重たい心
申し訳ありません。
投稿の順番が誤っておりました。
ep28見えなかった未来の後に割り込み投稿しています。申し訳ありません。
数日雨続きだったこともあり、空の青さが目に眩しい。新緑と一緒に空を眺めると、春だなぁと思える。あまり木が生えていない領内でも、診療所だけは別だ。運よくこの場所だけは樹木が育ち、季節を感じることができる。
それはありがたいことのはずなのに、重荷になることもある。
療養所にいる鉱夫の様子を見に行くことが、セラフォーネの日課だ。
マテリオ以外は禁断症状が出ることなく、療養所の手伝いなども初めている。近いうちに日常生活に戻れるはずだ。マテリオだけは、一進一退の状態が続いている。
大人しくしているかと思えば、突然暴れ出す。暴れ出すと言っても鉱夫たちが抑え込める程度で、以前のような大きな被害にはならない。だったら経過は順調かといえば、逆だ。
薬の効果が残っていて半化け物化しているのに、大暴れできるほどの体力も肉体がないのだ。それだけ心身が耗弱している。
セラフォーネも色々な方法を試しているけれど、精神的に蝕まれてしまうとそう簡単には元に戻らない。何とかしたいのに気持ちばかりで、実際は何もできない。そんなことを思い知らされると、美しい景色も色がなくなる。
「じゃあな、マテリオ。また明日も来るからな!」
セラフォーネがそう声をかけても、床を見つめてブツブツと呟くマテリオが顔を上げることはない。顔の横で広げた手をギュッと握り締めたセラフォーネは、うつむきかける頭を起こして前に進む。
救いたいのに、救えない。
その葛藤は、セラフォーネの中で日に日に大きくなっていく。
この薬を断つ。この薬の犠牲者を出さない。この願いをセラフォーネに託すために、アユハは命を懸けた。それが余計に、セラフォーネの両肩に圧し掛かる。
(分かっている。分かっているのに……。私では力が足りない。どうしたら……)
日に日に表情が険しくなるセラフォーネに、シェイラも困り果てていた。
アユハが自分を恨んでいないと気づけたのは良かったと思う。でも、アユハの思いを受け止めたセラフォーネは、期待に応えようと必死すぎるのだ。
セラフォーネの性格から、こうなることはシェイラだってある程度は予測していた。それを上回るのめり込みなのは……多分、ジェネストの愛人問題のせいだ。
セラフォーネを任せられる男だと思っていたのに……。このまさかの誤算にシェイラは思っていた以上に落胆した。
文句の一つでも二つでも言ってやりたい。というか言ったけど、ジェネストは被害者面なんかを見せてきた。余計に怒り狂ったシェイラは、罵って罵って罵って罵って屋敷を揺らすほど執務室の扉を叩きつけるように閉めてやった。
「あんの、二股男!」
思わず声が漏れるほど、シェイラの怒りは収まらない。「愛人を愛でた目で、セラを見るな! 姿を見せるな!」と言ってやったのに、ジェネストは毎晩帰ってきてセラフォーネと夕食を共にする。
セラフォーネだけでなくジェネストだって気まずそうなのに、絶対に何があってもその時間は作る。かと思えば、夜は別邸に帰っていく……。
こんなことが繰り返されているのに、セラフォーネは何も言わない。
確かに始まりは、お互いを利用するだけの結婚だった。邪魔者はセラフォーネだったのかもしれない。でも今は、そんなことで割り切れない感情を持っているのは確かだ。お互いにそうなのだと思っていたのに……。
セラフォーネの耳には届かないのに、護衛というか監視役のアトラスにはシェイラの怒りが聞こえたらしい。気まずげに目を逸らして、わざとらしくそっと距離をとられた。
空気が重いのは、シェイラの声が漏れたせいだけではない。
この三人組で青空の下を歩いていることが、最悪な状況を思い出させてくれるから困る……。
まさしく今のこの状況だった。この三人で療養所帰りに街を歩いていて、ジェネストに愛人がいることが発覚したのだ。
街の人の視線に違和感を覚えることは、今までにも何度もあった。娼館の女主人や宿屋の主人、屋敷の使用人が何か言いたそうにして飲み込むのも、セラフォーネは何度も見た。
うん? 何だろう?
気にはなっていても、冷たい視線や陰口には人数倍耐性ができてしまっている。それが裏目に出てしまい、いつも通り受け流してしまった。
その日も、今日みたいな青空だった。マテリオの調子も少し上向きで、久しぶりに心軽く空を見上げた時に声をかけられた。
「セラフォーネ様!」
花屋を営む初老の婦人がニコニコと微笑んで店から出てきた。店の中も店先も色とりどりの鉢植えが並び、花屋とは言えないほど商品がまばらだった以前とは大違いだ。
「紹介していただいた仕入先が、本当に良心的で助かります!」
「それなら良かった」
「うちも薬草を扱ってみようと決めたんですけど、少しお聞きしたいことがあるんです。お時間、よろしいですか?」
薬草の話はセラフォーネの最優先事項だ。足を止めて話をしていると、店から若い女性が飛び出してきた。
「セラフォーネ様! この前の白百合はどうでした?」
「……?」
「お気に召していただけたら嬉しいです! 何と言っても、領主様が一本一本吟味した白百合ですから!」
アトラスが間に入ろうとしたくらいの勢いで飛び出してきた女性は、なぜかとても興奮状態だ。それだけジェネストの吟味が愛情あふれていたのだろうが……、最近白百合を見た記憶がセラフォーネにはない。
ただ、今まで話していた夫人が、顔を真っ青にして焦っているのが目の端に映った。
「あんなに純白で真っ直ぐな白百合は初めて見ました。凛としたセラフォーネ様にはぴったりで、領主様が選ばれた理由が分かります!」
「…………」
セラフォーネの気まずい顔を見る余裕もなく、娘はうっとりと喋り続ける。悪気など全くない。ジェネストがどれだけセラフォーネのことを思っているか伝えたいのだ。
ただ、伝える相手が違うだけだ……。
「ちょっと! いい加減にしな! セラフォーネ様はお忙しいのに! 気やすく話しかけて申し訳ありません」
「はぁっ! お義母さんは、何を言ってるんですか? 私はただ、領主様があれだけ必死に選んだ白百合の話をしたかった――」
させるか!と、義母が嫁を羽交締めにして口を塞いだ。
「もう、すみません! いつもろくに店の手伝いなんてしない嫁がうるさくて。失礼させていただきますぅ」
暴れる嫁を引きずっていくのは、さすが花屋。力仕事だけあって強い……。
店の扉が閉められた。店の前に置かれた花々が色褪せたように見えるのは、セラフォーネだけではないはずだ。少なくとも路上に残された三人の目に映る景色の色は変わっている。
非常に、非常に、これ以上ないほど、気まずい空気だ。
特にシェイラからは、殺気としかいいようのない黒い何かが漏れていた。
セラフォーネは凄いショックのようで、なぜか納得したような妙な気分だ。とにかく冷静であれと、脳が全身に命令を出している。いや、身体が脳に命令を出している? もうどっちだか分からないほど、内心は取り乱していた。
(うん。まぁ、そういうことだ。ジェネストには、必死になって花を選ぶ相手がいる。何かある気はしていたが……。うん。そういうことか……。うん。うん。うん)
結婚したと言っても、お互い自分の利害のために結婚を利用しただけだ。便宜上の結婚で、用が済めば解消する。それだけの関係。
そういうわけだから、ジェネストに恋人がいたって自分には関係ないことだ。当然、ジェネストにだって説明する義務はない。
頭ではそう思おうとするのに、セラフォーネの気持ちは波風が立ちまくっている。それがまた気持ち悪くて、何とかスッキリしたいのに方法が分からない……。
(マテリオの治療と同じだ……。治療方法が見つからず、自分の力不足と無能さに落胆して腹が立つ。……モヤモヤは同じだけど、この場合、私は何に対して怒っているんだ? 怒るようなことは何もないのに……?)
「痛いっ! いだだだだだ!」
最後はほぼ悲鳴だ。慌てて振り返れば、小柄なシェイラがアトラスの小指をおかしな方向に握って、人気のない横道に連れ込んでいた。
「おい! どういうこと! 説明しなさいよ!」
壁に背中を張り付けて逃げ場を失ったのは、大柄なアトラス。それを下からねめつけているのが、三十センチは背の低いシェイラだ。大人と子供が逆転した構図だが、シェイラの迫力は凄まじい。
この怒れるシェイラを躱せないことを悟ったアトラスは、半泣きで洗いざらい喋らされた。
代替わりしてしばらくすると、別邸で金髪の美女が見かけられるようになり、気づけば住み着いていたこと。ジェネストが本邸ではなく、別邸で寝起きを始めたのもその頃だということ。
恋人と紹介されたわけではないとアトラスは必死に弁明したが、その発言には無理がある。
なぜって、別邸に本邸の使用人が近づくことは許されていないのだ。ジェネストがどれだけ愛人を大事にしているかが分かる。
新しい事実を知るたびに、セラフォーネの胸に鉄球が追加されていく。食べ過ぎた時とは別問題で苦しい……。
どうすれば楽になるかは、セラフォーネには分からない。とりあえず身体を捻ったところで、鉄球は落ちていってくれないし、何も変わらない。分かるのは、自分が邪魔者ということだ……。
二人がいつ出会ったのか? 今後どうするつもりなのか? それらについてアトラスは「本当に何も知らない! 信じてくださいぃぃぃ!」と訴えた。
ただ今も毎晩ジェネストが別邸に帰っているのは確かで、愛人が領地から出て行くという話は出ていない。
シェイラを見るとアトラスが怯えるくらい責めたてたこともあり、もうほぼ事実は掴んだ。それでも納得しないシェイラは、屋敷や街で聞き回った。
やめておけばいいのに、シェイラにも心のどこかでジェネストを信じたい気持ちがあったのだ。だが、わずかな望みは、あっけなく打ち砕かれた。
毎日浮かない顔をするシェイラを見れば面白くない事実ばかりなのは予想できたけど、セラフォーネは話を聞こうとは思わなかった。
これ以上胸が重くなったら、心が破れてしまいそうで怖い。もし破れてしまったら、漏れ出てきた感情のまま何を口走るかと思うと自分が恐ろしかった……。
だから、誰からも何も聞かずに「私やジェネストが王命を利用したせいで傷ついているのは、私じゃない。ジェネストの恋人だ。被害者は、彼女なんだよ」と言ってシェイラの行動を止めた。
「堅物なんて嘘だった! 他に女がいるのに、人の心にズカズカ入り込もうなんて……。クソよ、カスよ、ゴミ以下よ。地獄に堕ちればいいわ!」
散々のたうちまわり怒鳴り散らしていたシェイラも、全てを吐き出して多少はすっきりしたのか探ることはやめた。
それでも一度だけ、シェイラが「実物を見たい」と言って別邸に行った。監視役のアトラスはついてきたが、二人を止められるわけもなく半泣きだった。いや、多分泣いていた……。
それもそのはずで、事前にシェイラから「愛人が家の外に出るように手を回せ」と恫喝されていたからだ。これで外に出てこなければ、アトラスから尊厳が一つか二つか三つくらい奪われる。
運良く? 愛人を見たら見たで、シェイラは吐き捨てた。
「何だ、あれ?」
「何だって、ジェネストと恋人だろう? 愛くるしいというか、とても可愛らしい子だな」
背は高くもなく低くもない。華奢でもなくグラマラスでもない。ただ、楽しそうに動く姿が印象的だ。丸く大きなエメラルドグリーンの目がくるくる動くたびに、美しくて波打つ金髪が揺れる。貴族らしくない日に焼けた肌が良く似合う、のびのびというか生き生きとした様子でジェネストを振り回している。
兄妹みたいに言い合っているというかじゃれ合っているジェネストの姿は意外だけど、「きっとこれが素なんだろうな」と笑い合う二人を見てセラフォーネは思った。
(街のみんなに訂正しないとな。ジェネストに感情を取り戻させたのは、私ではなくて彼女だ。こんなにも安心した顔を、私は見たことがない……)
「さっさと第六王子をぶっ倒して、薬を奪い取らないとだな。一日でも早くジェネストを解放してやらないと」
「ついでに公爵もぶっ潰せないかしら……?」
シェイラはブツブツと呟いていたが、セラフォーネはもうその場を後にしていた。
読んでいただき、ありがとうございました。
投稿順を間違えてしまいました。割り込み投稿しています。話がごちゃごちゃになり、申し訳ございません。




