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執務室への招集

よろしくお願いします。

 広いクローゼットに少ない荷物をしまい終え、シェイラは悔しそうに眉を寄せた。

 良いのか悪いのかジェネストが、あのどうしようもない馬鹿共を連れて行ってしまった。本当ならシェイラ自らが、ぐうの音が出なくなるまで言い負かしてやりたかったのに……。

 ヘルムート家の使用人は死人みたいな青白い顔をしていたけど、果たしてジェネストがしっかりと叩き直してくれるのだろうか?

 思っていたよりはまともな男に見えてしまったが、本当の姿なんて分からない。身内だからと甘くなるのなら、絶対に許さない。セラフォーネが何を言おうと、ランカスト家に報告する。シェイラはそう決めている。


 ジェネストに助けられたみたいになってしまったのも、シェイラは不満だ。

 絶対に使用人の言い分を信じる無能だと思ったのに、今回は裏取りをしてセラフォーネの言い分を確認しようとした。

 しかもジェネストのあの顔は、絶対にセラフォーネを毒薔薇だとは思っていない。

 堅物だと思っていたのに、意外と柔軟で人を見る目も腐っていなさそうだ。だが、シェイラにとっては、それもまた腹が立つ。

 だから、マイナス点を探すのは仕方がないことだ。


 使用人がしでかしたことについて、ジェネストは何も知らなかったという態度だった。セラフォーネも納得してしまっている。

 だが、シェイラは思う……。

 そんなことは、どうだか分からないのだ! あれだけのことをされて、簡単に信用したらいけない! ここは伏魔殿。襲い掛かる悪意からセラフォーネを守らなくてはいけない!


 グッと握った拳を振り上げて当のセラフォーネを見るが、部屋に入るなりワイラーの荷物を漁って調べることに集中している。こうなったら答えが出るまで熱中することを、シェイラは誰よりも知っている。


 もともと少ない荷物はあっという間に片づけ終わり、与えられた部屋をシェイラはゆっくりと眺めた。

 予想以上に広い客室は窓もあり、ちゃんと光が入ってくる。もちろん地下ではなく二階だ。

 奥の寝室と対の部屋は、年代物のアンティーク家具が置かれ落ち着いた印象だ。本来のヘルムート家は、歴史やそれにまつわるものを大切にする家なのが見て取れる。

 特に目をひくのが、セラフォーネが使っている机だ。

 分厚い天板の側面にはびっしりと彫刻が施され、それを支える四本の脚の細工も見事な職人技としか言いようがない。

 それに気づくことなく、顔が映るほど磨き上げられたところに荷物をぶちまけて作業するのがセラフォーネだ。

 まだしばらく続くのなら何をしようかとシェイラが考えていると、パッと顔が向けられた。こんなに早く答えが出たというのに、全く喜んでいないのは眉間に刻まれた深い皺で分かる。


「予想通り、よくない結果が出たのね?」

「栄養ドリンクには、微量だが麻薬の成分が入っている」

「最悪……。飲み続けると、どうなるの?」

「この瓶は本当に微量だから、中毒と言っても治療が可能だ」

 そう言って、三種類の中の一つをセラフォーネはつまみ上げた。

「しかし、最悪なことに瓶によって麻薬の量が違う……」

「どういう、こと?」

「こっちの二つの瓶は、定期的に飲み続ければ身体にも精神にも変調をきたす。最初の瓶でこの薬の適合者を探し、段階を追っていたのだとすれば……嫌な予感しかしない」

 

 麻薬として街でも流通しているのかと思いきや、鉱山以外では出回っていなかった。ワイラーは鉱夫を使って何かを試していたことになる……。


 ワイラーの荷物には瓶の他に、いくつかの薬包も含まれていた。セラフォーネは今度はその一つを開いて、じっと見つめている。その眉間にあるのは、さっきよりも深い皺だ。

 逃げたワイラーを見つけ出して話を聞くのが一番早くても、わざわざ見つかりやすい場所に逃げるはずがない。探し出すのは困難だろう。


(ワイラーが何をしていたかは、大体想像がつく。だが、なぜヘルムート領を選んだのかが分からない。まぁ、ワイラーも知らされていないのだろうが……)


「麻薬のことは、公爵に報告するの?」

「……どうするか、だな……」


 鉱山が麻薬で汚染されかけたのだ。本来ならば報告をして、鉱山で調査と治療を開始するべきだ。

だが、ジェネストとワイラーが繋がっていたら? 

わざわざ麻薬の話をすれば、自分が何者か伝えているようなものだ。それで動きにくくなっては本末転倒だ。


「公爵と麻薬のつながりを探ってからだな」

「もう既に麻薬が出回っているのよ? 探るまでもなく、繋がっているに決まってるわ」

 シェイラは厳しい。

「今回のことだって使用人のせいにしていたけど、本当のところは分からないわよ! あの手のひら返しだって気持ちが悪い! セラのご機嫌を取って煙に巻くつもりなのよ」

 嫌いな相手には、特に厳しい。

「ちょっと優しくすれば丸め込めると思われているなんて、悔しい! 腹立つ! あいつらの方が、よっぽど浅ましいじゃない!」

 今日のことは、よっぽど我慢ならなかったのだろう。いつにも増して厳しい。

「どっちに転んでも、証拠は必要だ」

「どっちじゃないのよ! あいつは敵よ!」

 まるで自分に言い聞かせているみたいで、ちょっとだけ微笑ましい。とセラフォーネは思ってしまった。烈火のごとく言い返されるから言えないが……。


「先代のヘルムート夫妻は、病死だよな?」

「……突然、何? ワイラーの荷物に、何かあったの?」

 セラフォーネはニヤリと笑った。

 何かあったのだ。だが、まだ言える段階ではない。そういう顔だ。シェイラはもう、ため息を吐くしかない。

「三年前にね。公爵が突然騎士団を抜けたせいで、貴族の取り締まりが中途半端になってしまったって話よ」

「……その病死、怪しいな」

「えっ?」

「先代が死んで、得する奴がいたってことだ」


 先代のせいで荒れた領地。ヘルムート家の領民はみんな、領主の交代を願っていたはずだ。だが、領民が領主を殺すなんて、現実的に不可能だ


 現状からいって、領内が荒れた原因がナリル国だった可能性は高い。何らかの目的があって、先代がナリル国に協力したのだろうか? だとすれば、ナリル国はヘルムート家に手駒を置いておきたかったはずだ。ジェネストが領主になったせいで駒が追い出されている状況を考えると、領主の交代は願っていたとは思えない。


 それだったら、いつ寝首を掻かれるかと疑心暗鬼に陥っていた貴族や国王の方があり得る。ジェネストに騎士団から去ってもらって、全てを終わらせたかったはずだ。

 騎士団だって、そうかもしれない。ジェネストがしていることが正しいと分かっていても、カイリッジ国では違う。周囲からの圧力は凄まじかっただろう。

 そして……ジェネスト……。今までの情報では、彼が領主の座を欲していたとは思えない。だが、調べる価値はある。


 セラフォーネが薬包紙を閉じると、扉が遠慮がちに叩かれた。





 急に連れてこられたのは、ジェネストの執務室だ。

 こ工芸品に近い家具が並ぶ部屋は美しく、歴史の重みは同じでも雰囲気はランカスト家とは違う。一番違う点と言えば、本や資料が現役で活躍しているところだろう。

 なんてどうでもいいことをセラフォーネが考えているのは、なぜかジェネストの隣に座らされているからだ。

 まるで公爵夫人のように、家令と侍女長の叱責に立ち会わされている。


(これは、どんな状況だ? 意味不明だ……)


 さっきから繰り返される、二人の言い分は一つ。

「ヘルムート家に相応しくない毒薔薇を排除したかった」

 ジェネストが何を言っても、「全てはヘルムート家のため」だ。ジェネストは全く納得してないが、その言い分に関してセラフォーネは理解できる。もう彼等の言い分通りでいいと思う。

 だから急に話を振られても困るのだ……。


「実際に被害を受けたのは貴方だ。バーナビーたちに対する処置は貴方に任せる。そう思って呼んだ」

「…………」


(……なぜ?)


 家令と侍女長よりも、ジェネストの頭の中の方が理解できない。

 驚いて隣を見れば、ジェネストは迷いない顔でセラフォーネの言葉を待っている。

 待たれていても、望み通りにはできない。毒薔薇は実在するからだ。使用人が心配する行動を、繰り返してきたのだ。


(たまたま今ヘルムート家にいるのが私という偽物なだけで、彼等は毒薔薇からヘルムート家を守っただけだ。行動は行き過ぎたけど、間違ってはいない。大体、望み通りの発言なんてする必要はない。任せられたのなら、好きにやるだけだ)


「彼等は自分の仕事をしただけです。処罰などは不要です」

「ヘルムート家の使用人の職務に、公爵夫人を貶めることも害することも含まれていない。それだけは分かっていると思っていたがな」


 そう言ったジェネストの声は、やけに冷たかった。言われた使用人側も、顔色が青を通り越して緑だ。明らかに空気がおかしかったのに、セラフォーネはそれどころではなくて気づけない。セラフォーネは無駄に罰せられる者を作らせまいと必死だった。


「家令も侍女長も他の使用人も、毒薔薇からヘルムート家を守っただけです。主人や家を守ることは、使用人の仕事です」

「例えそうだとしても、貴方が受けた仕打ちは行き過ぎだ。職務どころか常識からも外れている」

「毒薔薇という私の存在が常識を外れていますから……。それに対応するには致し方ないかと」


 ジェネストに向かって、セラフォーネはにっこりと微笑んだ。その背後に立つシェイラは、必死に腹に力をこめていた。

 淑女の笑顔の使いどころを間違っているけど、そもそも淑女という概念が理解できていないのだから仕方がない。

 家令と侍女長でさえ目を見開いているのに、ジェネストはさすがと言うべきか、無表情を保っている。

 いや、でも……瞬きの回数が多い気がするのは気のせいだろうか?


「二人を罰しないということか?」

「まぁ、概ねそうですね。ただ……」


 家令と侍女長にとって都合がいいように話が進んでいた。だから二人はまた、勘違いをした。

 セラフォーネが二人の報復を恐れて下手に出ていると思ったのだ。心の中では、この程度で恩を売ったと思うなと毒づいていた。

 だが、違った。

 セラフォーネに殺気に満ちた目を向けられた二人は震えあがった。


「シェイラへの謝罪は別ですし、二度目はない」


 最悪の状況が勝手に想像されてしまう、恐ろしい声だった。

 自分たちが見下していた毒薔薇は、格上どころか別次元の存在だったことに二人はようやく気付いた。

 膝に額をこすりつけんばかりに詫びられたところで、シェイラはセラフォーネを侮辱した二人を許す気はない。それを主張するように、二人に視線を向けることなく無言を貫いた。


「最後に一つ」

 そう言ったセラフォーネは、刺さりそうなほど厳しい目で二人を見下ろした。


 予想していない展開のせいで、場の空気は全く収拾がつかなくなっていた。何が飛び出してくるか不安で、全員が戸惑っている。


「貴方たちの計画は、最悪の場合は宿屋を切り捨てることが含まれていた。自分たちの仕事だと言うのなら、関係のない人を巻き込むべきではないはずです。彼等を守る気がないのなら、なおさらです」

 痛いところを突かれたせいで、二人は顔をこわばらせた。ジェネストも同じだ。


 家名を守るためなら他人を害しても構わない。

 そんな考えを当たり前だとする奴等を、ジェネストは野放しにしてきた。一緒になって犯罪に加担したわけではないが、ヘルムート家に興味がなさすぎた。この罪の重さは計り知れない。

 セラフォーネが賊や宿屋を罪人にしないために襲撃をもみ消したと聞いた時から、ずっとジェネストの胸の重しになっている原因はこれだった。


「では、話は終わったようですので」


 セラフォーネはさっさと部屋を出て行く。

 本当はもっと確認したいことや聞きたいことが、ジェネストにはあった。だが、声などかけられなかった。セラフォーネの背中を見送るしかできなかった。

読んでいただき、ありがとうございました。

まだ続きますので、引き続き読んでいただければ嬉しいです。

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