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ジェネストの愛人

よろしくお願いします。


※投稿し忘れがありました。このお話の前に1話抜けていましたので、追加しています。

話が前後してしまい、申し訳ありません。

 肌寒さも感じなくなり、緑が色鮮やかになり始めると、セラフォーネがヘルムート領に来て二か月が過ぎていた。

 嵐のように目まぐるしかった始まりの一か月と比べると、この一か月は様々なものが見えてきた。

 領内での生活にも慣れ余裕が出てきたのは良いことで、目の行き届かなかったことに気が付ける。だが……、世の中には、知らない方が心穏やかなことだってある。


 ……心の荒んだシェイラが、銀糸の刺繍が美しいクッションを力一杯殴りつけた。


「愛人がいるなんて、あいつ、随分舐めた真似してくれるじゃない!」


 つい一か月前は、ジェネストを見直し始めいただけあって、シェイラの怒りはヘルムート家に来た当初より大きくて深い。

 それに対してセラフォーネは、ヘラリと笑って受け入れてしまっているように見える……。


「夕食を共にしても、ジェネストが屋敷で眠ることはなかったからな」


 夕食後、暫くするとジェネストは屋敷を出て行く。悪びれることもない当たり前のルーティンワークだった。


「元家令の『仕事です。夕食を屋敷でとることだって稀だったんです』なんて話を信じてしまった私が馬鹿だったわ!」

「まぁ……他の使用人に聞いたら、みんな動揺していたからな……」


 最初に聞いた相手が悪かった……。他の使用人は激しくしどろもどろになって必死に言い訳をして、ぐずぐずと真実を教えてくれた。「熱病みたいなものです。必ずセラフォーネ様のところに帰ってきますから!」と泣き出す者もいたくらいだ……。老馬丁や庭師に至っては、何度もジェネストに直談判しているという話だ。

 当初はセラフォーネを追い出すつもりだった。ジェネストに愛人がいた方が面白い! そう思っていたはずなのに、今やセラフォーネは屋敷にも領地にも必要な人間になっている。

 ジェネストの二股っぷりに怒る者の方が多く、セラフォーネの が気分を害さないよう緘口令が敷かれていたのが分かる。


「当主が家にいずに別邸に行くって、何よ? お前の家だろう! お前が守れ!」

 重い拳に耐えられないクッションが、あっという間にへたっていく……。

「二年前に領地に戻ってきてすぐ、屋敷には寄り付かなくなったと言っていたじゃないか。当主としての責任より、守りたい存在なんだ。ゆるし――」

「呪ってやる!」

「まぁまぁ、シェイラ。よく考えろ」

 穏やかにそう言って、シェイラの肩をポンポンと叩くセラフォーネの気が知れない。


 セラフォーネはジェネストに心を開いている。シェイラにはそう見えた。

 アユハには到底及ばなくても、気を許していたはずだ。それが、どうしてこうも冷静に……?


「『愛人』じゃないんだ。『恋人』だ。そう考えれば、納得だ」

「何に納得? 妻がいて恋人? 貴族の感覚は分からない!」


 ランカスト家ではありえないが、愛人は貴族の中では当たり前のことだ。それでも堅物公爵であるジェネストなら、愛人なんて作らないとシェイラは思いたかった。


「こんな王命がなければ、ジェネストはその相手と結婚する予定だったんじゃないか?」

「はぁ?」

「邪魔者は私だったということだ」

「でも、結婚したのよ!」

「私たちは、この結婚を自分の目的のために利用しただけだ」


 そう言われてしまえば、そこまでだ。お互いに、そう認めている……。

 でも……セラフォーネとジェネストの間にあるのは利害だけで、そこに感情はなかったか?


 鈍感で自分の気持ちを押さえこんできたセラフォーネは、その気持ちを尊敬や信頼だと勘違いしたままだ。だが、ジェネストは違う。

 セラフォーネがヘルムート領から出て行くと言っても、あの手この手を使って絶対に阻止するはずだ。それくらい、セラフォーネを愛している。シェイラはそう思っていた……。


「呪いなんて不確かなものに頼ってられないわ! どういうつもりなのか、ちょっと聞いてくる!」


 部屋から飛び出そうとするシェイラの前に、セラフォーネが立つ。

 小柄なシェイラと大柄なセラフォーネだ。いつもなら押しのける気力も失せる対格差が、今日は感じられない……。

 少し悲しそうに首を横に振るセラフォーネが、何だか弱々しく見えてシェイラの胸がチクチク痛む。


「復讐を終えたら、元々ここを去るつもりだったんだ。誰も悪くないのに、わざわざ負い目を感じさせることを言う必要はないだろう?」

「……何よそれ? これで心置きなくヘルムート家から去れるようになった。って聞こえるけど?」

 眉を下げたセラフォーネは「シェイラには、敵わないな」と呟いた。

「薬草のこともあるしな。少しだけ離れがたい気になっていた。が、私が邪魔者だと分かれば、話は別だ。すっきりした」

 そう言って眉を下げたまま微笑むセラフォーネを前に、シェイラの眉間の皺は深さを増す。


 セラフォーネが自分の気持ちに気づいていないのは幸いなのだろうか?

 ここから去るにしても、ちゃんと気持ちに気づかせて、一区切りつけさせるべきなのか?

 シェイラはぶんぶんと頭を振った。

 何にしたってセラフォーネが自分の気持ちに気づかなければ始まらない。自分が口を出すべきではないのだ。

 シェイラは必死に、自分にそう言い聞かせた。



 本邸から馬車で四十分ほどの場所に、先代夫人が住んでいた別邸がある。

 ジェネストは毎晩、その別邸に帰るのだ。もちろん、無人ではない……。

 無人だったのは一年ほどで、二年前にジェネストが領地を継いだ直後から別邸は賑やかになった。

 金髪に緑色の大きな目をした美女が別邸の中心で、彼女を支えるように使用人も数人いる。使用人と言っても、ヘルムート家の使用人ではない。美女が連れて来たのか、見たこともない者たちだ。


 別邸と言ってもヘルムート家であることに変わりはない。自分たちのテリトリーへの侵入を許さない使用人は、何度もジェネストに別邸の様子を見に行きたいと訴えた。だが、一度も叶っていない。


 家の存続にこだわるヘルムート家なら、跡取りができると喜びそうなものだが違った。

 ヘルムート家は、鬱陶しいほど血筋にもこだわるのだ……。

 別邸にいるジェネストの恋人は、とても淑女とは言い難い振る舞いをする。突拍子もない態度や言動が街でも見かけられていて、貴族の令嬢でないことは明らからしい。

 ヘルムート家は王族以上の存在だと言う彼らが、平民の血など受け入れられるわけがない。結婚もせずに二年も別邸にいるのは、そういうことだ。

 そうした確執も、ジェネストが本邸に寄り付かなくなった理由の一つなんだろうとセラフォーネは思っている。


 目的のために王命を利用しているのはジェネストだって同じだ。目的は分からないけど、その中には恋人のことも含まれているのかもしれない。セラフォーネは、なんとなくそう思った。


(シェイラが結婚した時と同じで、何だか少し面白くない。わがままだな。ちょっと前なら毒薔薇らしいと笑えたが、今はそうはいかないな……)


 街で何かとセラフォーネの世話を焼くジェネストに厳しい視線が向けられていたのも、別邸の愛人のことがあるからだ。

 しっかりセラフォーネびいきになった領民には、ジェネストの行動がどっちづかずに見えて歯がゆい。というか、苛立つ。



 気まずい空気を散らすように、ドンドンドンと扉を連打する音が響いた。

 部屋にやって来たのは、元家令であるバーナビーだ。なぜか酷く憤っていて、そして焦っている。何が起きたのか分からないセラフォーネとシェイラは、首をひねりながら顔を見合わせた。


 家令から降格されたバーナビーは、物資管理担当になった。商会を始めとした仕入れ先との連絡調整や、納品された商品を確認するのが主な仕事だ。

 畑仕事に必要なものを手配することもあり、セラフォーネはバーナビーとは結構顔を合わせている。顔が広く頼りになるバーナビーに助けられることも多く、今では普通に話せている。


「王都で大人気の商会が、明日来ます。是非奥様にも見ていただきたいのです!」


 なぜこんなことにバーナビーは必死になっているのか?

 今まではそんなことはなかったし、セラフォーネが欲しいのは農具か苗で、王都で人気なものになんて興味がないのは分かっているのに。


「……欲しいものは何もない。時間の無駄だ」

 こう言えばいつもは引き下がるのに、今日のバーナビーは血走った目でなぜか粘る。

「全ての商品は、最初に奥様にお見せするのが筋なんです!」

「筋も何もヘルムート家の流儀は、私には関係ない。何度もそう言っただろう?」


 やっぱり今日のバーナビーはおかしい。ギュッと握り込まれた両拳を震わせて、本当は何が言いたいのだろうか?


「本邸が、本妻が、全てを買い取ってください!」

 随分と無茶を言ってきた……。

 呆れるセラフォーネを押しのけたのは、我慢の限界を迎えたシェイラだ。

「しつこいし、何なの? 迷惑なんだけど!」

「迷惑は承知の上です!」

「承知だと? 懲りずに嫌がらせ再開ってこと?」

 シェイラの冷ややかな声に肝が冷えたのか、バーナビーは前に突き出した両手を振った。声も勢いも、最初と比べると弱々しい。

「違う! 私はただ……」

「ただ何なのよ? 最初とか本妻とか、何が言いたいわけ? ハッキリしなさいよ!」

 バーナビーは独身だが、自分の子供と言ってもいい年齢のシェイラに言われたい放題だ。


 子爵家の次男だったバーナビーは、先代の公爵とは同級生だった。優秀だったバーナビーの留学先が、先代と同じだったのだ。

 その縁からヘルムート家に仕えることになったが、結束の固い古参の使用人から見れば余所者だ。そこから家令まで上り詰めたのは、優秀さだけではない。他の者が一目を置くほど、ヘルムート家への忠誠が強かった。

 とはいっても、ヘルムート愛が強すぎてやらかしてしまったが……。

 そんな後のないバーナビーが、地雷とも言えるセラフォーネに悪あがきをしている。これがジェネストの耳に入れば、お咎めなしとはいかない。


「……旦那様は、商会を別邸に呼んでいて……」

 バーナビーは言いにくそうに身体をもじもじさせて、上目遣いで見てくる。

 何が言いたいのかさっぱり分からなかったセラフォーネも、やっと分かってきた。


「恋人にプレゼントでも送るのだろう? 別にいいじゃないか」

 あっさりとセラフォーネがそう言うと、バーナビーはなぜか床に崩れ落ちた。


 もう意味が分からない。興奮したと思えば意気消沈する。情緒不安定も、ここまで来ると危険としか言えない。


(バーナビーを刺激するのは危険だ……)


 セラフォーネがちらりと見ると、シェイラも黙ってうなずいた。


「バーナビーの気が済むなら、本邸にその商会を呼んでもらって構わない。だが、それでは貴方の心配事は解決しないのだろう?」


 理解を示す方向に方針転換だ。心の距離は近いように見せかけ、物理的距離はしっかりとる。シェイラを守りつつ、セラフォーネは逃げる準備をした。


「……ヘルムート家に恩恵を与えて下さる奥様にはプレゼントの一つもなく、別邸にいる愛人のために商会を呼ぶなんて……。そんなことが世間に知れれば、ヘルムート家は……」


 バーナビーは泣き出した……。シェイラは音もなく、うんざりとため息をついた。


読んでいただき、ありがとうございました。

もう少し続きますので、引き続き読んでいただければ嬉しいです。

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