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三種類の瓶

よろしくお願いします。

 そこから三十分ほどは戦いで、暴れる男を三人で何とか押さえ込み続けた。セラフォーネの「もう少しだ! もう少しで薬が効く」という叫びに期待しつつ不安になるの繰り返しだった。

 やっと薬が効いて男が静かになると、療養所は束の間の安堵の時間を手に入れた。男二人は力が抜けてしまったのに、セラフォーネはじっとしていられない。鉱山から来た他の患者にも会いたいと、また勝手に走り出してしまう。ジェネストはため息をこらえて、再びセラフォーネの背中を追いかけた。


 幸いなことに他の六人は、男と同じドリンクは飲んでいなかった。

 大暴れした男だけが三番目の瓶を飲んでいて、他の六人が飲んだのは一番目と二番目の瓶だった。飲んだ回数も少なかったため、症状が比較的軽かった。この一か月で禁断症状は収まってきていて、あとは薬が完全に抜けるのを経過観察するしかない。


 セラフォーネがやっと一息つくと、一番若い鉱夫が不安そうに近づいてきた。

「俺も……さっきのマテリオさんみたいになるんですか?」

 他の五人も同じ思いなのだろう、一斉にセラフォーネに顔が向けられた。


 人でなくなったような形相で暴れ出したマテリオは、今は廃人の様相でベッドに縛りつけられている。

 鉱山で禁断症状が出たから、みんな一緒に診療所に連れてこられ、一緒に隔離されていた。マテリオほどじゃなくても、何かしらの異常行動が全員にあったのだ。

 マテリオと同じになりたくない! そう思うのは、当然のことだ。


「ここにいる全員が、ワイラーからもらった栄養ドリンクを飲んでいたな?」

 セラフォーネが見回すと、全員がうなずいた。

 栄養ドリンクが関係しているのは、うっすら気づいていたのだ。

「あの栄養ドリンクには、麻薬というか人の心を不安定にする効果がある」


 全員が気まずそうに、やっぱりなという顔をしている。キラソンも栄養ドリンクを怪しんでいたくらいだ。親切ぶって飲ませるのも限界がきていた。ワイラーたちのこの焦ったような行動も、それが原因なのだろう。


「マテリオだけが飲んでいたドリンクの種類が、みんなとは違って薬が強かった。みんなが飲んでいたドリンクは薬の効果が薄いから、同じように暴れ出すことはない。このまま飲まなければ、薬の効果は自然と消える。私も毎日様子を診に来るから、安心して大丈夫だ」


 ワイラーが準備していた栄養ドリンクは三種類だ。

 一番目と二番目は、薬に適性があるかを確認するもの。選ばれた適正者をふるいにかけるのが、三番目だ。


「この二年の間に、マテリオのように暴れ出した者や急に身体を壊した者が鉱山にいたか?」

 六人は顔を見合わせた。心当たりがあるのだ。それもあって、自分の身が心配だった。

「……マテリオほど暴れる奴はいなかったけど、異常に喧嘩っ早くなった奴はいたな」

「何の病気か分からないけど、ゲッソリ痩せちまった奴もいた」

「誰もいないところに向かって、ブツブツ喋る奴もいた」

 六人は気まずそうに、お互いの記憶を確認し合っている。

「そういう風になった奴は、いつの間にか鉱山から姿を消すんだよ……」

 自分たちもそうなってもおかしくなかったと分かったのだろう。六人からは血の気が引いている。

「それ以外にも、いなくなった奴はいるか?」

「この二年、結構入れ替わりが激しかったから気にしてなかったけど、今言ったみたいな前触れもなく消えた奴はいました」

「仕事がきついとか愚痴も言っていなかったのに、気づけばいなくなっていました。そしていつも、ワイラーが宿舎の片づけをしていた。今考えれば、おかしいよな……」


 薬が合わなかった者が命を落とした。そう考えるのが妥当だ。


『人体実験だよ』

 娼婦にワイラーが言った言葉を思い出す。


(冗談なんかじゃない。試していたんだ、鉱山で……)




 療養所の片づけを諦めて、別の場所に七人を送り届けた頃には、日は随分と傾いていた。ぐったりと疲れた二人が肩を並べた影が長く伸びる。

 オレンジ色に染まり始めた空を遮るように、ジェネストがセラフォーネの前に立った。全てを終えるのを、待っていたのだ。


「無知な私にも分かるよう、しっかり説明してくれるんだろう?」

 口調も表情も穏やかなのに、背筋が凍る。しっかりと怒りを感じる声だ。


 気持ちは分かる。鉱夫は突然暴れ出すし、セラフォーネは明らかに何か知っているのに隠していた。自分のお膝元でとんでもないことが起きているのに蚊帳の外だったのだ。ジェネストが苛立つのは当然だ。

 今からでも、全てを残さず知る必要がある。


「いや、待て! 分からないことが多すぎる。整理しながら考えたい。私が質問するから、答えてくれ」

「分かった」

 何から話せばいいか悩むほどボリュームがでかい。質問に答える方が、セラフォーネもやりやすい。


 正直、この状況は想定外だ。

 麻薬の侵入経路を調べる予定だった。ヘルムート家とナリル国の関係性を突き止めて、ジェネストと緑の目の男を完膚なきまでに叩き潰す。それが……人体実験の現場とは、これぽっちも考えていなかった。

 ここまでくると、ヘルムート家だけの問題ではない。ランカスト家にだって影響はあるし、カイリッジ国の将来を左右する話だ。セラフォーネが情報を出し惜しみしている場合ではない。


「さっきの……何か針みたいのを刺したやつ……あれは何だ?」

「えっ?」

「マテリオの首にぶっ刺しただろう? あれは何だ?」


 もっと別のことを聞かれるかと思っていただけに、セラフォーネは「そっち?」と拍子抜けした。でも、改めて考えると、なるほどなとも思えてくる。

 カイリッジ国に注射はまだ普及していない。使っているのはランカスト家くらいだ。そんな見たこともないものを、暴れる相手の肩を外してぶっ刺したのだから、ジェネストが動揺するのも当然だ。


「あれは注射だ。あの中に彼等の中毒症状を和らげる薬が入っている」

「……確かに、大人しくなっていたが……。中毒って? ちゅうしゃ?」

 また分からないことが増えた。

「注射は、他の大陸では当たり前に使われている医療器具だ。飲み薬よりも早く効くから、麻薬中毒患者には有益だ」

「大陸? 医療、器具? まやく……」


 見たこともない道具、見たこともない治療法。おまけに自分のおひざ元の鉱山に麻薬中毒患者だ。

 さすがのジェネストも疑問だらけすぎて、何から聞けばいいのか分からない。

 セラフォーネはワイラーが「栄養ドリンク」と言って鉱夫に渡していたものが、麻薬の一種なことを詳しく伝えた。


「第六王子が何かを企み、ワイラーが実行役なのは分かっていた。だが、まさか、鉱山で麻薬を蔓延させていたとは想像していなかった」

「中毒症状に陥っていたのは、ほんの一部の人間だったからな」


 ワイラーもそれなりに慎重に行動していた。当初は数人に絞って少しずつ薬を変えて様子を観察していたのに……。鉱夫たちが栄養ドリンクを怪しむようになったから焦ったのだ。そのせいで、一気に行動を激化させてしまった。

 その結果がキラソンやマテリオたちだ……。


 ジェネストは現状を理解しようと必死だ。頭の中は、急激な速さで色々な出来事をすり合わせている。


「……それだ!」


 ありとあらゆる疑問の中から、ジェネストは一番知りたいことを見つけ出した。


「鉱山の機能を止めたいのなら、鉱夫全員を麻薬中毒にするはずだ。ところが麻薬中毒患者は数人で、鉱山の運営に大きな影響はない」


 鉱山を機能停止にすれば、ヘルムート家は大いに困る。ひいては、カイリッジ国の財政がひっ迫する。

第六王子の狙いが財源を断つことだったら、ジェネストの言う通りにしたはずだ。だが、目的は別にある。


「あいつらは一体、何をしようとしていた?」


 ジェネストの視線を避けて、セラフォーネは足元の石を蹴った。少し傾斜があったのか、コロコロと転がって岩の上から暗闇に落ちていった。


「ヘルムート家と麻薬組織との関係を暴く。私がヘルムート家に来た目的だ。王命は、ヘルムート家に入り込むための、いい隠れ蓑だった」

 ジェネストは静かにうなずいた。

「それは、ランカスト軍としての行動か?」

「麻薬組織を追いかけているのは、ランカスト軍ではなく私個人だ。私には……第六王子に、返さなくてはならない借りがある!」


 やけに怒りのこもった声に、ジェネストは眉をひそめた。


「借り? 恩、ではなさそうだな?」

「当たり前だ。復讐だからな」


 セラフォーネは天気の話でもしているみたいに、あっさりそう言い放った。




 どの国にも属さない独自の文化が守られてきた山の部族の集落が、七年前までは確かに存在した。

 そこでは集落にしか伝わらない特殊な薬草を栽培していて、集落にしか伝わらない技術や薬を持っていた。

 これだけの知識と技術を、この狭い集落に閉じ込めておくのはもったいない利用してやろう。そう思う者が出てきてもおかしくないのに、ずっと静かにすごしてこれたのは部族の盤石な絆だけが理由ではない。自分たちを客観的に捉え、部族の持つ危険性を知っていた。自分たちの存在が如何に諸刃の剣であるかを、技術と共に後世に伝えてきたからだ。


 部族と最初に接触したのは、セラフォーネの母エリザだ。

 薬狂いと呼ばれたエリザにとって、独自の調合手法や見たこともない薬草を栽培する部族は奇跡の存在だった。そしてまた逆も同じことが言えた。

 意気投合し仲を深めていく中で、エリザは自分の四つ年下のアユハと特に仲良くなった。将来集落の長になると言われていたアユハは誰よりも多くの知識を継承していたし、それを新しくしようと試行錯誤する研究熱心さを持っていた。そんなアユハが、見たこともないエリザの知識に興味を持つのは自然な流れだった。そうやってエリザとアユハは、お互いの知識と技法を使って新しい世界を生み出そうとしていた。

 そこまでお互いの知識をさらけ出した二人だ。家族のように悩みを打ち明け合う仲になった。それにはアユハの父のことも含まれ、エリザは集落の危機を知った。


 どんなに平和にすごしていても、どうしたってその生活に満足できない者はいる。

「だったら勝手に出て行けばいい」そう言えないのは、部族に伝わる特殊な知識や技術のせいだ。だからといって、動けないようしてしまうほど過激な部族ではなかった。それを後悔することになるのだが……。


 部族に伝わる秘薬を盗んだアユハの父が、ナリル国へと流れた。

 秘薬と知識の流出。それだけだったら、どんなに良かったことか……。

 ナリル国は武力をもたない集落を手に入れようとした。薬の知識を使って必死に撃退するも、村を荒らされ薬草が奪われる。それだけでは済まない。ナリル国軍が現れる度に、兵士によって集落から金も女も略奪された。


 それを解決したのが、エリザだ。

 ランカスト軍の薬師と一部の部隊を、集落に常駐させた。効果はてきめんで、ナリル国は集落には近づけなくなった。

 その屈辱を、ナリル国が甘んじて受け入れるはずがなかったが……。しかし、そのことに気づいたのは、取り返しがつかなくなってからだった。


 双子を生んだエリザに、集落に行く体力は戻らない。だから代わりにアユハが、ランカスト家の屋敷に来てくれるようになった。

 今にして思えば、アユハはエリザの主治医だったのだ。そんなことは知るよしもない幼いセラフォーネは、とにかくアユハになついた。ある程度の年齢になるまでアユハのことを魔法使いだと信じていたほど、アユハの知識も薬もセラフォーネの心を躍らせた。

 集落に行きたいと言って遊びに行き、一か月帰ってこなかった時もあった。さすがにルーベンスが真っ青な顔で「家が嫌になったのか?」と迎えに来たくらいだ。


 エリザが亡くなってセラフォーネが家族の悲しみを受け止められたのは、アユハの支えがあったからだ。アユハがいなければ、母の役割という重圧に耐えられなかった。

 その後もずっとセラフォーネは定期的に集落に通い、アユハの弟子として穏やかな日々を過ごした。

 集落にいる時だけは、毒薔薇もランカスト軍の跡取りも偽物も関係ない。ただのセラフォーネでいられた。

 セラフォーネにとっては、家よりも大事な場所だったのかもしれない。




「ヘルムートの不毛な土地に緑が増えたのも、アユハのおかげか?」

「アユハは薬草だけでなく、土壌についても研究していた。もちろん、様々な地域に適した植物や育て方もだ」


 アユハたち部族が蓄積してきた知識は膨大で素晴らしいものだったが、それをアップデートして現代でも使えるものに変えたのはアユハだ。アユハの功績は世界を変える。セラフォーネはそう思っている。


「アユハは薬学だけでなく、医学にも生物学にも精通して知らないことがない。その上ものすごい人格者で、周りから慕われる最高の人間だ」


 こんなに嬉しそうで、褒める言葉が止まらないのだ。セラフォーネがアユハのことをどう思っているかなんて、聞くまでもない。


「……ヘルムート家としても世話になった。領主としても()()()()()()()()としても、アユハにしっかり挨拶をしないといけないな!」

 やけに鼻息が荒いジェネストに対して、セラフォーネは冷静に首を横に振った。

「それは、無理だ」

「どうしてだ? 私の予定を気にしているのか? 問題ない! 今からでも行ける!」

「違う。できることならジェネストにも会わせたいけど、無理なんだ……」


 オレンジ色の夕日に照らされて、セラフォーネの影が岩の下の闇の中にまで伸びる。そのまま闇に吸い込まれてしまいそうで、ジェネストは怖くて動けない。


「アユハは死んだ。七年前だ……。私が、見殺しにしたんだ……」


読んでいただき、ありがとうございました。

まだもう少し続きます。引き続き読んでいただければ嬉しいです。

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