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父親

よろしくお願いします。

 生まれてからずっと、死んでさえもジェネストを苦しめる。それが、父親だ。

「私やお前は、国王にならなくてはいけない。カイリッジ国王に相応しいのは、このヘルムート家だ!」

 ジェネストの父親はそう繰り返しては、教育という名の虐待を繰り返した。

 悲しみ、怯え、怒りといった感情をジェネストが見せれば、父親の嗜虐心を煽り、暴力が重ねられる。ジェネストの幼少期は壮絶だった。

 父親の暴力的な支配から逃れるため、弱さにつけ込ませないために、ジェネストは感情を手放した。もちろん父親の支配は続いたが、感情を表さないと面白くないのか随分と楽になった。


 ジェネストで憂さ晴らしができなくなると、父親の感情は周囲でも爆発し始めた。

 傲慢で横柄。世界が自分中心に回っていないと怒り出す。自分以外の誰も認められない。そんな部分が、じわじわと周りに知れ渡っていく。

 周囲の心は離れていくのに、とんでもなく自信家で野心家な男は気づけない。そうやって独りよがりの王位への執着を増していった。


 自分こそが、自分だけが、王に相応しい。


 ヘルムート家は国内で孤立している上に、あの性格だ。彼を担ぎ上げる者など誰もいない。だが、それが分かる男ではない……。

 その焦燥感につけ込んだのが、ナリル国だ。いや、第六王子だ。


『貴方こそが王に相応しい。私たちが手を貸すから、王家を引きずりおろそう。その後に国を治めるのは、貴方だ』


 それが第六王子の真意のはずがない。

 国境戦ではランカスト家に勝てない。入り口を国境にこだわっていたら、いつまでたっても現状のままだ。だから作戦を変えた。

 麻薬を使ってカイリッジ国を混乱させることにした。国内の情勢や安全を不安定にする。そのためには国内に拠点が必要だ。第六王子の思惑に合致したのが、ヘルムート家だった。


「ヘルムート家がナリル国の手に落ちたと聞いたのは、留学先の友人からだったという話は前にもしたな。ナリル国と敵対する国の出身で、動向を見張っていたら私の家の名前が出てきた、と言っていた……。もちろん信じなかった。あんな父親でも、誇り高い人だと思っていたんだ」

「でも、違った」と言ったジェネストの顔は、ゾッとするほど表情が抜け落ちていた。


 真正面から詰め寄ったところで、自分の非を認める人間じゃない。だからといって、ジェネストにナリル国を追い出す力はないし、そんな行動を起こせば領主である父親も黙っていない。国に話せば反逆罪に問われ、喜んでヘルムート領は奪われる。

 財政の要であるヘルムート領が食い物にされれば、カイリッジ国に未来はない。一番困るのは、国王でも貴族でもヘルムート家でもない。ヘルムート領民や、この国のために働く国民だ。


 この詰んだ状態から抜け出すために、ジェネストは騎士団に入った。

 父親が最も嫌がることをしてやった上で、父親を追い詰めることにしたのだ。それが貴族の粛正だ。誰であろうが貴族の不正は許さない。それが父親であっても。

 ナリル国の口車に乗った確固たる証拠を集めつつ、ヘルムート家が消えてなくなっても王家に食いつぶされないようジェネストは策をめぐらせた。


「やっと道が見えてきた矢先に両親が死ぬなんて、皮肉なものだ。全てを失うはずだった私が領主となって、父親の尻拭いをしているのもな」

 乾いた笑い声には、未だに戸惑いが感じられた。

「これが最善の選択だったんじゃないか? 街の人たちも一時は知らない人間が増えたけど、ここ数年でいなくなったとホッとしていた」

「三年かけて、やっとだ」

「おかげで治安がよくなったとも言っていた。みんな、ジェネストが領主になったことを喜んでいる」

 ジェネストは表情のない顔を横に振った。

「だが、二年前にやって来たワイラーには逃げられた。第六王子に繋がる男だったのに。やっぱり私は、領主になんてなるべきじゃなかった」

「あいつの逃げ足の速さは、天下一品だ」

 セラフォーネだって、逃げられた。


 逃げられた者同士が慰め合うのもおかしな話だ。そう思ってジェネストのアイスブルーの目をのぞき込むと、光が当たることのない苦しみが見えた。どこかで見たことがある。


 ジェネストにとってこの十年は、父親に支配されていた幼少期よりも辛いものだった。

 領民が喜んでくれても、素直に喜ぶことなんてできない。そもそも父親がまともに領地を治めていれば、誰も苦しむことなんてなかった。

 なにより、自分は、この領地を捨てようとしていたのだから……。


「ジェネストは領地を守るために、ヘルムート家を解体させようと考えたんだな」

 生気のない目でセラフォーネを見たジェネストは、「こんな家、ない方がいいだろう」と言った。

「過去の恨みに囚われて、下らない王位なんかにこだわって、残ったのは善悪の判断もつかないプライドだけだ。ヘルムート家は、関わった者をみんな不幸にする」

「そうか? 私は別に不幸じゃないぞ。結構楽しくやっている」

「そんな訳ないだろう! 私を始めとしてヘルムート家一丸で、セラフォーネを貶めたんだぞ?」


 まぁ、確かにそうかもしれない。だが、そんなことはセラフォーネにとっては、取るに足らないことだ。


「私は十八年、毒薔薇と蔑まれてきたからな。そんなことは『今更』だ」

 マルの背中を撫でながら何でもないと笑うセラフォーネに、ジェネストは険しい目を向けた。

「それがよくないんだ!」

 ジェネストの言葉に賛成するみたいにマルが鳴いた。

「入れ替わりの話を聞いた時から思っていたが、何でもかんでも自分を犠牲にするな。痛みに慣れすぎだぞ」

「そんなことは――」

「ある! 私が感情を捨てたのと同じだから分かる。私は自分を守るためだったが、セラフォーネはみんなを守るためだ。質が悪い!」

「……たちが、わるい?」


 質が悪いとは、結構な言葉だ。毒薔薇としてなら何度も言われているが、セラフォーネとして言われたのは初めて……。ちょっと耐性がなくて、動揺する。


「セラフォーネは周りの期待に応えすぎだ」

「……別に誰も、私に期待なんて――」

「してるだろう? 『運命から逃がしてくれるのはセラフォーネだけだ。だから入れ替わってくれ』『毒薔薇の汚名を背負ってでも、ランカスト家に残って欲しい』きっと他にも山程あるんはずだ。セラフォーネはそれにずっと答え続けてきた。我慢ばかりして、自分を捨ててな」


 口調は全然違うけど、聞いたことがまだある話だ。

 遠い記憶が、穏やかな優しい記憶が、薬草の臭いと共に蘇る。

『セラは我慢しすぎだ。私の前ではもっと我がままでいいぞ』

『我がまま? イオニスみたいに?』

『イオニスの真似をしなくていいんだ。セラフォーネらしくいればいい』

『私らしい? 毒薔薇ってこと?』

 アユハの手が、セラフォーネの赤髪を撫でた。温かくて、ホッとした。

『セラフォーネがやりたいことをして、やりたくないことはしなくていい。私の前では、それを口に出していいんだ』

『アユハを、困らせない?』

『セラにされて、困ることなんてないよ』


 陽だまりのように温かいキラキラした記憶が、一瞬で赤黒く塗りつぶされていく。

 温かさも幸せもみんな消え去って、セラフォーネに残るのは喪失感と罪悪感だけだ。

 あっという間にこの二つにのみ込まれてしまいそうで、息もできない。だから必死に記憶に蓋をする。


「大丈夫か?」


 相当ひどい顔をしているのだろう、ジェネストが心配そうに顔を覗き込んできた。

 頭にのせられた手がアユハと同じように温かくて、セラフォーネは思わず手を払ってしまう。

 ジェネストのハッとした顔を見て申し訳なく思っても、この温かさはセラフォーネの苦しい過去を呼び起こす。


「……すまない……」

「いや、私の方こそ、勝手に触れて、申し訳なかった……」

「違うんだ!」


 セラフォーネだって、さすがに勘違いを訂正しておきたい。だが、過去の記憶の蓋を開けたくはない気持ちが勝ってしまう。


「……幸せな、とても幸せなのに、思い出したくない記憶。それが蘇りそうで、怖かった」


 こんなことを言わなくてもよかった。こんな話をすれば、根掘り葉掘り聞かれて面倒くさいことになるかもしれない。でもセラフォーネは不思議とそうは思わなかった。

 ジェネストはきっと、深入りしない。


「セラフォーネが気にすることはない」


(ほら、そうだ)


「風が出てきたな。そろそろ戻って夕食にしよう」

 そう言って立ち上がったジェネストは、伸ばしかけた手を止めた。


(私が望んだことなのに、私がジェネストにこうさせたのに、物足りないと思ってしまうのはわがままだな……)


読んでいただき、ありがとうございました。

まだ続きますので、引き続きよろしくお願いします。

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