北塔
よろしくお願いします。
自分が住む予定だった場所を見てみたい。そう思ったのは、北塔という言葉が出た時のジェネストの様子が気になったからだ。
実は昨日のうちに、セラフォーネは好奇心に駆られて北塔に行っていた。
(あれは、すごかった……)
塔という名のわりに全く見えない北塔は、ある意味地上ではなく地底? にあった。崖の下にひっそりと隠れるように……。塔自体が崖に覆われていて、岩に同化していると言っても嘘にならない。
光など一切望めるわけもなく、音だって聞こえない。中に入った者が、精神的に追い詰められることは間違いない。
入ったら最期、待っているのは孤独と絶望だけだ。
「国境に接しているわけでもなく、戦争をしているわけでもない。ヘルムート家に、あの北塔が必要な理由があるのか?」
救いのない地下牢を、使う予定もないのに作るはずがない。とは思っていたが、ジェネストの答えはセラフォーネを驚かせた。
「王家の馬鹿共に思い知らせるためだ」
暗く重い声だった。
初代ヘルムート公爵から、王家は何もかもを奪った。その代償として与えたのは、植物の育たない不毛な土地という全く見合わないものだった。
ヘルムート家は王家を恨んだ。どんな侮辱を受けようとも泥水をすすり、恨みを力に変えた。そうやって金の稼げる土地に生まれ変わらせた。
すると王家は、今度はヘルムート領を奪おうと動き出した……。
汚された誇りを守るため、ヘルムート家は必死に自力で立ち上がったというのに。そんなことはお構いなしに、王家は自分たちの利益しか見ていない。
陰湿な手を使って奪い取ろうとしたが、過去から学習しているヘルムート家には効果がない。だから、もっと手っ取り早い方法に切り替えた。ヘルムート家の鉄の掟を逆手にとって、領主や跡取りを暗殺をしようとしたのだ。
王家以上の力をつけていたヘルムート家相手に成功するわけがない。毎回返り討ちにしているからといって、許せるはずがない。だから、思い知らせてやることにした。
そうしてできたのが、王家の刺客のための監獄。北塔だった。
「傍から見れば馬鹿みたいな恨み合いかもしれないが、当事者は死活問題だ」
その言葉の通りだ。
同情と一緒に呆れてもしまう話に、セラフォーネは何を言えばいいのか分からない。
それじゃなくても情報量が多すぎて、頭の整理が追いつかないというのに……。
「第六王子の動向を探っている中で、王家との取引を知った。被害者同士だからこそ協力し合えると思って、あいつらが動き出す前にランカスト辺境伯へ交渉を持ちかけた」
ジェネストはヘルムート家を、父は娘を守りたい。利害は一致した。
ジェネストとセラフォーネが結婚してしまえば、さすがにナリル国だって手出しはできない。
二人に誘導されて王命を出した後に、第六王子の提案を台無しにしたのが自分だと気づいても、もう遅い……。カイリッジ国王は報復に怯えている。
「お互い本心を見せることはなかったから、セラフォーネとイオニスの入れ替わりについては知らされていなかった。教えてくれていればとは思うが……」
こうなることを予測して、辺境伯はあえて言わなかったのかもしれない。ジェネストも薄々そう感じていた。
事前に入れ替わりの話を聞いていれば、セラフォーネを見る目は変わっていた。だが、セラフォーネの本質に気づけただろうか?
言葉でセラフォーネについて説明を受けたら、真面目で一風変わっていると感じただろう。だが、きっとそれで終わっていた。
丁重に客人として扱っても、きっとジェネストは積極的に関わろうとはしなかった。
実際に目で見てセラフォーネという人間に触れたからこそ、今こうやって向き合っている。ジェネストはそう思った。
「ナリル国王より不気味なのが、第六王子だ。ナリル国内でも、国王派より第六王子派の方が勢いがある」
「王位簒奪を狙っているのか?」
ジェネストは首を横に振った。
「既にもう動いていて、最終段階だ」
恐怖で支配されている国は、救いを求めている。
相手が老いた狂王なら、国民にとってはさぞ待ち望んだ光だろう。
だが……、緑の目の男が救世主になれるはずがないと、セラフォーネは知っている。
「今回の王命で第六王子は、あの下らない報復計画を諦めた。それが急に、なりふり構わずセラフォーネを追い回しはじめた」
他国の公爵夫人を誘拐しようというのだから、相当な執着だ。
王命が出た後に、セラフォーネと第六王子の間に何かなければそうはならない。
「どうして第六王子に目をつけられた?」
(第六王子にとって、私との初対面は麻薬取引を潰した日だ。身体は痛い目を見たかもしれないけど、結局あいつは何も失わずに逃げおおせた。目をつけられた? そんなわけあるか。私の方が目をつけている)
「麻薬の密売現場を潰してやった。第六王子には逃げられたが、戦った時に私が女だとバレた」
ジェネストは顎に手を置いたまま固まった。
「軍服を着ていたし、あいつも最初は私をイオニスだと思っていた。だからまぁ、入れ替わりにも気づいただろうな」
ジェネストが吐き出すため息が、空気を重くしていく。何だかとても、居心地が悪い……。
「結婚していることもお構いなしで奪いにきているんだぞ? それも、入れ替わりが分かった途端にだ。何かあるに決まっているだろう!」
(思い当たることなんて、あるに決まっている。あの薬に関することを、第六王子に話してしまったのは痛かった……。何てことを、ジェネストに話せるわけがない)
「……何もない。毒薔薇じゃない私は、軍人で薬師なだけだ。もしかして膝を破壊しかけたから、恨まれているとか? だとしたら、自分が弱かっただけなのに、小さい奴だな」
セラフォーネは結構本気で言ったのに、ジェネストはあっさり聞き流した。
「第六王子にとって、セラフォーネにはそれだけの価値があるってことだ。思い当たることは本当にないのか?」
「ない!」
即答だ。
あっても言わない。その意思表示をセラフォーネがはっきりしすぎてしまっても、言えないことがあるのはジェネストも同じ。これ以上は深入りできない。
腹の探り合いなのに、結局探り合えない。良くも悪くも、平行線のままだ……。
「ワイラーは第六王子の部下なのか?」
気まずい空気をものともせずセラフォーネが聞けば、ジェネストはうなずいた。
「ワイラーを、ずっと見張っていたんだな?」
「ワイラーは、第六王子が送り込んで来たスパイの一人だからな」
(私が宿屋で襲われたのを、どうしてジェネストが知ったのか疑問だった。ワイラーを見張っていたなら納得だ。第六王子と共にキラソンたちに指示を出したとなれば、当然そっちにだって見張りがつく)
二年前に鉱山に現れたワイラーが、第六王子と接触していることをジェネストが掴んだのが一年前だ。そこからずっと見張っているが、何をしに鉱山に入り込んだのかさえ分からない。
鉱山の古株を押さえて中心に立っていることを怪しんでも、ただの気前のいい男だという証拠しか残さない狡猾さだった。
「十年くらい前から見たことのない者が増え、領内の治安が悪くなったそうだな? ナリル国の人間か?」
「……そうだ……」
「ジェネストが騎士団に入ったのは、それが原因か?」
ついさっきまで感情を映し出していたジェネストの目が、急に冷えた。一気に元の無表情に逆戻りだ。
こうなったなら何も言わないだろう。そんなセラフォーネの予想に反して、ジェネストは答えた。
「そうだ」
「えぇっ!」
無表情のままだが、まさか答えるとは思わない。
「留学中に他国の友人から、自分の家にナリル国が侵入したと聞いた。父に詰め寄ったが、話にならなかった」
「……貴族を罰したのも、それが原因か?」
「誰かがやらなといけないとは思っていたが、まさか自分がやるとは思わなかった」
詳しく話す気はないとはぐらかされたが、「そうだ」と言っているも同然だ。
「王家はヘルムート領を狙って、当主や跡取りの暗殺をしていたんだよな?」
「全部返り討ちにしてやったけどな」
「先代は? 王家の仕業ではなかったのか?」
仄暗い闇を湛えたアイスブルーの目が、セラフォーネに向けられた。
「もちろん、散々調べた。あんな父親だが、手は尽くした。それでも、病死以外の結果は出てこなかった」
「……そう、か……」
セラフォーネは、苦しいくらいに胸焼けしていた。
その原因が情報量が多いせいなのか、腹の内が見せられない会話のせいなのか、セラフォーネには分からない……。
読んでいただき、ありがとうございました。
まだ続きますので、引き続き読んでいただければ嬉しいです。




