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仲良し夫婦(偽装)

よろしくお願いします。

「! ……えっと……領主様! セラフォーネ様……? あれ? そうだ、こんにちは……?」

 セラフォーネがヘルムート家に来た当初、街を一緒に歩く二人を見ても、最初はこんな天地のひっくり返ったような衝撃から始まった。


「……今日も、一緒ですか……。あ~、仲が良いようで何よりですね……」

 暫くすると、こんな感じで言葉とは裏腹の疑惑の目を向けられた。夫婦が行動を共にすることには何か意図があるんだろうと不審がられることを経て……。

 そして、現在。


「こんにちは! そうだ! 今丁度、セラフォーネ様の好きなパンが焼き上がります! 領主様、買っていかれます?」

「いただこう」

「はい! すぐに準備しますね! そろそろお二人が通る頃だと思って準備していたんですよ!」

 満面の笑みでパンを渡されたセラフォーネは、「あ、ありがとう……」と顔をひきつらせた。

「やだぁ、もう、セラフォーネ様ったら照れちゃって! 夫婦が仲良しなのは、もっと堂々としていていいんですよ! 本当に可愛いんだから!」

 盛り上がったパン屋の女将がセラフォーネの肩を叩くと、ジェネストがそっと自分の腕の中に囲い込んだ。

「私もそう思うよ」と言ってジェネストが微笑むものだから、周りで見ていた者たちから歓声が上がる。

 セラフォーネだけが、表情が抜け落ちていた……。


(なぜ照れていると思われるんだ? 解せない……)


 領民から見たセラフォーネとジェネストの関係性と、実際の二人には大きなギャップがある。セラフォーネからすると、これはジェネストの嫌がらせだ。まぁそれは言い過ぎにしても、セラフォーネにとって過保護であることは間違いない。


 ジェネストの言い分も一理あるというか、正しい。セラフォーネの方が無謀なのだ……。

 かなりの頻度で街に出るセラフォーネに、ジェネストは「第六王子に狙われているんだぞ? 一人で外出するな!」と何度も注意した。だが、セラフォーネは聞かない。

 当然だ。セラフォーネは自分を囮にして、第六王子をおびき出そうとしているのだ。それがジェネストに知れて、以来ずっと外出にまとわりつかれている……。


 はたから見れば仲良し夫婦ができあがっているが、周囲からの視線は好意的なものばかりではない。未だにセラフォーネを毒薔薇だと言う者はいるし、ジェネストに対する冷ややかな視線もある。

 それより何よりセラフォーネを悩ませているのが、勘違いした領民たちに偉業をたたえる視線を送られることだ。

 セラフォーネのおとり捜査を、ジェネストが護衛している。これが現実なのに、世間はそうは思わない。セラフォーネがジェネストの感情を取り戻した! そう思われているのだ……。先代が残し続けた負の呪縛を、セラフォーネが消したとみんなが喜んでいる。

 こんなのはセラフォーネに言わせると、壊滅的な思い違いでしかない。


「領主様は、セラフォーネ様が来てから本当に幸せそうだ」

「本当だよ。領主様のあんな顔は、初めて見たよ」

「やっと、ヘルムート領にも春が来るのかねぇ」

「……どう、だかな……」


 奥歯に物が挟まったような言い方は、壊滅的な思い違いと共に最近よく耳にする。セラフォーネに対してなのかジェネストに対してなのか、何か思うところがあるのだろう。セラフォーネがのんびりそう思っていると、ジェネストの部下が猛スピードで走ってきた。

 騎士団時代からの部下だというマイロは、領民の前で大声をあげたりせずそっと耳打ちした。


「療養所に入っている鉱夫がまた暴れ出しました。手が付けられない状態ですので、加勢をお願いします」

 うなずいたジェネストは領民たちに笑顔で挨拶すると、マイロに声をかける。

「マイロ、セラフォーネを屋敷におく――」

 本来いるべき場所にセラフォーネはいない。遥か彼方に背中が見える。

「……いや、無理でしょう。先に療養所に向かってますね……」





 鉱夫の数人が療養所に入れられているのは、セラフォーネも知っていた。何度も見舞いに行きたいとジェネストに訴えたが、了承を得られなかった。


(その理由が、これか……)


 療養所の奥にある別棟に入院施設がある。その地下には、地下牢とまではいかないが伝染病患者を隔離するための施設があった。きっと、ついさっきまで……。

 その地下と地上を繋ぐ出入口が大破していた。入院施設だった場所は猪の集団が通り過ぎた後みたいな状態で、廃墟と化していた。

 何が起きたか? 誰かが暴れて破壊の限りを尽くしたのだろう。だが……それにしても酷い。爆発が起こったと言われた方が納得できる。


「何人だ?」

「……?」

 怯えてひしめき合っている職員にセラフォーネが声をかけるも、誰も何も答えられない。

「暴れて療養所を壊しているのは、一体何人だ?」

 一番年配の男性が「……ひ、一人……。一人です!」と答えた。


 一人でこの惨状を作り上げたのなら、相当危険な状態だ。栄養ドリンクに入った薬の効果が抜けないところか、相当効いてしまっていることになる。

 そのたった一人の破壊者がどこにいるかは、聞くまでもなかった。

 抱き合うようにひしめいている全員が、怯える目で外の物置小屋を見ていた。


 ためらうことなく物置に向かむセラフォーネの腕を、ジェネストが掴んで止めた。

「セラフォーネは、ここにいろ。私が連れてくる」

「どうして?」

 セラフォーネの声に不満はない。あるのは疑問だけだ。だからジェネストも止まってしまった。

「私の方がジェネストより実践経験を積んでいて、危険への対処には慣れている」

「……そうだとしても、ダメだ! 相手は一人なのに、立派な暴徒だ。そんな狂った荒くれ者の相手はさせられない」

「相手は患者だ! 信じられないかもしれないが、麻薬を投与されている。その症状が出ているんだ」

「麻薬? 何が起きているのかは後で聞くが、そんな奴を相手にするのは危険すぎる!」

「だから私が行くと言っている。必要なのは治療だ。小屋にいるのは患者だ。患者を診て、どう対応すべきか分かるのは私だけだ」

 正論過ぎて、堅物公爵も形無しだ……。


 議論なんて時間の無駄はせず前に進むセラフォーネから、ジェネストは何とか先頭だけは死守して小屋の扉を開けた。


 療養所の備品や掃除道具が置いてある物置は、窓が一つしかなく薄暗い。そんな物ばかりが溢れかえる中、不自然に、男が一人うずくまっていた。

 荷物が散乱して足の踏み場もないのは、男が隅に逃げ込むために手当たり次第に放り投げたからだ。


 とりあえずものを避けて道を作り、セラフォーネたちは男の方へと距離を詰めた。近づくほどに、男の言葉にならない呟きが大きくなる。

 上半身は何も着ていない。尋常じゃないほど筋肉が隆起しているので、破けたのだろう。そんな赤紫色の大きな身体を縮こませて、抱えた膝に押し付けていた男の顔がゆっくりと上がる。

 ゲッソリとやせこけた土色の顔。落ちくぼんだ目からは、どろりと闇が零れ落ちそうだ。

 目の前にいるのが誰かなんて理解していないのに、よだれを撒き散らして言葉にならない声をあげた。

 斜め後ろにいるジェネストが飛び出してくるのを、セラフォーネは手で制した。男をこれ以上興奮させたくなかったが、こうなってしまってはもう猶予がない。


 男を囲んでいた荷物が崩れ、それを攻撃と勘違いした男が手を振り回して弾き飛ばした。その中の一つが窓ガラスに当たって割れた。降ってきたガラスの破片が顔や肩に刺さっても、男は全く気にした様子がない。ただ真っ直ぐに手を伸ばし、セラフォーネの方へと突進してきた。


「そうか、私と握手がしたかったのか。ちょっと大人しくしような!」


 セラフォーネが男の手を握ると、背後からジェネストが男の前に飛び出した。そのせいで、男の意識がセラフォーネから外れた。

 自分を掴んで襲い掛かろうとしていた男の腕をひねり上げ、セラフォーネは踊るように背後を取る。その流れるような美しい動作とはかけ離れた、低く鈍い人体の構造を壊す音にジェネストもゾッとした。


「おい! すごい音がしたぞ。肩が外れてないか?」

「外した」

 セラフォーネは顔色一つ変えていない。今はそれどころじゃないのだ。

「外したって、どうして!」

「見れば分かるだろう? 暴れて手に負えないから! やばいな。痛みを感じていない。肩を外したくらいじゃ大人しくならないから、ちょっと押さえて!」


 セラフォーネが何を始めたのかは分からなくても、この異常事態に自分がすることが何かはジェネストにも分かる。ジェネストが上半身を、マイロが下半身を押さえこんだ。だが、男の力が強すぎる。押さえ込んでいられるのも時間の問題だ。

 セラフォーネは鞄から注射器を取り出した。何も言わずに男の首根っこにぶっ刺すと、ジェネストが自分のことのようにギュッと目を閉じた。

読んでいただき、ありがとうございました。

まだ続きますので、読んでいただければ嬉しいです。

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