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鉄の掟

よろしくお願いします。

 娼館でのんびり過ごしているうちに昼になり、また食事が始まった。このままでは夕飯もここで食べている姿が想像できる。流石にまずいと、女主人が二人のために馬車を準備してくれた。


「このまま娼館(ここ)にいてもらってもいいんですよ。いいんですけど、それはそれでまた面倒なことになりそうですから……」

 

 女主人は舌打ちでもしそうなほど苦い顔だ。セラフォーネとシェイラもつられるように同じ顔をして、馬車に乗りこんだ。


「結局、ヘルムート家の馬車は迎えにこなかったわね!」

「私をヘルムート家に迎え入れたくないという気持ちの現れだろう」

「バカ言わないでよ! 何を悠長に構えてんのよ! 見下されてるのよ? 許したらダメでしょう!」


 ヘルムート家が受け入れるのは、最低最悪の毒薔薇だ。プライドが高く傲慢な相手には、最初から毅然とした態度で臨む。これくらいは当たり前だとセラフォーネは思う。

 しかし、シェイラは違う。

 セラフォーネは毒薔薇じゃないのだから、イオニスの過ちを背負う必要はない。こんな不当な扱いに慣れる必要だってない。

 考えにズレがあるから、余計に腹が立つのだ。


 それにヘルムート家はランカスト家のことも見下していると、シェイラには思える。

 家格は下とはいえ、軍事力と他国への影響力ではランカスト家の右に出る者はいない。その圧倒的な力を理解していれば、セラフォーネに対してこんな仕打ちはできない。セラフォーネが、ごく一般的な令嬢なら……。

 残念ながらセラフォーネは毒薔薇だ。ランカスト家の鼻つまみ者に忖度など不要というのが、ごく一般的な世間の判断になってしまう。


「毒薔薇からヘルムート家を守るためならば、これくらいの強硬手段くらい当然だ。逆の立場なら、私だって同じことをするかもしれない」

 セラフォーネの冷静さは、シェイラの怒りを増幅させるだけだ。

「賊に襲わせるなんて犯罪よ! どんな理由があったって許されることじゃない! セラは絶対にそんなことしない!」

「まぁ、そうなんだけどな……。詰めが甘いというか、結局何がしたかったのか分からない。というか、ワイラーたちに利用されたんだよ」

「セラを売り飛ばすつもりだったんだから、おっそろしい奴等よ! セラだから回避できたけど、普通の毒薔薇だったら、今頃ここにはいないわ!」


 普通の毒薔薇が何者かは分からないが、セラフォーネが自分の身を守る術を持っていなければ確かに……。


 問題は、この一連のことがジェネストの指示だったかどうかだ……。

 宿屋や女主人の話を聞けば、ジェネストは良識ある領主だ。セラフォーネに対する態度は褒められたものじゃないが、毒薔薇に対するものだと考えればセラフォーネは納得できた。

 昨日の事件が起きるまでは……。

 賊をけしかけてくるのは、さすがに今までの嫌がらせとは次元が違う。


(私という貴族を傷つけたとなれば、賊や宿屋は犯罪者だ。領主の権限であっても、もみ消すのは難しい。堅物公爵は関係ない者を駒として巻き込むような人物か? だとしたら、それなりの代償を支払ってもらう必要がある)


 ヘルムートの象徴とも言えるあの灰色の屋敷で、一体何が起きている?

 街に灰色を吐き出しているみたいな屋敷を、セラフォーネはじっと見つめる。


「そんな顔するな。これでも多少は腕に自信がある」

 にかっと笑顔を向けられなくても、そんなことは承知の上だ。だからこそシェイラは困っている。

「『お屋敷で必要なのは腕力ではありません』って、宿屋の店主も言っていたじゃない」


 自分たちを孤高の存在だと思っているヘルムート家の使用人は結束力が固い。それに加えて根性が悪い。それは、ここ数日で立派に証明された。

 彼等なら立派にセラフォーネをいびり倒すだろう。


「やっていることは正しいとはいえないが……。ヘルムート家は、絶望から始まった家だからな……」



 ヘルムート家の歴史は、憎しみの記憶だ。

 弟によって突然未来を奪われた王太子は、何も生み出せない不毛な死んだ土地を与えられた。

 信じていた者からも「国王になり損ねた公爵」と嘲笑われ、兄王子は人と関わることを拒否した。話をするのは、城からついて来てくれた自分に忠実な部下と使用人だけ。

 朗らかで少しおっとりしているくらいだった男が、偏屈で暗い性格になるのに時間はかからなかった。

 底の見えないどん底の中で兄王子にできることは、全てを呪うことだけだった。全てを呪い、王家への復讐だけを考えて必死に働いた。

 その勤勉さが功を奏し、王家からのこれ見よがしに「お情けだ」と辱められる援助に頼らなくても領地は独り立ちできるようになった。

 鉱山を中心として潤ったヘルムート家の経済力は、国としても無視できなくなる。それがいつしか頼らざるを得なくなり、王家とヘルムート家の立場は逆転した。


「領民と共に掴み取った勝利だろうに。一緒に喜び合わないなんて、寂しいな」

「何度も言うけど。領民と一緒に喜ぼうと思うのは、ランカスト家だけなのよ」


 ランカスト家で生きてきたセラフォーネにはどうにも納得できないが、シェイラの言う通りなのは分かっている。

 だが、ランカスト家がおかしいなら、ヘルムート家だって十分おかしい。王家への憎しみに囚われすぎて、周りに目を向けなさすぎだ。


「もう二百年も経っているのに、恨みが深いな……」

「だって、あれよ? 聞いたでしょう?」

 そう言いな、がらシェイラの眉間にギュッと皺が寄る。

「あれか? あの馬鹿みたいな話。じゃなくて、鉄の掟……」


 寝ずに駆けずり回った昨晩というか今朝、宿屋と娼館の女主人はヘルムート家のことを教えてくれた。

 これから嫁ぐセラフォーネに与えてくれた予備知識は、領民らしい内輪事情だ。まぁこれだけ特異な話が隠されているのは驚きでしかない。いかにヘルムート家が、国内に対して秘密を貫いているのかが垣間見れた。


 カイリッジ国は貴族至上主義だ。自分たちの利権への執着は凄まじく、跡取りは直系にこだわり、分家から養子をとることにさえ抵抗がある。だからこそ何かあった時のためにスペアとして兄弟を作るのが貴族の絶対的な常識となっている。


 鉄の掟は、そんな貴族の常識に逆行していた。


 ヘルムート家の跡取りは長男に限る。長男が生まれれば、争いの基となる次の子供は決して作らない。


 誰よりも家の存続と直系にこだわっているのに、これは大分綱渡りすぎだ。初代が弟から受けた仕打ちに対する、王家への抗議にしてもやりすぎだ。

 病気や事故で命を失う危険もある。恨みと意地だけで、その大事な家を失うリスクを抱える意味が分からない。

 しかも、この下らない掟は一つではなかった……。


 常に国王よりも優秀であること、その姿を国中に見せつけること。


 それがもう一つの鉄の掟だ。要はヘルムート家の当主たる者、いつでも王座に返り咲けるように心技体と準備は万全にしておけということだ。


「そんな家で育ったのに、公爵は騎士団に入ったけどな」


 王家への恨みだけで全てを成り立たせている家で生まれ育ったのに、結果はどうあれ掟に逆行する行動をとった。ヘルムート家からすれば、反逆以外の何者でもなかったはずだ。


「普通の家なら廃嫡になるところだが、ヘルムート家には他に跡取りがいない。……まるで『鉄の掟』に対する挑戦みたいだな」

「入団時は先代が激怒して、領内が大パニックだったっていうけど。そりゃそうなるわよね……」


 王座に就かせるつもりで育てた息子が、勝手に憎き国王の臣下に下った……。たった一人しかいない息子なのだから、そりゃ怒り狂うはずだ。

 だが、怒りの矛先を向けられた領民は、たまったものじゃない……。


「先代公爵の評判は悪いからな。とんでもなく横柄で自分のことしか考えられない奴だった、と二人共ボロクソに言っていたな」

「何もかも自分の思う通りにしようとするあまり、幼い息子の呼吸にさえ口出ししていたって……」

「その話は冗談だと思ったけど、まさか本当とはな……」


 本当はやんちゃで元気な子供だったのに、賢いからこそ自分の身を守るために、ジェネストは感情を捨てるしかなかった。

 幼少期の精神的な孤独はこたえる。セラフォーネにはその気持ちが分かるだけに、たった一人も寄り添ってくれる人がいなかったジェネストに同情した。

 領民もそうだったのだろう。先代はボロクソにけなしても、ジェネストには好意的だった。

 先代が悪化させた治安をジェネストが回復させているのが大きいのだろうが、騎士団時代の功績は移民からすれば英雄と呼ぶに値する。


 貴族の不正を暴き粛正するジェネストは、国内でもその存在を認められた。

 ヘルムート家が国内には関わらないとはいっても、領民はカイリッジ国民だ。次期当主が国で認められればうれしいに決まっている。

『やっぱりヘルムート家の跡取りだ』と領民は盛り上がったが、なぜか先代の怒りは増すばかりで領民に当たり散らした。


 王家と貴族の慣れ合った関係の否定。実にヘルムート家らしいのに、どうして先代は喜べなかったのか? 

 ジェネストこそが政治の中枢を担うべきだという声も大きく、実際に担ぎ上げようとする勢力もあった。

それこそ二百年待ち望んで、やっときたチャンスだったはずだ。念願の国王の座を取り戻し、王家と名乗れる時が目の前まできていた。誰よりも権力を欲した先代にとっては、千載一遇の好機だった。

 どうして利用しなかったのか?


 目の前に迫る灰色の屋敷に答えがあるのだろうか?

 ものすごく威圧的で排他的だが、ここで答えを探すしかない。そして必ず見つけ出す。

 セラフォーネは無意識のうちに、両拳に力をこめていた。


読んでいただき、ありがとうございました。

まだ続きますので、引き続き読んでいただけるとうれしいです。

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