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七年前②

よろしくお願いします。

 必死にたどり着いた広場の惨状は、この世の地獄といっても過言ではなかった。争いの前線を経験したセラフォーネでさえ、言葉を失うほどに……。


 家や建物は破壊され燃やされ、木や畑も燃やされ、セラフォーネが走ってきた道も壊され燃やされめちゃくちゃだ。広場だって同じで、もうここに何があったのか分からないほど跡形もない。ただの焼け野原だ。


 その広場の前に、アユハの家はあった。

 全てが燃え尽くされた真っ黒な集落の中で唯一アユハの家だけが、いつもと変わらないそのままの状況で残っている。緑の屋根と白い壁の家と手入れされた庭だが、それはそれで異様な光景だ。

 アユハの家だけがまともな姿なのに、一番まともではない。

 その一番の理由は、顔見知りの人たちの死体が積み重ねられていることだ……。

 一か月前には笑って言葉を交わしていた人たちが、燃やされていたり、顔がなかったり、腕がなかったり、潰れて識別もできない死体となって捨て置かれている。

 この状況に耐えられるわけがない。

 セラフォーネの膝は震え、立っていられず黒く焦げた地面に座り込んだ。吐いても、もう何も出てこない。それでも吐き気は止まらない。涙も鼻水も止まらず、身体が冷たくなって震える。


 状況からして見せしめだ。アユハを揺さぶるために、ナリル国軍が惨たらしく殺した死体をさらしたに決まっている。

 それにしたって酷すぎるが、ナリル国にとってこの屈辱は許せないことだったのだ。


 自分の物のように見下していたのに、蓋をあけてみれば集落の方が上手だった。

 ガネルの危険性に気づいたガロン爺によって、秘薬は紛い物にすり替えられていた。結局、ナリル国は集落の手のひらで踊らされていたのだ。



 それに気づかずに、二十年近く研究を続けて欠陥部分の多すぎる成果しか得られない。使者を蘇らせるどころか、自分の身も危険にさらす化け物を作り出す薬しかできなかった。

 それもこれもみな、基にした秘薬が偽物だったからだ。

 ガネルはもっと前にそのことに気づいていたはずだ。ただ己のプライドと、ナリル国からの叱責が怖くて黙っていた。

 予定通りに全く進まない研究と焦燥していくガネルを見て、ナリル国もおかしいと気づいた。同時に自分たちが手玉に取られていたことを知った。

 その結果が、この惨状だ……。


(でも、ガネルを化け物にしてしまった理由が分からない。集落に騙されていたけど、ガネルが優秀な研究者であることは間違いない。仮に本物の秘薬があっても、ガネルがいなければ殺戮兵器は完成しない)


 土を掴むように立ち上がったセラフォーネの手も、足も、地面についた部分は真っ黒だ。

 薬草独特の臭いが染みついた、笑顔の絶えない集落だった。みんながお互いを思い合って暮らす、争いのない穏やかな場所だった。

 見渡す限り、もうどこにもその面影はない。


「……!」


 真っ青になって口元を押さえたセラフォーネの視線の先には、人であることを放棄した何かが転がっていた。

 人の肌の色とは異なる赤紫色の皮膚はあり得ないほど発達した筋肉で盛り上がって、身体も人体の構造を無視して大きくなっていた。こんな腕で殴られたら、間違いなく身体は潰れる……。

 そんなかつては人であった何かは、腰のあたりで真っ二つに引き裂かれていた。その上、胸から抉り出された心臓は潰されて地面に転がっている。それなのに、その死に顔はうっとりと陶酔しているように見える。そしてあり得ないことに、潰された手足が微かに動いているのだ……。

 生きていると言えるのか、死んでいると言えるのかは分からない。ただこの状況で判断できることは、化け物には再生機能はないということだけだ。仮に生きていても、戦うことはできないだろう。


(人間が化け物をこんな状態にできるのか? 絶対に無理だ……。だとすれば、一体、何が起きているんだ……?)


 セラフォーネの脳内は大混乱だし、足元から恐怖が這い上がってくる。冷え切った身体は、金縛りにあったみたいだ。この場から逃げ出したいのに、思う通りに動かせない。


 オレンジ色の火柱が上がるのが、急に視界の端に映った。

 視線だけを上に向けると、藍色に染まりかけた空を覆うように広がる雲が、夕日で真っ赤に染まっていた。

 宵闇に向かっている真っ赤な空に立ち上る、オレンジ色の炎。禍々しく不吉なその光景を、セラフォーネが忘れることは永遠に訪れない。


 炎が上がっているのは、すぐそば。寺院だ。それも奥にある宝物庫がある場所だ。

 動かない足を両拳で殴りつけ、セラフォーネは根性と気合で前に進む。

 奥の宝物庫はアユハが鍵をあけなければ敷地に内に入れない。だがアユハの家から宝物庫のまで抜け穴があるそことをセラフォーネは教えられていた。その先にアユハがいることを信じて這って進む。



 途中で隙間から見えた寺院は、集落の守り神だったお堂が真っ黒に燃え尽きていた。集落の象徴が失われたことはショックだが、セラフォーネは前に進む。

 宝物庫は特別な場所で、秘薬の主原料となる薬草の種が収められている。嫌な予感しかしない……。


 動けない足を引きずったセラフォーネは、抜け穴から呆然とその光景を見ていた。


 宝物庫の周りには、青灰色の軍服を着た数人の男がいた。見間違えたりしない。ナリル国軍だ。

 その中の一人が、燃え盛る宝物庫に向かって叫んでいる。


「おい! やめろ! 種を燃やすな!」


 だったら中に入って種を奪えばいいのに、誰も宝物庫の中に入る気配はない。

 一番後ろにいた黒髪を一つに結わえた男が、この緊迫した状況で突然笑い出した。男は青灰色の軍服ではなく、黒いシャツに黒いズボンを履いている。軍人ではないのかもしれない。でも、笑う男を咎める者は誰もいない。

 黒髪の男が、宝物庫に向かって面倒くさそうに喋り出した。


「全くさぁ、親子そろって役立たずだよね。ガネルのバカは二十年以上も自分の持っているものが偽物だと気づかない。そんなどうしようもない馬鹿のくせに、まだ自分が僕たちに必要とされているって思ってる。本当に愚かだよ。そのご褒美に自分の作った失敗作の薬を使ってあげたら、びっくりして『許さない』とか言い出すんだから間抜けだよねぇ」


 誰に話しているのかは分からない。いや、セラフォーネが現実から目を背けようとしているだけだ。その証拠に身体から体温が消え去り、完全に動けなくなっている。

 分かっているのだ。あの宝物庫の中に、アユハがいると……。


「僕はさ、ガネルなんかよりよっぽど優秀な君に、研究を引き継いでもらうつもりだったんだよ。でも君って、ランカスト家の人間みたいなものだろう? だったら一筋縄でいくはずがない。だから父親が集落を壊滅させるところを見せて、情に訴えようと思ったんだよね。でも、君は全然聞いてくれないし。集落の奴らを逃がしちゃうし。もうお手上げだよ」


 ガネルは使い捨て。道具以下として捨てられた……。


「だから仕方がないよね? 『逃げた奴等をガネルに襲わせる。嫌だったら、この紛い物の薬を自らに打って化け物になってガネルを殺すしかない』って僕が言っちゃうのも! でも、まさか君があっさり化け物になっちゃうとは思わなかったな。もしかして、逃げた奴ら以外にもガネルに襲わせたくない人がいた?」


 誰が見ているわけでもないのに黒髪の男は、周囲をぐるりと見回した。

 抜け穴にいるセラフォーネが男の視界に入るはずがないのに、蛇を思わせる緑の三白眼にゾッとした。

 信じられるのは自分だけ。他人の失敗は許さず、簡単に壊す。そういう目だ。

 だが、何よりもセラフォーネの心を凍らせたのは、気味の悪い緑色の目じゃない。


(アユハは、今日、私が集落に来ることを知っていた……)


 何も知らないセラフォーネは正義感一杯にガネルと対峙して、あっさりと惨たらしく殺されていたはずだった。アユハがそれに動揺すれば、緑の三白眼がセラフォーネを利用しただろう。

 そうなればアユハは絶対に、三白眼に屈服した。アユハとセラフォーネは、このさきずっと生き地獄の中を生きていくことになったはずだ。


 アユハが化け物になって、ガネルを倒さなければ……。


 真っ赤な炎に包まれた宝物庫が、焼き尽くされて真っ黒な炭となり崩れ落ちる。

 その中にいた真っ黒な何かが、燃えながら真っ赤な空に向かって腕を伸ばした。同時に、獣の咆哮のような声がセラフォーネの脳を揺さぶった。

 真っ黒な何かには、目があった。虚ろな瞳が、セラフォーネに向けられた気がした。


 一際悲しい咆哮が赤い空に響くと、真っ黒な身体がぽろぽろと炎の中に崩れて消えた。


 濃い死の臭いの中、空が黒い闇に覆い尽くされても、セラフォーネの絶望が途切れることはなかった。


読んでいただき、ありがとうございました。

もう少し続きますので、引き続き読んでいただければ嬉しいです。

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