失態
よろしくお願いします。
投稿し忘れてきた話が1話ありまして、本日(5/6)ep29に別の話を追加しています。
ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
苦しむセラフォーネを残して別邸に行ってしまった夜から、ジェネストは翌日も翌々日も帰って来なかった。
周囲からは憐れむような視線を送られても、セラフォーネは受け流した。
(気にしている暇はない。私にはやらなければいけないことが山ほどある!)
療養所に行って、マテリオの見送った。
これ以上の犠牲を出さないと心に誓い、今まで以上に薬の研究にのめり込んだ。
必死に忙しさに没頭するセラフォーネが心配なのに、シェイラはかける言葉が見当たらない。
必死に前だけを見るセラフォーネの頭の中には、ジェネストの「帰ったら」という言葉が残っていた。だがそれも五日も経てば……消えてなくなるはずもなく、大きな重しとしてセラフォーネの心を重く沈めていく。
「セラ、そろそろ休憩して」
「……きりがついたら」
前に声をかけてから、一時間はきりがついていない。その前も合わせれば五時間だ。朝から薬草畑の手入れをしてから朝食も昼食もとらず、ずっと薬草とにらめっこだ。
シェイラがこんなセラフォーネを見るのは、三度目になる。
一度目は、母親が亡くなった時。二度目は、アユハが殺された時。
一度目では、アユハが寄り添ってくれた。それでも、セラフォーネの自己犠牲精神は、ここから始まった。『母親の分まで自分が頑張って、ランカスト家を守らなくてはいけない』その気持ちが心の奥深くにまで根付いてしまった。
完全に拠り所を失った二度目で、セラフォーネの何かが壊れた。自分というものを、あっけなく捨ててしまった。
イオニスやランカスト家の未来は考えられても、そこにセラフォーネの姿はない。セラフォーネに未来なんてない。あるのはアユハへの救いのない罪悪感と、第六王子やナリル国への復讐心だけ。
有り余る罪悪感を糧に、復讐を遂げるためだけに息を吹き返したにすぎない。
そのぐちゃぐちゃに凝り固まった思い込みと罪悪感をほどいてくれたのがジェネストだった……。
やっと復讐が終わった世界を考えられるようになったのに、まさかその邪魔をするのもジェネストだったとは。
シェイラはもう、怒りを超えて落胆しかない。
吐き出すため息もなくなったシェイラは、セラフォーネが座り続ける机の前に立った。それに全く気付かないセラフォーネの視線の先に手を伸ばし、ガラスの容器ごと薬草を取り上げた。
「おい! 何をする!」
「何をするじゃないのよ! 今すぐ食事をしてお風呂に入りなさい!」
サンドウィッチを口に突っ込まれ風呂場に連行されたセラフォーネは、虚な目で「何かが足りない。ガネルと同じものが使えれば……」とブツブツ呟いていた。
シェイラは頭が痛い。セラフォーネの奇行は、屋敷中に知れ渡っている。
元々が一般的な公爵夫人からはかけ離れていたとはいえ、今の状態は立派な奇人変人だ。
使用人たちの憐れむような視線が、遠慮なく刺さる。
みんなの怒りがジェネストに向いてしまい、一致団結した難攻不落のヘルムート家が、土台から崩れ落ちそうだ……。
気分転換に大好きな馬の世話をしていても、セラフォーネは心ここにあらずだ。
「セラフォーネ様、寝ていますか? 今日はもう、お休みになられた方がいいのでは?」
「寝ては……いないな。寝ようとしても、ガネルが使った薬草が気になって眠れないだろうな……」
セラフォーネが何の話をしているのかは、リードには分からない。分からなくても、今の状況がまずいことだけはヒシヒシと伝わってくる。
「旦那様があんな二股野郎だったとは……」
シェイラの発言が屋敷内に浸透してしまった。
「あんの二股野郎に、私が一度しっかり意見してやります!」
あれだけジェネストを思い遣っていたリードの言葉とは思えない。世話をされている馬たちもビックリだ。
「いつ帰ってくるか分からないし……。リードは一度どころか何度も、ジェネストに意見しているだろう?」
グッと言葉に詰まった通りだ。セラフォーネを知ってから、リードは幾度となくジェネストに意見を伝えている。
「……それは、そうなのですが……」
「ジェネストにとってリードは、家族みたいに心を許せる相手だ。こんな下らないことで感情的にならず、ずっとジェネストを支えてくれ」
「……下らないって……」
リードにとってジェネストは立派な領主だ。それと同時に、家族以上の思い入れもある。あれだけ辛い幼少期を見てきたのだから突然だ。
だがそれは、セラフォーネに対しても同じことが言える。
リードはこの一風変わった公爵夫人が大好きで、老い先短い生涯仕え続けることを楽しみにしている。
だからこそ、ジェネストが情けなくて仕方がない。
「旦那様は一体何を考えているのか……」
「人を好きになるのは理屈ではないと言うからな。他人には分からないさ」
息をのんで首を横に振ったリードの目には、怒りと諦めが混同していた。
セラフォーネの中で、ジェネストはもう他人なのだ……。夫婦では、ない。
「確かに私は、旦那様に何度も意見しています。ただ、分からないのですよ……」
本当なら聞かなかったことにして終わりにしたい話題だけれど、リードに悔しそうに唇を噛み締められたら無視はできない。
「分からない? 何がだ?」
「いつもの旦那様なら、きちんと私に説明してくれます。それがなかったですし、表情がなんかこう困っているって感じでした」
言いたいのに、言えない。
ジェネストを見ていると、そう感じる時がある。
何か事情があるのかもしれない。でも何も言ってこないのだから、自分は気持ちをぶちまけられる相手では無い。その事実がまた、セラフォーネの心を濁らせる。
「貴族が愛人を持つのは当たり前だけど、ジェネストは堅物だからな。それをリードに指摘されて困ったんじゃないか?」
「そういうのとは、違うように感じました。何か言えないことがあると言うか……。そもそも、相手のことを愛しているのなら、王命だろうが他に妻を迎えるなんてことをする方ではないのです!」
「…………」
(ごめんな、リード。自分の目的のために、ジェネストが誘導した王命だ……。そこは許してやってくれ)
「前に一度、ジェネストと恋人が一緒にいるところを見たんだ」
リードの目が零れ落ちそうに見開かれた。驚きすぎて、言葉が出ない。
「ジェネストの、あの安心しきった顔というか……二人の間には信頼関係みたいな強い絆があるのだと思った」
「旦那様は、セラフォーネ様のことだって信頼しています!」
(そうかもしれない。でも……私には向けられない顔だった)
「被害者は彼女だ。普通にジェネストを愛していたのに、急に愛人にされてしまったんだからな。本邸に来ても、大切にしてやってくれ」
「……セラ、フォーネ、さ……ま?」
ふわりと微笑んだセラフォーネは、泣き出しそうなリードに背を向けた。
一人で屋敷に向かって歩いていると、背後から「セラフォーネ様!」と声がかかる。
正直、振り返るのが面倒くさい相手だ。というか、よくもまぁ、遠慮なく声をかけてこられるものだと呆れる。
セラフォーネが振り返らず止まりもしないというのに、元家令はダッシュで正面に回り込んできた。
大事そうに手に持つ緑色の何かから、独特な臭いがした。
「……それは……!」
セラフォーネの顔を見て、当たりだと思ったのだろう。元家令は、前のめりに寄ってくる。
「以前に話をした商会が、是非ともセラフォーネ様と取引したいといって聞かなくて。無理だと伝えたら、『この薬草をセラフォーネ様に渡して欲しい』って言われたんです」
元家令の手に乗せられた薬草から、セラフォーネは目が離せない。
「断ったんですけど、『これで無理なら諦めるから』と言って聞かなくて……」
セラフォーネが薬草に手を伸ばしても、元家令は止めない。セラフォーネの興味を引くことが目的なのだから当然だ。
「そいつは、これを、どこで手に入れたと言っていた?」
「強引な奴でして……。無理やり頼まれただけで、細かいことまで聞いていないんです。ただ、今日明日中に国に戻るとは言っていました。だから『これが最後だから」と、無理やり押し付けられて……」
自分の手の中にある薬草が、宝物なのか忌まわしい物なのかセラフォーネは判断がつかない。ただ、ここ数日に渡って望んでいたものであることは間違いない。
殺戮兵器を作る薬に使われている薬草だ。秘薬の主原料となる薬草に近づける、べくガネルが品種改良したのだ。秘匿性が高いこともあって、ナリル国の軍事施設にしか栽培場所はない。
(この薬草が手に入るのなら、出来損ないの薬に対する拮抗薬を完成させられる。そうなれば、誰も殺戮兵器になんかにならずに済む。アユハの願いを叶えたい。死に報いるには、もうこれしかない!)
「これを持ってきた商会に会わせてくれ」
「それは構いませんが……カイリッジ国を出ると言っていたので、セラフォーネ様に出向いていただくことになりますが」
元家令が上目遣いで、探るようにセラフォーネを見上げてきた。
「構わない。今すぐ行こう」
セラフォーネがそう言えば、元家令は嬉々として準備を始めた。
ジェネストの不在とジェネストへの不信感で、屋敷は要塞としての機能を失っていた。セラフォーネが元家令を伴って外出することに、疑問を持つ者はいなかった。
閉じられた門の音がやけに響く。セラフォーネがそう感じたのは、屋敷から離れるほどに膨らむ不安のせいだ。
(大丈夫だ。サッサとかたをつけるだけだ。1秒でも早く終わらせて、ジェネストを王命から解放したい)
読んでいただき、ありがとうございました。
もうすぐ完結します。
最後までお付き合いいただければ、嬉しいです。




