱きつき、大声で泣いた。
「馬鹿ぁ~悔しいよぉ」
背中から、マリーも抱きついてきてモゴモゴ言っている。
勇者の頭にロンが拳を乗せて、トントンとリズムよく叩いた。
何で、何で、黙って、るんだよ。
あがががが。
「ロン、やめろお〜」
何やってんだよ、お前ら。
ロンなんか、唇を噛んで。
嘘つきを、罵倒しろよ。
罵られるイメージしかしてなかったから、どうしたらいいか分からない。
「あれ?」
「え?」
「ヤバい、やりすぎた?」
ロンが叩き過ぎたから、泣いてるんだ。
勇者は、泣いたりなんかしないんだ。




