ナリル国の第六王子
よろしくお願いします。
セラフォーネは母の死から始まった家族の歪みをジェネストに話した。
話す必要はなかったのかもしれない。でも、隠しておくのも違う。昨日も今日も、ジェネストはセラフォーネと向き合おうとしている。なら自分も同じ姿勢で臨むべきだ。セラフォーネはそう考えた。
長く重い話の腰を折ることなく受け止めたジェネストは、大きく息を吐きだした。
「貴方はランカスト軍の兵士で、薬師だったということか?」
「随分と短くまとめましたね。まぁ、そういうことです」
細かい感情は省き、事実だけをまとめた。実にジェネストらしい。
だが表情に現れないだけで、ジェネストだって大いに動揺している。
賊や娼館の用心棒やヘルムート家の使用人が、肉体的にも精神的にも太刀打ちできなかった理由は分かった。
事実だと理解しているはずなのに、信じられないとも思えてしまう。
ランカスト家や領民の願いという、信じられないほど重い枷をつけられて、セラフォーネはどうして我慢できたのだろうか?
自分が選択してきた結果だとセラフォーネは思っているけど、選択肢に救いがなさすぎるとジェネストは言いたい。
形は違うが、自分と似た不自由さの中をもがいてきたんじゃないか? そんな仲間意識がわいてきてしまう。
だからといって軽々しくそんなことを口にできない。噂を信じてセラフォーネを放置した自分には、まだそんな資格はない。
表情を引き締めるべく、ジェネストは腹に力を込めた。
「あの大きな黒鳥は、貴方の仲間か?」
「黒鳥? マルのことですか?」
「まる? よく分からないが、確かに胸に赤い丸みたいな模様が規則的に並んでいたな……」
マルの特徴と一致する。だが、どうしてジェネストがマルを知っているのだろうか?
マルは野生だ。そう簡単に人に懐いたりはしない。
「マルに、会ったのですか……?」
「会った……? 会ったというか……、威嚇された? 攻撃された?」
「マルに?」
ジェネストがうなずく。
「今日、街で貴方を見かけた」
「そうなんですか? 気づきませんでした」
ジェネストは目立つ。さすがに近くにいれば気づくと思うが……。
「少し距離があったから近くに行こうとしたら、あの太くて鋭利な鈎爪が目の前に迫ってきて阻まれた」
しつこいけど、マルは野生だ。そう簡単に人に近づいたりしない。
イオニスにだって、用がなければ近づかない。セラフォーネの腹心の部下だったクレイのことは、用がなければ視界にも入れない。
マルがセラフォーネ以外の人に近づく例外は一つだけ。
「マルに、敵認定されたんですね……」
「あれは、やっぱりそういうことか。危うく失明するところだった……」
「それは、申し訳ありません。マルは私の相棒です。私の敵には容赦なくて……」
「てき……」
やっぱりなと思っていても、直接言葉にされるとそれなりにダメージをくらう。
「そのおかげで、今まで何度も命を救われてきました」
セラフォーネがマルに命を救われたのは、一度や二度ではない。
何かと単独行動をとってしまうセラフォーネが今まで生きてこれたのは、マルのおかげだ。これに異議を唱える者など、ランカストでは一人もいない。
ランカスト家にとって黒鳥は、守り神と呼べるほど特別な存在だ。
ランカスト家に跡取りが生まれると、必ず黒鳥が現れる。お互いに固い絆で結ばれて、決して裏切ることはない。当主が死ぬまで生涯を共にする運命共同体だ。
セラフォーネとイオニスが生まれた時、黒鳥は二羽現れた。
跡取りでない者に黒鳥が現れるのは初めてだったが、赤ん坊のセラフォーネの知ったことではない。
セラフォーネもマルも本能で通じ合い、お互いが相棒なことを理解した。
セラフォーネがランカスト領を離れる時、マルはどうするのかと周囲は気を揉んだ。
黒鳥はランカスト家の跡取りの前だけに現れる。ランカスト領から出て別の領地で暮らすなんてことは、一度たりともなかったからだ。
セラフォーネがヘルムート公爵家へ向けて出発した時、マルはランカスト領の空を何度も旋回した。
それがマルの別れの挨拶だと察した領民は、「セラフォーネ様をお守りください」と誰もが祈った。
「敵認定は避けたいな……」
「そうですね……」
セラフォーネが何か言いたげに見上げていることに、ジェネストも気づいたようだ。
「何だ?」
「いや……、マルは人嫌いなので、私が直接危害を加えられていないのに襲い掛かることは今までなかったな。と思いまして……」
ガタンと椅子が倒れる音がした。
ジェネストがテーブルに手をついて、勢いよく立ち上がった。
「私は絶対に、貴方に危害を加えようなんてしていない!」
「そ、そうですよね。分かります。申し訳ありません。失言でした」
ジェネストが敵なのか味方なのか現時点では分からないが、卑怯な真似をする人間だとはセラフォーネだって思っていない。
つい思ったことが口から飛び出した。明らかにセラフォーネの失言だ。
「いや、急に大声を出して、私も悪かった……」
椅子を起こして座ったジェネストと再び向かい合うが、沈黙が重い……。
(マルよ……罪作りだぞ)
「私たちの結婚は王命だ」
「そうですね」
「私たちはお互いに、この王命を利用している。違うか?」
回りくどくないのはありがたいが、突然核心をつかれるのは心臓に悪い。
「……そうですね」
「自分が何を成そうとしているか。その話ができるほど、お互いを知らない」
「……そうですね……」
「私たちは、お互いをもっと知るべきだ」
「……」
(そうなのか……? だがまぁ確かに、適度な距離はとっても敵対する必要はない、か?)
「まず、敬語は不要だ。いつも通りの口調でいい」
貴族らしい喋り方ができないのを取り繕うための敬語だった。当主がいつも通りでいいと言うのなら、こんなにありがたいことはない。
「分かった」
「呼び方も名前でいい。私もそうする」
「…………」
(必要か?)
「必要だ。セラフォーネは、フェリオスに狙われているのだろう?」
「……誰だ? それは」
「フェリオス・ナリル。ナリル国軍の情報司令部のトップで、ナリル国の第六王子だ」
「……王子? 王子に、知り合いなどいないが?」
ナリル国の次世代については、存在からして謎に包まれている。
好戦的で傲慢な現王が予想に反せず好色だったため、跡取り候補の子供も相当数いた。王妃の子と思われる数人は表に出たが、今はもう名前さえも忘れられている。王座を簒奪しようとした罪で、国王に殺されたからだ。
ナリル国王は自分の地位を脅かす者に容赦ない。自分の血を引いていようと関係なく、だからこそ脅威を感じ残忍な手段をいとわない。
敵は王だけではない。兄弟間の争いも激しく、今はもう王の子供は姫が数人しか残っていないと噂されている。
「第六王子? 国境での争いに、王族が出てくることはなかった」
「黒髪に緑の目の男を知っているのだろう?」
「……麻薬組織の?」
「あいつが、第六王子だ」
「……あいつが?」
麻薬組織を指揮する緑の目の男が第六王子でもおかしくない。むしろ、どうしてそこに考えが及ばなかったのか……。
「第六王子が、カイリッジ国王にずっと要求していたことがある」
「国交もないのに?」
「終戦と国交回復が交換条件だった」
「あの国王なら、喜んで飛びつくだろう?」
セラフォーネが鼻で笑うと、ジェネストは「そうしたかっただろうが、強力な圧力があった」と言った。
「ランカスト辺境伯だ」
「……」
(父上が? 今まで政治に関わったことなはないのに……。領民の安全を最優先にする人だ。その要求とやらが、ランカスト家にとってマイナスなことだったのか?)
「第六王子の要望は、セラフォーネとの結婚だ」
頭が真っ白になったセラフォーネがやっと言えたことが「……毒薔薇だぞ?」だった。
第六王子も相手は毒薔薇だと分かった上での求婚だ。不良債権なんて、普通は誰も欲しくない。それでも望むのなら、人質としての利用しか考えられない。
「私は毒薔薇だぞ! ランカスト家の厄介者だ。人質になれる価値はない!」
「まぁ、そうだな。ナリル国だって、双子が入れ替わっていことは知らなかっただろう」
「なら、やっぱりおかしい!」
興奮しているのはセラフォーネだけで、ジェネストは冷静だ。
「第六王子は、ナリル国王以上に狡猾で残忍だ。長年の宿敵であるランカスト家に対しては特にな……」
第六王子は、セラフォーネが嫁いできたら拷問のかぎりを尽くして殺そうとしていた。それだけで気が済むはずもなく、セラフォーネが国家機密を盗もうとした罪を捏造して死体と共にさらす計画もしていた。もちろん国を揺るがす犯罪を指示したのは父であるランカスト辺境伯だと言うことも忘れない。そうやって、ランカスト家の評判を落とすつもりだったのだ。
こんな独りよがりな嫌がらせで、平気で人の命を奪うのだからクズだ。
しかし簡単に毒薔薇を手放すと思った辺境伯は首を縦に振らず、全く思い通りにならない。だから、カイリッジ国王に圧力をかけた。
困ったカイリッジ国王が「毒薔薇の命で国境が平和になるなら安いものだ」なんて言い出したのは、そのせいだ。
そんな暴論を、辺境伯が許すはずがない。頬を震わせて「ランカスト軍が国境警備を放棄するか。ランカスト軍が王都に攻め込むか。どちらかを選べ」と迫った。
これを聞いた第六王子は、おかしいと思い始めた。
毒薔薇は厄介者どころか、辺境伯の弱点かもしれない。絶対に手に入れるべきだ。
カイリッジ国王に王命を出させるのが手っ取り早い。カイリッジ国王が喜ぶものをぶら下げれば、必ず籠絡できる。いや、籠絡する。
「躍起になったナリル国が、カイリッジ国王の鼻先にぶら下げたのがヘルムート領だ」
「……なぜ……?」
「罰として与えた土地で、王太子の末裔を未来永劫見下すはずだった。それが今では立場が逆転してしまった。だから、また奪いたくなったってところだ。まぁ、昔から分かっていたことだ」
呆れているようで、どこかとても深い恨みが感じられる。そんな声だった。
「北塔を、見ただろう?」
ここから見ることのできない北塔の方角に、ジェネストは視線を向けた。
読んでいただき、ありがとうございました。
まだ続きますので、引き続き読んでいただければ嬉しいです。




