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敵認定解除

よろしくお願いします。

 ナリル国は、なぜ先代夫妻を殺したのか?

 この答えの一端は、こじ開けることのできない国境にある。セラフォーネはそう考えている。


 ナリル国とランカスト軍との国境での争いは昔から続いているが、激しさが増したのは今の国王に変わった三十年ほど前からだ。だからといって、ランカスト家に危機が訪れたことは一度もない。まともな統治者なら、とっくに撤退する争いなのに攻撃は増している。これはもう、戦略などではない。ナリル国王の意地だ。だが、その意地をもってしても、ランカスト家の壁は厚い。


 国境の戦いは維持しつつ、別の作戦も並行する。これがナリル国王の妥協点だった。それが麻薬をカイリッジ国に持ち込んで内側から揺さぶりをかけることだ。

 カイリッジ国は王家と貴族が癒着した国ではあるが、その分結束は固い。それに加えて貴族が利益を独り占めしていることもあり、外部の資本が参入するのが難しい。

 そこで入り口として選ばれたのがヘルムート家だ。


 ヘルムート家は国内との繋がりがないだけに、話が外部に漏れにくく機密性が高い。

 そして、非常に裕福で金儲けが上手い家だ。だからこそヘルムート家と繋がりある商会や業者は、カイリッジ国内で信頼される。

 麻薬を持ち込むには、格好の隠れ蓑だ。


 過去の領主なら、ナリル国につけ込まれることはなかったはずだ。だが、先代は領民から罵られるほど最悪な領主だった上に、王座に執着するほど野心が強すぎた。そこにつけ込まれたのだ。だって、これほどまでに好都合な条件が揃うことはない。


 だが……、国内とは付き合わないヘルムート家だ。

 先代夫妻が二十年以上別居していることだって知られていないのに、先代当主の性格や状況なんて、一体どこから情報が漏れたのだろうか?


「分からんなぁ……」


 剥き出しの岩の上に寝転がったセラフォーネは、空を見上げた。

 夕暮れには早いが、太陽はもう傾いてじゅている。青さに少し藍色が混ざった空に黒鳥が見えた。


 ゆったりと旋回していたマルが、猛スピードで急降下を始めた。羽を広げれば二メートルを超える黒鳥が、胸に赤い丸のような模様が等間隔に並んでいるのが見える距離まで一気に近づいてくる。獰猛な琥珀色の瞳がセラフォーネを捕らえたまま、目を疑うほどの太い足の先にある恐ろしい鉤爪が迫ってくる。

 美しいが怪鳥と呼ぶに相応しい黒鳥が地面に降り立つと、セラフォーネに頭や身体をこすりつけてきた。

 地面に寝転がったままのセラフォーネも、「マルー」と言ってギュッと抱き着いた。


「久しぶりだな。カクやみんなは元気だったか?」

 セラフォーネが声をかければ、マルは答えるようにきゅいきゅいと鳴く。


 マルはランカスト領に行っていたため、久しぶりの抱擁だ。

 普段は離れることがないだけに、マルに触れているだけでホッとして心が落ち着く。

 そんな和やかな空気を裂くように、マルが鳴いた。威嚇だ。


 セラフォーネが驚いて身を起こすと、マルは射殺すようにセラフォーネの背後を睨んでいる。逆立てる羽を撫でて、セラフォーネは後ろを振り返った。

 立っていたのは、珍しく肩で息をしたジェネストだった。


「一体、何事だ?」


 セラフォーネの質問には答えず、ジェネストは辺りをキョロキョロと見回している。

 誰かを探しているのだろうか?

 だが、ここはみんなが恐れる北塔がある崖だ。なぜか先代夫人の亡霊が出るとまで言われている、いわくつきの場所だ。人なんて寄り付かない。

 セラフォーネ以外の人なんているはずがないのに、ジェネストはホッと息を吐きだした。


 この一か月、街に行ったり、薬草を育てたり、情報収集をしたりと、セラフォーネは忙しかった。

 忙しいのはジェネストも同じようで、二人が顔を合わせることはほぼない。……とは、いかなかった。

二人が忙しいのは間違いないが、ジェネストは夕食頃になると屋敷に帰ってくるのだ。

 最初は部屋で食事をしていたセラフォーネだが、気づけば食堂でジェネストと夕食を共にするのが日課になっていた。

 セラフォーネを知ろうともしなかったことに対しての、ジェネストなりの謝罪なんだろうが……。正直に言って、セラフォーネは色々と困惑している。


 元々騙していたのはセラフォーネなわけだし、謝罪はもう十分してもらった。ジェネストが気に病むことなんてないと心からセラフォーネは思っている。

 それに……食事中の重い沈黙には慣れても、何かを喋ろうとするジェネストの謎の必死さにセラフォーネは慣れない……。そもそもジェネストは、夜になると屋敷にいない。わざわざ帰ってくるのは面倒だからいいのにと言っても、聞いてもらえないのだ……。


 汗だくのジェネストは、マルを見て言った。

「……用というわけではないが、久しぶりにマルを見たから何かあったのかと思った」

 確かに暫くマルはいなかったが、まさかジェネストが把握していたとは意外だ。

「欲しい種があったから、マルにランカストまで取りに行ってもらっていた」

 セラフォーネはそう言うとマルの太い足から革袋を外し、ジェネストに中を見せた。


「……種、だな……」

「内通なんてしていないぞ?」

 半分冗談でセラフォーネがそう言えば、ジェネストは「そんなことは思っていない」と言ってセラフォーネの隣に座り込んでしまった。何だかホッとして力が抜けたみたいだ。


(……どうしたって言うんだ?)


「セラフォーネを疑ったりしていない。ただ、マルに何度も命を救われていると聞いたから……」

「まぁ、そうだな。私はマルに助けられて生きている」

 なぜかセラフォーネが自慢げだ。

「そう聞いていたから、セラフォーネに危機が迫っているのかと思った」

「……なる、ほど……?」


(……ん? どうしてだ?)


 汗ばんだ髪をくしゃくしゃとかき乱して、ジェネストはセラフォーネを見た。


「どうして、こんなところにいるんだ?」

「こんな、ところ?」

「北塔だぞ? 屋敷から離れているし、この場所を恐れて使用人だって誰も近寄らない」

「だからだ」

 今度はアイスブルーの目が見開かれた。


 当初の予定では誰にも相手にされずに冷遇されるはずだったのに、今では北塔に来なければセラフォーネは一人になれない。

 セラフォーネが何を言いたいのかジェネストも分かったようで、「そうだな」と息を吐きだした。が、パッと座り直してセラフォーネを見た。


「一人になりたかったのに、勝手に来てしまったな。すまない」

「別にいい。ジェネストは静かだからな。一緒でも困らない。それに話したいことがあった」

「そうか」

 そう言うと、ジェネストは浮きかけた腰を下ろした。

「あぁでも、謝罪をしようと必死になれるのは困る」

「……謝罪?」

「噂を信じたと、気が咎めていたんだろう? 私は最初の謝罪を受け入れている。そもそも騙したのは私とイオニスなんだから、ジェネストが気にすることはない」


 ジェネストがセラフォーネへ伸ばした手を、マルの羽が払い落とした。


「マル! ジェネストは敵じゃないと言っているだろう。すまない」

「いや、いい。気にしていない。……本人は鈍感だし、周りのガードは固い――えっ?」

 後半の声は小さくて、セラフォーネの耳には届かなかった。それ以前に、ジェネストが呆然とした顔で立ち上がったことに驚いた。

「私は敵じゃなくなったのか!」


 セラフォーネだって何か根拠があって、敵じゃないと断言できるわけではない。

 ヘルムート家に関しては分からないことばかりだし、ナリル国との結びつきは否定できない。

 だが、ジェネストがナリル国と繋がっているとは思えないのだ。

 無表情だったジェネストが、色々な顔を見せるから絆されたといえばそうなのかもしれない。自分の勘に頼るのは心許ないけど、ランカスト家の人間にとって直感は大事だ。


「正直、分からないことばかりだ。ワイラーやら第六王子やらとごちゃごちゃしていて、ヘルムート家とナリル国の関係は疑いしかない」

「反論できないな……」と呟いて、ジェネストは北塔を覆い隠している崖を見た。

「敵だとすれば、きっとそれは私の父なんだろうな……」

「やっぱり、先代か。まぁ、それしかないと思っているが……」

 ジェネストは、青の濃度が増した空を見上げた。

「……十年前、父はナリル国の手を取った」


読んでいただき、ありがとうございました。

まだ続きますので、引き続き読んでいただければ嬉しいです。


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