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逆襲撃

よろしくお願いします。

 警邏を呼ぼうとした店主を止めたのは、セラフォーネだ。


「警邏を呼ばない? ちょっと待ってくださいよ! 公爵夫人を襲って、俺の宿屋を破壊しようとしたんですよ!」

「私も宿屋も、傷一つない。違うか?」

「そう、ですけど……」


 何もなかったと言われれば、確かにそれがまかり通る状況だ。でも、利用され騙された店主は納得できない。

 こんな目にあったんだ。賊にはしっかり罰を与えたい。


「ですが、やっぱり……」

「私は一応、公爵夫人だ。その私を狙ったのだから、こいつらは――」

 賊の三人も自分たちが何をしたのか、やっと気づいた。

「嫌だ! 死にたくない!」

「どうして俺たちが?」

「ワイラーやお屋敷の奴等の指示だ! 俺たちなんかより、あいつらが処刑されるべきだ!」


 彼らがどんなに騒いだところで、公爵夫人を襲ったことが公になれば命はない。

 セラフォーネが警邏を呼ばない理由が分かり、宿屋の主人は情けある顔で三人を見た。三人だって利用されて騙された。自分と同じだ。


「……事件をなかったことにしても、こいつらはワイラーに殺されるわよね?」

「やっぱりそう思うよな。自分の身を守るため、秘密を知る者の口は塞ぐ。これは鉄則だ」


 夜空に頼りなさげに浮かぶ小さな半月を仰ぎ、セラフォーネは小さく息を吐いた。

 ゆっくりとおりてきた顔は、どうしようもないことを思いついた悪戯っ子そのものだった。


「先手必勝だ。今から、ワイラーたちを襲撃しよう!」





 独身の鉱夫は宿舎に入るのがほとんどなのに、ワイラーは自分の家を持っていた。

 その家は鉱山からも街からも遠くはないが近くもない、そんな場所にあった。


「意外と普通の家だな」

「鉱夫がでっけぇお屋敷に住んでたら、それこそ何してんだと疑われますよ。まぁ勤めて二年じゃ、普通は自分の家なんて持たないですけどね」


 ワイラーの家を知っているため、賊のリーダー格であるキラソンがセラフォーネについてきた。

 危険だからと断ったが、セラフォーネはヘルムート領に来たばかりだ。道が全く分からない……。


「家の電気はついていない。寝ているか?」

 ワイラーの家は真っ暗だ。

「深夜ですからね……。でも、あいつちょくちょく娼館に行ってたから、そっちかもしれないですね?」

「キラソンたちに私を襲わせている、その夜にか?」

「さすがに、ないですよね……」と言って、キラソンは首の横をかいた。

「でも本当に、毎晩のように娼館に行っていたんですよ。よく金がもつなって、みんなで話してましたから」


 ほぼ住んでなかったに等しいのに、わざわざ買った家。

 宿舎では話せないことを堂々と喋れる。宿舎では保管できない麻薬を置ける。宿舎には呼べない者が会いに来れる。

 秘密を抱えた者なら、なくてはならないアジトだ。


「じゃぁ、ちょっと行ってくるから、ここで待ってろ」

「ちょっと待ってください! やっぱり止めませんか? 公爵夫人が強いのは知ってますけど、ワイラーは汚い手だって何だって使います。今まで相手にしてきた奴とは違いますよ……」

「私は毒薔薇だぞ? キラソンが思うような綺麗な場所だけで生きてきたわけではない」

「ですが……、ほら!」

 ここぞとばかりに、キラソンは家の屋根を指さした。

「屋根にでっけぇ黒鳥がとまってる! 不吉です! 帰りましょう!」

「馬鹿言うな。あれは勝利の証だ。だが……もし私に何かあっても、何もするな。すぐに宿屋に戻れ。そのための要員だぞ?」

 明るく笑って、セラフォーネは闇に紛れた。



 結果として、ワイラーの家はもぬけの空だった。

 失敗したからなのか、最初からそのつもりだったのか……。

 もちろん、緑の目の男もいない。

 あの用心深い男が、こんなところに長居をするはずがない。分かっていたが、それでも少しがっかりしてしまう。

 たがワイラーが逃げたということは、キラソンたちの安全が増したことになる。

 最悪の状態は脱したわけだが、セラフォーネは気になってしまった。


 ワイラーの家には、必要最低限の家具しか残っていない。栄養ドリンク一本どころか、ワイラーが何者か特定できるものは何一つなかった。

 ここまで徹底しているということは、それだけ隠す必要があるということだ。


(ワイラーたちにとっても急な事態だったはず。短時間で全てを隠すのは無理だ。ここじゃないなら、どこにある?)


 戻らないセラフォーネを心配して、様子を見に来たキラソンにセラフォーネは言った。

「キラソン、娼館に行くぞ! 案内しろ!」


 無事を確認してホッとする暇もキラソンに与えず、セラフォーネは家を飛び出した。

 なぜ、娼館……? その疑問を口にはできなかったのは、場所も分からないセラフォーネが一人で走り去ってしまったからだ……。



 娼館のエントランスは吹き抜けになっていて天井が高い。そこに描かれているのは、愛らしい天使の絵と金色の装飾だ。

 家具だって高級品で、その上に飾られている置物だって品がいい。さすが領内一の高級娼館だ。

 その美しいエントランスは、今、悲惨な光景だ……。

 二階に登る階段の前に立ち尽くした娼館の女主人は言葉を失った。

 キラソンは自分を見ているようで、途中から目を開けていられなくなった。


 豪華な娼館の玄関先に転がっているのは、三人の屈強な男だ……。

 ヘルムート領一の高級娼館とはいっても、荒事や揉め事は多い。だからこそ用心棒は、それなりに頭の働く手練れを雇っていた。はずだったのに……。

 三人を倒したのが、怪物級の男だったらまだ納得できたかもしれない。しかし実際は、娼館で働く女主人でさえ見たことがないほどの美形が瞬く間に片づけた。こんな衝撃ったらない。


 娼館に来てからずっと言っている要望を、セラフォーネは再度伝える。


「ワイラーが世話になっていた娼婦に会いたい。その娼婦の部屋に案内してくれ」


 これを言ったら三人の用心棒に難癖をつけられて襲われたわけだが、今回はもう出てこないらしい。

 まぁ、そうだろう。何人出てきても同じ。それが分かる手際の良さで、セラフォーネは三人を床に沈めたのだから。

 青い顔をした女主人は、呆然と言葉を失ったままだ。何が起きたのか、まだ把握できていないのかもしれない。

 だが待っている時間はない。セラフォーネは一つ息を吐きだした。


「ワイラーと同じ条件で私が頼もう。できるだけ早く準備をしてくれ」

 セラフォーネは右手をひらひらと振って女主人を急かしたかと思えば、自分が倒した三人を器用に手当てし始めた。

「おい、お前。踏み込みが弱いな。古傷か? 威力が半減するぞ」なんて言って、喧嘩の指導まで始まった……。


 赤髪、瑠璃色の目、白い肌、驚くほどの美貌。背が高く頭の小さいスタイルの良さ。

 かと思えば薄汚れたズボンとシャツ姿で、供は鉱夫。口調も動きも軍人で、なぜか「ワイラーの馴染みの娼婦に会いたい」と言っている。


 この人物は誰だ?


 これが毒薔薇だとは思いたくないが、この美しさはそうそうあるものではない。この仕事をしているからこそ分かるのだ。分かるからこそ、女主人は頭が痛い。


「ここは娼館ですけどね、名前も名乗れない人に大事な()は任せられませんよ」

「……申し訳ない。慌てすぎて名前も言ってなかったか。まぁ、言いたくなかったのかもな……。とにかく、すまなかった」

 あっさりと頭を下げたセラフォーネには、女主人の驚きっぷりが見えない。

「セラフォーネ・ヘルムートと名乗ると怒られそうだな……。毒薔薇の方が、名前より有名だ」

 あははと屈託なく笑うセラフォーネを前に、女主人の警戒心は死んだ。



 セラフォーネが娼館に来た理由は一つ。毎日のように入り浸っていたワイラーが、私物を預けていると思ったからだ。もちろん、理由はある。

 高級娼婦は自分の部屋があるし、何より口が固い。それに場所柄、外部の者が部屋に入れない上に捜査の手が入りにくい。秘密を隠すにはもってこいだ。


 案の定、馴染の娼婦はワイラーから私物を預かっていた。私物の中には、栄養ドリンクはもちろん種類の異なる薬もあった。

「『身を滅ぼしたくなければ、絶対に飲むな』って怖い顔で言っていました。私が『どうして、そんな怖いもの持っているの?』って聞いたら『人体実験だよ』って言ったんです。私が唖然としていたら『なんてな、驚いたか?』って誤魔化したけど、顔がすごく怖かった……」

 娼婦はそう言って、全ての私物をセラフォーネに押し付けた。


 シェイラと宿屋の店主も合流して、あっという間に夜が明けていく……。とはいっても、朝焼けはなかった。ずっしりと重い灰色の雲の覆われたまま、どんよりとした朝を迎えた。


 宿屋の主人と娼館の女主人が組合仲間で元々親しかったこともあり、賊三人組は娼館で匿ってもらえることになった。

 ワイラーたちが逃亡したとはいえ、どこに身を潜めているかは分かっていないのだ。しばらくは身を隠した方がいい。



 母と変わらない年齢の女主人が準備してくれてた朝食をみんなで仲良く食べ終え、広々としたサロンでのんびりお茶まで飲んでいた。

 なぜって、ヘルムート家から迎えが来ないからだ。 宿屋の者には、迎えが来たら娼館に来るように伝えていたのに……。

 

 我慢の限界を超えた女主人は、白い眉間に皺を寄せた。

「横暴な先代に比べれば、今の領主様はましかと思っていたのに。使用人の管理もできないとはね。一体何に忙しいのやら……」

 女主人は続けようとしたが、宿屋の店主に睨まれて止めた。

「はいはい分かりましたよ。今の領主様は良い方です。先代が招き入れたろくでなし共を追い出してくれました。私もやっと仕事がしやすくなりました」

「ろくでなし?」

「そうですよ。十年くらい前から街に見慣れない男が増えたんです。この国の人間ではないけど、金を持っていたんでね。ここは娼館ですから、金を払われたら遊ばせないといけない」

「いい客筋ではなかったってことか?」

 セラフォーネがそう言えば、女主人は口をひん曲げた。

「酷いなんてもんじゃなかったですよ。追い返せばそこら中壊されるし、嫌がらせをされる。でも直せるものを壊されたくらいなら、我慢できましたよ……」


 こみ上げてくるものをこらえるのに女主人が身体を震わせたので、宿屋が話を引き継いだ。

「街中の店が同じ状態でしたけどね、特に娼館(ここ)は酷かった。何人もの娼婦が傷つけられて、店に出れない状態にされたんです」

「私はね、商品を傷つけられたから怒ってるんじゃない! あの子たちはもう普通の生活を送れなくされたんだ。だから先代に訴えたのに! あのジジイ! 『娼婦上りが話しかけるな! 営業権を取り上げるぞ!』なんてぬかしやがった!」


 この話の前にも随分と先代の不満が二人から漏れ出ていたが、ここまでの怒りはなかった。

 一枚岩だと思っていたヘルムート家たが、そうやらそうでもないようだ。


 二人の話によると、お屋敷の使用人のほとんどは先代に仕えていた。だからなのか、根性も同じように曲がり腐っているらしい。


「お屋敷の奴らは色々騒いでましたけどね。私は毒薔薇と会えるのを楽しみにしていたんですよ」

「……たの、しみ?」

「男を手玉に取って転がすのを楽しむ女なんて、娼婦だったら最高でしょう? 是非ともその手管を指南してもらえないか? なんて本気で思っていたんですよ」

「……な、なるほど……」

「その毒薔薇が勝手にやって来てくれたと思ったのに……」

 ちらりと流し目で見られ、セラフォーネは色んな意味でちょっとドキッとした。

「実際に会ったら、全然毒薔薇らしくないんですから。驚きを通り越して、笑い出しそうでしたよ」

「…………」


(肩身が、狭い……)


「全くねぇ、毒薔薇がそんな恰好で娼館に乗りこんできただけで驚きなのに、よくよく聞けば初対面の鉱夫やこの宿屋が罪に問われないように走り回ってるって言うじゃないですか! そんな貴族、聞いたことがありませんよ。挙句の果てに、あの三人を匿って欲しいと私相手に頭を下げるなんて。もう、自分の目を疑いましたよ」


 呆れているが、感心している。女主人の目は優しい。だからセラフォーネは困る。

 自分がやろうとしていることを思えば、毒薔薇と罵られるくらいでちょうどいいのだ。


「毒薔薇の戦術だと思わないか?」

 セラフォーネがそう言えば、女主人は不敵に笑った。

「私だって散々人を騙したし、騙されてきました。それなりに人を見る目はあるつもりです。その私が奥方様を信用すると決めたんです」

「……私は、毒薔薇だぞ?」

 まだ言うかと、女主人は今度は苦笑した。

「そうですね。奥方様の手管がどんなものか分かりませんが、これが偽りだというなら喜んで騙されますよ」


 困るくらいの信頼だ。ヘルムート家の罪を暴きに来たというのに、どうしたらいいのか分からない。


「……そう言われても、私は善人ではない」

「私だって善人じゃありませんよ。あんたは善人かい?」

「俺だって善人じゃないさ!」

「そうだよねぇ。公爵夫人を物置に泊めようとしていたんだから」

 冷ややかにそう言われた店主は、「それはお屋敷の指示だから……」と慌てている。


「まぁ、間違いなく、ヘルムート家はみんな善人じゃないです」

「だな。嫌気がさしたら、宿屋に遊びに来て下さいよ」

「物置じゃない部屋を準備するんだよ!」

「言われなくても、分かっているよ!」

「家出じゃなくても、息抜きがてら三人の様子を見に娼館にも来てください」


 ヘルムート家の冷遇を心配されているというのに、セラフォーネの心は何だか軽い。まさかヘルムート領でこんな出会いがあるとは思わなかった。


 玄関に向かう廊下の窓から、ヘルムートの屋敷が見えた。

 どんよりと重い空と同じ色の外壁。攻撃的に尖った塔が三本、空を突き刺すように伸びている。

 古い慣習や陰湿な悪意が全てを覆い隠すほど絡みついた茨の屋敷に、セラフォーネは今から乗りこむ。

 そう、乗り込むのだ。一員になりに来たわけではない。


 麻薬組織にヘルムート家が手を貸しているのなら、容赦する気は初めからない。

 必死に生きる領民を巻き込む可能性はあるが、今まで通りに生活できるよう手を尽くすことはできる。


「私を『公爵夫人』や『奥様』と呼ぶべきではないだろうな」

 そう言ったセラフォーネの表情には、全く悲壮感がない。むしろ、二人が驚くくらい晴れ晴れとしている。

「私のことは、セラフォーネと呼んでくれ」

「……それは……」


 ダメだろう。公爵夫人に。それは……さすがに無理だ。

 普通であれば、そんなお願いはきけるものではない。カイリッジ国で、貴族と平民の壁はそれだけ高い。


「……セラフォーネ様……?」


 先にそう呼んだのは、女主人だ。

 どうして呼んでしまったのか分からない。だが、少し照れてにかっと微笑むセラフォーネを見ると、「確かに、この呼び方が一番しっくりくる」と思えてきた。

読んでいただき、ありがとうございました。

まだ続きますので、引き続き読んでいただけると嬉しいです。

よろしくお願いします。

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