先代夫人の呪い
よろしくお願いします。
お膝元と言える使用人が、当主をこうも非難しているのだ。街の声なんて、もっと厳しいに決まっている。
例えば、娼館での会話はこうだ。
「正直、さっさと死んで代替わりしろって思っていましたよ」
女主人の言葉に、宿屋の店主もうなずいた。
「鉱山も同じです。先代と今では待遇が違いますから、死んでくれてよかったってみんな言ってましたね」
キラソンはそう言うと、女主人が「鉱夫はみんなそう言っているわね」とうなずいた。
セラフォーネは胸の前で腕を組んだまま、女主人の部屋で天井を見上げた。
(ここに集まったメンバーだけが辛辣なわけではないんだよな。どこで聞いても同じような意見が返ってくる。先代の領主は、とにかく評判が悪い……)
「それだと、先代に死んで欲しかった者だらけだな」
ぽつりとセラフォーネがこぼせば、女主人が存在を拒否した……。
「そりゃそうですよ! あんな奴、生まれてこなければよかった!」
女主人の発言は、先代とはいえ領主に対するものではない。だが、全員が悪びれることなくうなずいた。
領民にとって、それだけ酷い領主だったということだ。
ヘルムート家は恨みに囚われて領民に目を向けないが、王都以上の街にするために必要なことは全て行ってきた。
領民は学習の場を与えられ、医療も衛生面も行き届き、飢えない生活ができるし仕事もある。
ヘルムート家の領主は領民に興味はないが、領主としては悪くはなかったのだ。先代以外は……。
まさか領民が領主を殺すなんてことはあり得ない。でも、国王や貴族は分からない……。貴族の不正を罰するジェネストを騎士団から手っ取り早く追い出すには、領主の交代はもってこいの理由だ。
こうなってくると、セラフォーネからはため息も出ない。ちょっとお手上げだ。
予想外なことに、カイリッジ国内側に先代を殺害する動機が多すぎる……。
(あの薬は、そう簡単に使うものではない。ナリル国の関与は間違いないのに、先代夫妻を殺害する動機が見当たらない。何を見落としている?)
「ここまで先代の支持率がマイナスなら、父親を隠居させることをジェネストは考えていたのだろうか?」
「我々からすれば、さっさとしてくれ! という話ですけどね。領主様は貴族の不正を暴いていましたからね……」
「まぁ、まず最初に、先代を捕まえて欲しかったけど」
「そんなことをすれば、ヘルムート家が取り潰しになるぞ。王家なんかが入り込んで来たら、先代以上に酷い状態になる」
「それは、困る……」
ついさっきまで誰よりも喋り倒していた女主人が、宿屋の店主とキラソンの会話に参加しない。なぜか気まずそうに目を伏せてしまっている。
初めて見る態度だからなのか、セラフォーネは気になった。
「どうした?」
セラフォーネがそう聞けば、女主人はパッと顔を上げたのに、慌てて目を逸らした。
「……あっ、いえ……」
先代公爵相手に噛みつくほど歯に衣着せぬ女主人が発言を躊躇っている。どう考えてもおかしい……。
「何か、困りごとか? 助けになれるか?」
キラソンたちを匿ってもらったりと、セラフォーネは女主人に借りがある。困っているのなら、助けたい。
組んだり離したりしていた手をギュッと握り締めると、女主人はセラフォーネを見上げた。
「……あくまでも噂ですよ。ほら、こういう仕事をしていると、真実も嘘も色々と入ってきますから……」
そう断って話し出した内容は、セラフォーネには衝撃だった。
ジェネストは家を継ぐ気がなかった。それどころか、ヘルムート家の不正を暴いて潰そうと奔走していた。
ジェネストが始めた貴族の粛正。その本丸は、ヘルムート家だった。
女主人が聞いた噂が本当だとすれば、とんでもない話だ。
ジェネストに代わってから領内は正常を取り戻したというのに、それは偽りだった? 今でもヘルムート家を潰そうとしている?
なぜ?
シンと静まり返った部屋で、女主人はパンパンと二回手を叩いた。
「ちょっと、そんなに真に受けないでくださいよ。ここは娼館ですよ。適当な嘘をつく方も沢山いらっしゃいます」
胸にあったもやもやを喋ってしまい後悔した女主人は、必要以上に明るくそう言った。
「まぁ、そうだな。出る杭は打たれるってやつだ。ジェネストの足を引っ張りたい奴、評判を落としたい奴。そんな奴はワンサカいるよ」
セラフォーネがそう言うと、みんな明らかにホッとした顔をした。
(出る杭は打たれる。……だが、出すぎた杭は打たれない。ジェネストは、出すぎた杭なはずだ)
「噂と言えば、先代は呪い殺されったってのもありましたよね?」
キラソンがそう言えば、宿屋の店主が「あった、あった」と身を乗り出した。
「その話も眉唾だけどな。もしそうなら、ちょっと気が晴れるなぁ」
「呪いなんてさすがに無いけど、先代が怯えて死んだのなら、奥方もこれ以上嬉しいことはないでしょうね」
「女の恨みは怖いのよ。あんたたちも呪い殺されないように、気を付けた方がいいわ」
公爵夫妻は、亡くなる二か月前くらいから体調を崩し始めた。同じペースで徐々に弱っていき、医者に診せてもこれといった原因が分からないのも同じ。疲労、風邪、食あたり、筋肉痛、睡眠不足。それが繰り返され、気づいたらベッドから起き上がれなくなっていた。
そうなっても何か大きな病気を抱えているわけではないので、治療方法もなければ薬だって当たり障りのないものしか処方できない。
本邸と別邸で夫妻がほぼ同時に同じ症状を訴え、動けなくなり、ほぼ同時期に命が消えた。
本邸と別邸で二十年近く顔も合わせていない二人だけが、同じ症状を発症して亡くなる。そんなことは、普通に考えればあり得ない。絶対に病気なんかではない!
だが、二人の死を前に医者や使用人たちが思ったことは、「殺害」ではなく「呪い」だった。
先代を恨んでいた夫人が、自らの命を懸けて呪い殺したと本気で怯えたのだ。それくらい先代夫人は、家族とヘルムート家を恨んでいた……。
娼館からヘルムートの屋敷に帰って呪いの話をしても、シェイラは驚かなかった。
「屋敷では、未だに呪いだって信じている人が多いみたい。怖さのあまり、先代夫人の遺品は本邸に持ってこれなかったそうよ」
「それは……随分だな」
「先代夫人の苦しみを、みんなが知っていたってことよ。でも、無視した。後味悪いわよね」
「何かなぁ。無視したってだけじゃない気がする。リードたちも、何かどこかすっきりしないというか、何かを隠しているみたいな顔をするんだよな」
「リードさんが? セラに隠し事するかしら?」
「隠し事というか……。うーん、何だろう? 言えないこと? 言いづらいこと? 上手く言葉にできないけど、違和感があるんだよ……」
考え込んでしまったセラフォーネに深く刻まれた眉間の皺に、シェイラは指を伸ばした。驚いたセラフォーネが背もたれにぶつかる。
「すっごい深い皺だったわよ? 実際に呪いなんてないんだから、考えても仕方がないじゃない」
それはその通りだ。ワイラーが持っていた毒で、誰かが先代夫妻を殺したのだ。
「で? 実際に二人に薬を盛ったのは誰? 分かっているんでしょう?」
「毎日二つの家を行き来して、二人の身の回りの世話もして、二人が気を許していた侍女長だろうな」
「まぁ、そうでしょうね……」
「だけどなぁ、侍女長はただの実行役なんだよ。もしかしたら、毒だなんて思わずに食事に盛っていたかもしれない」
生粋のヘルムート家の使用人である侍女長が、主人を殺して何食わぬ顔で屋敷にい続けられるとは思えない。
「だが、侍女長に指示した者は違う。そいつには、明確な殺意があった」
三年前だから、ワイラーではない。分かるのはそれだけだ。
領内に見慣れないならず者が多かった頃だ。業者だって長年の取引先から、見たこともない者に変わっていた。怪しい者の数が多すぎて、これでは特定できない。
もう一つだけ、分かったことがあった。
ジェネストも三年前に、セラフォーネと同じことを調べていた……。
「使われたのがあの毒だから、ナリル国が関与しているのは間違いない」
「飲み続けると身体が衰弱して死に至る毒ね……。身体に毒の成分を残さないなんて、ナリル国軍はなんてものを作っているんだか!」
セラフォーネがこの毒について知識があったから分かったが、そうでなければただの病死で処理されてしまう。こんなにも恐ろしい毒は存在してはいけない。本来なら表に出てくるものではない。
「この毒をナリル国に持ち込んだのは、アユハの父だ……」
「アユハって……」
タブー視されている名前が飛び出し、シェイラは言葉が続かない。
アユハは薬草に特化した技術を守る村の人間で、セラフォーネにとっては薬学の師匠だ。そして、イオニスの身代わりでも毒薔薇でもない、ただのセラフォーネに戻れる唯一の相手だった。
アユハの一族は非常に質の高い薬を作ると同時に、世に出してはいけない毒の知識も持っていた。だからこそ外の世界とは混じらずに、山の奥にひっそりと暮らしていた。
その暮らしは清貧そのもので、薬草の研究や栽培方法を試行錯誤する日々だ。
だが、それに満足できない者がいた。アユハの父親だ。
これだけの技術と薬を持っているだから、自分はもっと評価されるべきだ。それなりの地位を得て、もっといい生活が自分に相応しい。世に出しては危険だからと、秘薬を隠している意味が分からない。自分の力を生かして金を稼いで何が悪い?
そういう男だったから、村の秘密が表に出れば危険にさらされることが分からなかった。失うものがあることに、気づけなかった。だから村から飛び出して、勝手に持ち出した危険な薬と自分の知識をナリル国に売ったのだ。
「それだけ世に出ていない珍しい薬だ。先代夫妻の死に、ナリル国が関与しているのは間違いない。だが、なぜそんなことをしたのか……理由が分からないんだよなぁ」
セラフォーネは眉を寄せて考え込んでしまった。
読んでいただき、ありがとうございました。
まだ続きますので、読んでいただければ嬉しいです。




