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自己犠牲と罪悪感

よろしくお願いします。

 セラフォーネの頭に浮かんだのは、炎の中で黒く崩れ落ちていくアユハの姿だ。


「命を絶つことは許さない」


 部屋が凍るほど冷たい声だ。ハッとしたセラフォーネが顔を上げると、鼻に皺を寄せたジェネストの顔があった。

 怒っているようにも、悲しんでいるようにも見える顔だ。

 自分のせいでこんな顔をさせてはいけない。セラフォーネはそう思った。


「……死にたいなんて思っていないが、人質は意味をなさなくなることは確かだ。何より、この世界に、あの秘薬が生み出されることもない」


(だから、アユハと同じに……)


「それは……私やシェイラに、セラフォーネと同じ絶望を背負えと言うことか?」

「絶望? 七年前とは違うだろう? 何もできずにこのこそと惨状を見ていただけの無力で臆病な私に、アユハはさぞ失望したはずだ」

 セラフォーネはずっとそう思って、自分の行動を恥じて悔いて怒ってきた。

「それは違う。拮抗薬もない状況で、ランカストの兵士も歯が立たない。集落は破壊され、仲間も殺される。そんな中で化け物になった父親を倒す方法が、他にはなかったんだ」

「でも! あの日私が、のこのこと集落に現れなければ! 私がアユハに秘薬について教えて欲しいと頼まなければ! アユハは逃げることだってできた! 私が……私が、アユハを殺した……」


 身体中が痺れるようで、目と鼻の奥が熱く重い。そう思った時には、瑠璃色の目からボロボロと涙が溢れていた。

 泣くつもりなんてなかったのに、涙なんて七年前に枯れたと思っていたのに、頭がぼんやりするほど次から次へと溢れてくる。それどころか、嗚咽までこみ上げてくる。これじゃ、子供だ……。そう思っていると、ジェネストがその顔を隠すように胸で受け止めてくれた。

 抱きしめられたけど、アユハと同じだとは思わなかった。固いし抱きしめ方もぎこちないけど、安心できる。セラフォーネは身体を預けて気が済むまで泣いた。


 

「…………分からなくなってきた……」


 やっと涙の止まったセラフォーネがそう言うと、ジェネストの大きな手がセラフォーネの頭を撫でた。不思議なことに、嫌じゃない。だから、その姿勢のままジェネストの胸に向かって、セラフォーネは話す。


「殺戮兵器は、絶対にこの世に生み出してはいけない。それがアユハの意志だし、私だって同じ気持ちだ」

「その話と、アユハがセラフォーネに失望している話は別だ。全然違うし、全く話が繋がらない。アユハに失礼だ」

「私がいるせいで、殺戮兵器が作られる心配が続く。それがなければ、アユハだっ――」

「セラフォーネなら拮抗薬を作り出せると思ったから、アユハは秘薬についても全て伝えたんだ。アユハにとって、セラフォーネは希望だ」

「……き、ぼう……?」


 涙の痕の残る赤い鼻の顔を上げると、ジェネストが優しく微笑んだ。

 胸の奥にある重い鉛のような苦しみが軽くなりそうな違和感が怖くて、セラフォーネは両手をギュッと握り締めた。


(ダメだ。この苦しみから、私は逃げたらいけない。私はこの罰に耐えなくてはいけないんだ)


 ジェネストのごつごつした手が、セラフォーネの拳を優しく包んだ。

 手だけでなく、気持ちも温かくなる。それがまた怖い……。


「すまない。ジェネストの温かさは、怖い。手を、離してくれ」

 そう言ったのに、ジェネストは逆に力をこめた。

「何が怖い?」

「自分の罪から、逃げ出してしまいそうで……怖い」

「最初から、セラフォーネに罪なんてないんだ。逃げればいい」

「嫌だ! アユハを助けられなかったんだ。こうやって許しを乞うしか、私にはできない」

「世界を守るために、仲間を守るために、アユハは決断した。苦しい選択だけど、セラフォーネという希望がいたからできたんだ」

「違う! 私のせいで――」

「アユハの決断を否定するな! 勇気ある選択が間違っていたというのか? アユハの死から逃げるために、アユハの行動を貶めるな!」

「違う! そんなことをしたいわけじゃない。……ただ、私なんかを守るためにアユハに死んで欲しくなかった。アユハが一番憎んでいた殺戮兵器になんて、させたくなかった。私に力があれば、私に能力があれば、もっと違った未来があった!」


 セラフォーネの震える拳に、ジェネストがポンポンと触れた。


「自分に力があれば、能力があれば、もっと違った未来があった。確かにな。きっと、アユハもそう思っただろうな」

「……アユハも……?」

「だが、現実は変わらない。その時に取れる最善の選択をアユハはしたんだ。それは分かるな?」

 セラフォーネはうなずくしかない。

「セラフォーネなら、拮抗薬を完成させるとアユハは信じていた」

 セラフォーネは、もう一度うなずいた。

「セラフォーネなら、秘薬も紛い物も殺戮兵器も全部、この世界から消し去ってくれるとアユハは信じていた」

「必ず。そうするつもりだ」

「その平和な世界で、セラフォーネは笑っているとアユハは信じていた」

 うなずけないセラフォーネは、ジェネストを見るしかできない。


「アユハだって、セラフォーネに重荷を押し付けたと苦しんだはずだ。でも、セラフォーネなら成し遂げると信じ未来を託した。そんな大事な人が苦しむことを、アユハは望むか?」

 セラフォーネは何も答えられない。


(胸の奥が重いのは苦しかった。でも、その苦しみを確認するたびに、ホッとした。だって私に必要なのは罰で、幸せになんてなったらいけないから……)


「この世界で一番大切なセラフォーネの未来が幸せなことを望むのが、アユハという人間なんじゃないのか?」


 アユハがそういう人だと分かっていても、セラフォーネは認めるのが怖い。


「それでは……それでは、あまりにも私に都合が良すぎるだろう……?」

 ため息をついたジェネストは、もう一度セラフォーネの両手をギュッと握った。

「生きて、周りを幸せにする薬を作り続けて欲しいと、アユハは思っていたはずだ。それがセラフォーネの望みで、それがセラフォーネの幸せだと知っていたからだ」


 自分という存在を、イオニスにあげてしまったのはセラフォーネだ。だからといってイオニスになれるわけではない。ランカスト家の後継者は、最強を継ぐ者でなくてはならないからだ。


「私はいつも、どっちつかずの宙ぶらりんだ。アユハだけが唯一、私を素でいさせてくれた。好きなように生きる夢を見せてくれた」

 アユハがいなければ、セラフォーネは空っぽのまま空虚に生きていたはずだ。

「でも、それが壊れた。壊された。壊した。……どれにしたって、私が自分でいられる未来はない」

「未来はある! 私が作る!」


 ジェネストがあまりにも必死だから、セラフォーネは何も言えなくなった。

 自分の未来なんて、正直あまり考えたことがなかった……。


 七年前まではイオニスが後を継いだら、セラフォーネは集落に行くつもりだった。好きなだけ薬を研究して作って、誰かの身代わりではない自分でひっそりと暮らしたい。そう思っていた。

 アユハを失ってからは、拮抗薬を完成させること、第六王子に復讐すること、麻薬も紛い物も秘薬も全て根絶やしにして消し去り殺戮兵器なんて作らせないこと、それだけがセラフォーネの全てだ。それ以外は、何もいらない。ずっとそう思ってきた。


「拮抗薬は、アユハの遺志を継いでセラフォーネが作ったんだろう?」

「そうだ」


(まだ拮抗薬を完成させることしか、目標を達成していない)


「今は拮抗薬があるんだ。それだけで七年前とは、状況が大きく違う」


 七年前は、拮抗薬がなかった。化け物と化したガネルを止めるには、それ以上の力がなければ殺戮は止まらない。しかも、セラフォーネはもうすぐそこまで迫っている。そういう状況下で、アユハができる選択肢は限られていた。

 自分を守るか、みんなを守るか。この二つしか選択肢がなかった……。アユハがどちらを選ぶかは、考えるまでもない。


「化け物が来ても、拮抗薬で止められる。セラフォーネが一人で犠牲になる必要はない。私が必ず助ける。だから、すぐに自分を犠牲にするのはやめろ。以前にもそう言ったはずだ」

「……犠牲? 別に、私はそんなつも――」

「だから、質が悪いと言ったんだ。自覚がないのが一番困る」

 言い返したいのに、言い返せない……。

「十八年も自分を犠牲にして生きてきたんだ。今更そう簡単に変われない。いいかど! んな些細なことでも、今後は必ず私に報告連絡相談だ。これを徹底して、絶対に勝手に自分で決めるな!」


 要は、その日何をしたか何かあったか、毎日ジェネストに報告するということだ。セラフォーネは黙って目を閉じた。


(馬鹿げている)


「……そんなことをしなくても、ジェネストが言いたいことは理解した。問題ない」

「いや、絶対に理解していない! シェイラはどう思う?」

「残念ですが、()()は理解していません」


 シェイラはすました顔を見て、ジェネストは満足気にうなずいた。どういうことだ? シェイラはセラフォーネを見ようともしない。


(うぅぅっ! シェイラの裏切り者!)


「報告連絡相談の徹底だ。絶対に単独行動は禁止。通達を出して、みんなで監視するからな!」

「そこまで、するか……」

「セラフォーネの迂闊な行動が、周りのみんなを苦しめることになると分からないからだ! それがまだ分からないなら、屋敷から出さない」

「……」

 悔しいが、これ以上何か言えば本当に屋敷から出してもらえない。

「分かったら、解散!」


 パンと手を叩く音が、セラフォーネの頭にこだまし続けた……。

読んでいただき、ありがとうございました。

まだもう少し続きます、引き続き読んでいただければ嬉しいです。


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