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アユハの思い

よろしくお願いします。

「……大丈夫か? 何か飲んだ方がいい」


 七年前の全てを話すことで、セラフォーネは体力を奪われた。立っているのも辛くなったところを、部屋まで運んでくれたのはジェネストだ。

 シェイラが持ってきた水差しからジェネストが自らグラスに注いてくれたけれど、セラフォーネはそれを口にする余裕もない。

 ソファに沈み込んだセラフォーネは、薄っすらと視界の中にジェネストをとらえてため息をついた。とにかく疲れていた。


 決して忘れてはいないけど、ずっと心に蓋をして思い出すことを恐れていた絶望。それが七年前の記憶だ。

 七年前、セラフォーネはあの場所で気を失った。そのまま目を開くと、自分の部屋の天井を見ていた。夢だったと思いたい。思ってしまおう。そう思って逃げたところで、セラフォーネは二度とアユハに会えない。

 苦しくて、悲しくて、怖くて、申し訳なくて……。セラフォーネは暫くの間、誰とも顔を合わせずに過ごした。

 あの日の出来事を、セラフォーネは家族にも誰にも話せないまま七年が過ぎていた。セラフォーネが七年前を語ったのは、ジェネストに話した今回が初めてだった。


 とにかく疲れていたけど、まだ話は終わっていない。だからセラフォーネは震える手で何とかコップの水を飲み干した。


「第六王子の目的は、ガネルが失敗した殺戮兵器を完成させることだ」

「……だが、ガネルもアユハも失ったんだ。それは、無理だろう……」


 宝物庫にあった全てをアユハは燃やした。アユハまでも……。

 

 秘特な集落に伝わる特殊な秘薬の研究をしていた特殊な人間がいなくなった。ジェネストの言うように、研究を断念するのが普通だ。だが第六王子は、あの狡猾な緑の目をした男は、普通なんてものは持ち合わせていない。


「第六王子の目的は、国境をこじ開けてランカスト軍の鼻を明かすこと。殺戮兵器は捨て駒で、完璧じゃなくていいんだ」

 ジェネストが目を見開いた。

「……紛い物のままでも、自分に都合よく機能すれば構わないってことか」

 セラフォーネはうなずいた。


 ガネルがいた頃も、人体実験は繰り返されてきた。だが、ガネルやアユハのように、化け物になる方が稀だ。大体が、人として壊れてしまう。

 だから鉱山を実験場に選んだ。

 鉱夫は屈強な男が多いし、人種も単一ではない。彼等が壊れても、ナリル国には害が一切ない。とんでもない事故が起きたとしても、ジェネストに殺戮兵器を作った罪を擦り付ければ一石二鳥だ。

 自分たちに都合の良い条件が整った実験場だ。どの薬をどの程度投与すれば化け物を安定して作り出せるのか。そんな非情なことを、後腐れなくできた。


 痛い。

 セラフォーネがそう思うと、ジェネストによってがっしりと肩を掴まれていた。

 疲れ切って液状化している身体を揺さぶられるのはきついのに、怒っていると勘違いするくらい必死なジェネストは気づかない。


「セラフォーネは、知っているのか?」

 とにかく焦っているジェネストの声がに向かって、セラフォーネは視線を上げた。

「……何を?」

「秘薬についてだ!」


 アユハは自分の全てをセラフォーネに伝えてくれた。もちろん秘薬のことだって隠したりしない。燃えたはずの秘薬の種も、アユハが破棄したはずの研究の書物も、実はセラフォーネが持っている。

 きっとアユハは、こうなることも予測していた。

 自分に何かあったら行って欲しいと言われていた場所に、秘薬に関するものが隠されていた。


 それを見た時に、これはアユハから課せられた義務なのだとセラフォーネは思った。必ず拮抗薬を完成させて、これ以上の被害者を出すな。そうアユハから叱責されているのだと……。

 セラフォーネが絶望に蓋をしながらも立ち上がれたのは、拮抗薬を作るという目的があったことが大きい。

 きっとこのことも、アユハは予測していたのだ。



 セラフォーネがうなずくと、肩を掴むジェネストの力が増した。痛みで顔顰めたセラフォーネの真正面にある顔色は、すこぶる悪い。

「そういうことか……」と声を絞り出すと、肩から手を離して項垂れてしまった。


(……どういうことだ……?)


「……ランカスト家の双子の片割れが、アユハの弟子になっている。そのことを第六王子は知っていたんだ」

「まぁ、そうだろうな」


 集落にはランカスト軍が常駐していたし、セラフォーネも度々顔を出していた。知っていてもおかしくない。

 セラフォーネが認めると、ジェネストは深くため息をついた。

 

「ランカスト家の双子について、どう噂されているか知っているか?」

 ろくなもんじゃないことは知っているが、細かい内容まで知ろうとはセラフォーネは思わない。

「聞いたところで意味がないから、あまり知らない。まぁ、予想はつく」

「兄は優秀で真面目な軍人。妹は男を誑かす毒薔薇だ」


 ジェネストはやけに切羽詰まった顔でそう言うが、今更言うほどのことだろうか? そんなことは、誰だって知っているのに……。

 セラフォーネからは「はあ……」と気の抜けた返事しか出てこない。


「アユハの技術を受け継ぐ薬師は、兄と妹どっちだと思う?」

「だから、私だと言っているだろう!」

「事実を聞いているんじゃない! 噂に踊らされた人間が、どう考えるかって話だ!」

 珍しくジェネストが興奮している。

「そりゃあ、その場合は……ランカスト家の薬師は、イオニスということになるだろうな」

「そうだ! 第六王子もそう思っていた。だが、二人が入れ替わっていることを知って、アユハの弟子がセラフォーネなことを知った」

「だから?」

「だから、セラフォーネに執着しているんだろう? セラフォーネを手に入れれば、秘薬もアユハの知識も手に入る」

「……なるほど……」


 自分に対する興味を失いすぎたセラフォーネでは、全く想像もできなかったことだ。


 セラフォーネにとって、第六王子はアユハの仇だ。今まで復讐できていない理由は、相手が姿を現さないからだ。ここにきて執着だか何だか知らないが、緑の目の男が自分に近づいてくるなら好都合だ。やっと仇を取れる。この状況を、セラフォーネはそう捉えていた。

 だが、自分が薬師として狙われているとなると、話は別だ。


「父親と集落と仲間。第六王子はそれを人質に、アユハに化け物を作り出させようとした」


 アユハにとっての一番の人質は、セラフォーネだった。

 セラフォーネにとっての人質は?


「ランカスト家が第六王子の手に落ちることは、絶対にない」

「ランカスト家や、セラフォーネの家族はそうだろうな。だが、単独で誰かが連れ去られたら? 例えば、シェイラとか」

 奥に控えているシェイラを、ジェネストがちらりと見た。


 気丈に何でもない顔をしているが、シェイラの顔は青白い。

 自分が捕まった場合の恐怖だけではなく、セラフォーネがどういう行動をとるかも考えているのだろう。


「セラフォーネは愛情深い性格だ。出会って間もないヘルムート領のことだって、放ってはおけない。何かあれば、守ろうとするだろう?」

「…………」


 シェイラのこともヘルムート領のことも、セラフォーネは見殺しにはできない。でも、たった一人で国軍を相手にするには限界がある。

 第六王子に手を貸すなんて、絶対に嫌だ。

 誰一人助けられない薬なんて、それはもう毒だ。世界を不幸に堕とす薬なんて作りたくなんてない。


(だったら、どうすればいい?)

読んでいただき、ありがとうございました。

まだもう少し続きますので、読んでいただければ嬉しいです。

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