れべる3. 想定外の魔物
「何でシュシリアンヌは、そんなに可愛いやつなのよぉ」
シュシリアンヌに初めて与えられた装備は、上品なエンジ色の生地にレースが着いていた。
マリーは、たまたま町でもらったお下がりである。
「マリー、なんか聞こえた気がするが、ブサイクが何か言ったか??」
ふくれっ面で黙るマリーに、ロンがそっと寄り添う。
大柄のロンは、随分と筋肉がつき戦士らしくなった。
マリーだって、聖女っぽい装備にしたい。
「あいつ、自分だけ装備一式揃えておいて」
まだ悔しそうにするマリーに、ロンはそっと小さな石の光る指輪を握らせた。
マリーは、ロンを見上げた。
「倒した魔物が持ってたけど、僕は入らないから」
何かの守りのチャームなのだろう。確かに、ロンでは無理そうだった。
「何かは分からないけど、勇者に言うと換金されるから内緒」
「ありがとう。見つからないようにする」
お茶目にウインクしてみせるロンに、マリーもウインクで返した。
孤児だったマリーは、アクセサリーなんてもらったことがない。マリーは、大切に握りしめた。
◆
マリーは、聖女が嫌いだ。怪我や病があるから、聖女は役に立つ。誰かの不幸や困りごとがあるから、聖女は意味がある。
マリーが聖女になったきっかけは、自分と同じ孤児院の子どもが、聖女だと言う貴族令嬢に頬を打たれた怒りだ。
きっかけなんて、いつも些細なものだ。
マリーは、子どもの代わりに貴族令嬢の頬を打ち返した。一度許したら、自分より小さな子ども達が、孤児院にいる限り暴力を振るわれ続ける。そう気付いたら、やり返していた。
その後、怖くなって令嬢から目が離せなかった。子どもを抱えて令嬢を睨んでいた。こんな奴、消えちゃえばいいのに。
だけどマリーの未熟な聖力は、ちょっと違って働いた。令嬢の顔から、ニキビが消えた。更に睨めば、染みが消えた。
ツルンツルンに綺麗になって、なぜか令嬢に感謝された。
人は愚かしい。
居ないより酷い扱いだったマリーは、突然、聖女と崇められる様になった。
だから、マリーは誰も信じない。
◆
シュシリアンヌは、攻撃のために魔法を使ったことはない。以前に渡された魔法書は、初期の攻撃の魔法の物だった。
「やれっ」
「はいっ」
勇者の声に合わせ、魔物を焼き切ると身体が震えた。
自分が、命を奪えるということ。
消えていく魔物を見つめたまま、上げた腕を下ろすことさえ忘れていた。
「おい、やる気あるのかっっ?」
「あります!」
勇者の声に我に返った。珍しく悔しくて、シュシリアンヌは勇者を睨んだ。
「誰のために言ってると思ってる???」
圧を掛ける勇者に、マリーが止めに入った。
「初めてなんだから、そんなに言わなくてもぉっ」
「誰に口を利いてんだっ??しかもてめぇは、前に出るんじゃねえっっ!!」
睨み合うマリーと勇者に、シュシリアンヌとロンが割り込んだ。
「私が悪かったの。次も、やります」
「当たり前だろうよ!」
下手に出たシュシリアンヌに、勇者は変わらず圧を掛けた。
「マリーも、落ち着いて」
「だって、言い方ってものがあるでしょうぅ!」
ロンに諭され、マリーも後ろに下がった。
シュシリアンヌは善良だったので、のし上がるために誰かを陥れて殺そうと思ったことことは無かった。陥れられて、死ぬほどひどい目に遭ったこともない。
暑ければ簡単な風を。窓辺の小鳥のために少しの水を。シュシリアンヌがこれまでに使ってきた魔法は、ごく簡単な生活のための魔法だった。姫であるシュシリアンヌには、魔法を使わなければならないことがなかった。
高位の貴族ほど宿り易い魔力を、王族のシュシリアンヌは他の誰よりも持っている。それでも王は、最後までシュシリアンヌを勇者の一行に命じなかった。
いつも末姫のシュシリアンヌは、歳の離れた兄達のようには父の役に立てなかった。父の言うとおりに結婚すること。それ以外に、自分に価値は無いと思っていた。
何度目か、シュシリアンヌの魔法でとどめを刺した魔物が、光の粒になって消えていく。
ずっと見つめていたシュシリアンヌの頰に、一筋の涙が伝った。
◆
魔物を倒しては街に戻ることを繰り返していたある日、街まであと少しのところで魔物に襲われた。
「引けっっ!!」
「ロン!」
何故、街の近くにこんなに強い魔物がいるのだ。マリーがロンを回復させても、意識が戻らない。
「バカ!それ以上やるなっ!!」
今は、立ち向かうべき強さの魔物ではない。ロンだけなら、担いで行けた。聖力切れで気絶したマリーまで連れては、逃げられない。
勇者は剣を手にしたまま詠唱を始め、シュシリアンヌは、勇者が魔法を使うのを初めて見た。
◆
「勇者ぁ~、意地悪って言ってごめんなさいぃ」
グズグズと泣くマリーに、シュシリアンヌが一度眠るように言うと、マリーは立ち上がった。
宿に着いて気が抜けたのだろう。
分からなくもない。ロンとマリーの疲れ切った姿は見慣れていたけれど、ぐったりした勇者は初めて見た。シュシリアンヌだって、ショックすぎてよく分からなくなっていた。
「ロン、マリーが眠るまで一緒にいてあげてくれる?」
ロンもそのまま眠った方がいいと言うと、静かに部屋を出て行った。
あの後勇者は剣で魔物を引きつけて、シュシリアンヌに魔物の心臓を射抜けと命じた。機会は一度きり。勇者は魔物の動きを魔法で止めると、魔力を使い切って膝をついた。
シュシリアンヌの指先が震えた。
「矢を想像して、心臓だけを見ろ」
勇者は、魔物の直ぐ側で蹲っていた。
やらなければ殺られる。
シュシリアンヌの指先から金色の光が筋になって、見事に心臓を打ち抜くと、レベル違いの魔物は粉のように消えていった。
気が抜けたのと魔力が枯渇して、シュシリアンヌは座り込んだ。
勇者が這ってきて、聖力でロンを癒した。
全然知らなかった。勇者が、魔力も聖力も持ってるなんて。
「シュシリアンヌ、よく聞け」
いつもと違う呼ばれ方だった。
「俺の聖力を全部ロンに使うから、俺は置いて行け。ロンにマリーを担がせて、とにかく三人でここから離れろ」
勇者は、聖力も使い果たすつもりらしい。
「私が―――」
「確率の問題だ。全滅か三人助かるか」
こんな時ばかり、勇者は静かに続けた。
「さっき出来たんだ。大丈夫だ、シュシリアンヌ」
勇者は、ロンを癒し始めた。
不意に、勇者の身体がぐらついた。支えようとして、間に合わなかった。シュシリアンヌは、どうしていいか分からなかった。
勇者、死んじゃうかも。
なぜか、マリーが先に気がついた。
「アンヌ?」
マリーの声に、やっと動けた。
マリーは、ロンと勇者の顔を覗き込み、どちらも息をしているのに安堵した。
マリー、どうして。
シュシリアンヌの問うような視線に、マリーが胸元から引っ張り出したのは、紐に通され首から下げられた指輪。
「多分、これぇ」
ロンにもらった指輪の石は、すっかり色を失っていた。
「アンヌ、勇者を起こしてぇ」
マリーが呆けているシュシリアンヌに、勇者を指差した。
「さ、さっき、魔力も聖力も使い果たしたから、無理だと、思う」
シュシリアンヌの返事に、マリーは怪訝な顔をしながらもロンを揺する。
「どう言う事ぉ?」
「勇者は、魔力も聖力も持ってたの」
私達より、ずっと。
「お願い、勇者を癒して」
シュシリアンヌは、ぐったりした勇者を抱えて動けないままマリーに頼む。
「それなら私じゃ、きっと勇者は無理ぃ」
マリーに断られて、シュシリアンヌはどうしていいか分からない。
ロンが、額に手を当てて起き上がった。
「何が、どうなった」
「ロン、歩けそうぅ?」
「ああ?ああ、多分」
マリーは、シュシリアンヌの手を握る。聖力の癒しの力が流れ込む。
「待って、マリー、私でなく勇者を」
「無理なんだってぇ。勇者を動けるほど回復させられない」
回復したシュシリアンヌは、魔力の消費が少ない風の魔法をロンとマリーの足元に掛けた。ロンが勇者を担ぎ、シュシリアンヌとマリーは支え合って、魔物に会わずに街に着くことだけを考えて進んだ。
◆
勇者は、座ったまま寝てしまっているシュシリアンヌに気がついた。ほかの二人はいない。シュシリアンヌが泣いた様子はないし、何しろ自分が生きているのだから、二人も無事なのだろう。
宿屋のベッドに寝かされていた。窓の外は暗く、夜も更けているのか静かだった。
失敗した。時間が無くて、焦りすぎた。でも、どうやったのか、多分、全員生き残った。こいつらは、想像より優秀なのかもしれない。
明日は、きっと三人に罵倒される。だけど、俺は生きている。まだ、修正がきく。
魔王を倒すのは、あくまでも手段だ。目標を見失わない様に確認し直す。
椅子に座ったまま寝息を立てているシュシリアンヌには、月光が当たっていた。
魔物を倒して、泣いていたシュシリアンヌ。
「ごめん」
追い詰めたりして。
本当はもっと早く、会えたらよかった。
セインは、泣かないように深呼吸する。
シュシリアンヌ、待っていて。
きっと本当の自由をあげるから。




