部室
翌日の放課後、掃除をするために皆を連れて部室に向かう。
キリエラには買い出しを頼み、少し遅めに来てもらうことにした。
「うわ! くっさーい! きたなーい!」
意気揚々と部室に乗り込もうとしたピピルであったが、扉を開けたとたんに舞い散る埃と臭いに銀鈴の着物の中へと身を隠す。
「これは酷いありさまですね……」
「ウーム……ここを使うのかや……?」
アエーラは鼻を手で押さえながら中に入り、窓を開けて深呼吸をしていた。
銀鈴に至っては、扇子で臭いが来ない様に仰いでおり、中に入る気も無さそうである。
ボクとしては結構いい場所だと思ったのだが、皆からは散々な言われようで少し悲しくなってしまう。
とは言え、ある程度の不満は予測済み。これが普通の反応なのだろう。
「まあ掃除さえ終われば快適だと思いますよ? 広さも十分ですし、人目にもつきにくいかと」
「確かにそうだが……その、掃除が大変そうだな……」
赤雷は散乱した部屋を見回し、足の折れた椅子を拾い上げて顔をしかめていた。
「一応はさっさと終わらせる手立ては考えてますので……」
「そうなのかや? 早くキレイにしてくれりゃ?」
銀鈴の言葉から、自分は何もする気がないということが伝わってくる。最初から期待はしていないので大丈夫ではあるけど……
「えーと、まずは空気の入れ替えをしたいのですが、アエーラさん、お願いしてもいいですか?」
「……ん? ああ、そういうことか」
何を頼まれたのかとアエーラは首を傾げていたが、言っている意味が伝わったようで、コクリと頷くと大きく手を拡げる。
アエーラの周囲を風が取り巻き、部屋の空気を外へと循環させる。
「ついでだ、軽く掃除もしておこう」
アエーラの言葉に合わせて先程よりも強い風が吹きはじめる。
部屋の中央に小さなつむじ風が出来上がり、部屋中の塵や埃を引き付けるように集めると、そのまま窓から外へと出ていった。
「はー! 臭いが少なくなったねー!」
ピピルは銀鈴の着物から顔をだし、満足そうに大きく息を吸うと、そのまま飛び出して部屋の中を散策し始めた。
「アエーラさん、ありがとうございます」
「ふむ、お安い御用だ」
先程までの臭いと埃っぽさが嘘のように、部屋の空気は清々しいものになっていた。
銀鈴は部屋へと足を踏み入れるが、あまりの物の多さに眉間にシワを寄せてうんざりとした表情を見せる。
「臭いはマシになったが物が多すぎじゃ……今日だけで終わるのかのぅ……?」
「じゃあ、次は物を片付けましょう。ピピル、その棚に使えそうな物はある?」
「ん? ちょっとまってねー!」
丁度、棚を散策していたピピルに、中の物の選別をお願いする。
ピピルは本を引っ張り出して開いたり、汚れたフラスコの臭いを嗅いで「ウェー!」っと顔をしかめたりと、棚の端から端まで順々に確認してくれる。
「これはくさーい! これは割れてるー! うーん? 本以外は全部ダメかなぁ」
「うん、了解。じゃあピピルは離れてね」
「はーい!」
ピピルはそのままボクの方へと飛んで来ると、頭の上にちょこんと座って待機する。
久々ではあるがこんな時こそ消滅魔法の出番である。
ボクはファルナを集中すると、不要な物を指定して《ターゲットデリジョン》を唱え始める。
ファルナは歪んだ空間へと姿を変えて瞬時に棚へと放たれる。幾つもの折り重なった「シュンッ!」っという音が聞こえると、指定したものは全て消え去り、棚には本だけが残されていた。
「おお! 流石はポコじゃな! これならすぐ終わるのう!」
「ちょ! 銀鈴さん……」
銀鈴はボクの背中に飛び付き、首に手を回して抱きついてくる。
照れ臭くて離れてもらおうと振り向くが、肩越しに見える銀鈴の楽しそうな表情を見て何も言えなくなってしまった。
思い返すと学園に着てからというもの、銀鈴が楽しそうにしていることは少なかったように思える。
色々我慢してストレスも貯まっていたかもしれないし、これくらいで楽しんでくれるなら、それはそれで良いのかもしれない。
「あー! ポコが赤くなってる!」
「クフ、なんじゃポコはこういうのが嬉しいのかや?」
ピピルはボクの顔を覗きこんでそう言うと、銀鈴は意地悪そうな表情でニヤニヤとしていた。
「ち、ちがいますよ。恥ずかしいだけです!」
赤雷はその様子を微笑ましそうに見た後、散らばった椅子を広い集める。
「では俺はこの辺をまとめるとするか」
「ではワタシはこちらの箱を」
皆で使えそうな物を選別して、要らないものを片っ端から消滅させる。
壊れた椅子や邪魔なテーブル、使えそうに無い棚や山積みになった箱が無くなり、歩く場所も少なかった部室が広々と感じる。
「スッキリとしたねー!」
ピピルは天井近くまで飛び上がると、腰に手を当てウンウンと頷いていた。
「後は配置を変えれば……」
「ふむ。力仕事なら任せておけ」
チラリと赤雷の方を見ると、察したように腕組みを外して肩を回す。準備万端と言った様子である。
ひっくり返った重そうなテーブルを軽々と元に戻し、紙くずを拾うかのように椅子を持ち上げて次々に移動していく。
「流石は赤雷さんですねぇ」
「力仕事ならお手のものじゃ」
赤雷の仕事っぷりに銀鈴はウンウンと満足そうに頷いていた。
ピピルが飛び回りながら「こっちの方がいいんじゃない!?」と指示をだし、赤雷は素直に従って移動する。
皆で配置を考えながら何度か繰り返しているうちに、それなりに使い勝手の良さそうな位置に収まってくる。
壁に沿って窓を挟むように棚が2つ。その手前に楕円形のテーブルが置かれ、様々な種類の椅子がテーブルを囲むように並べてある。
横のスペースにはベットを置き、反対側には勉強机と各自の荷物や小物を入れる小さな棚が設置される。
他にも使えそうな物は、空いた場所に寄せておいた。
まだ汚れは有るものの、既に部室として使うには問題ない状態である。
「これであらかた片付きましたかね?」
「あっという間だったねー!」
ピピルがボクの頭の上で大きな声をあげる。
「良い風が入ってきますね」
「うむ! これならば快適に過ごせそうじゃの」
アエーラは窓から身を乗り出し、気持ち良さそうにしている。
銀鈴は肘掛け付きの椅子が気に入ったようで、足を組んで座り、ご満悦な様子である。
最初はどうなる事かと思ったが、ある程度片付いてみれば皆それなりに満足そうで一安心である。
「あとはキリエラ先輩を待ってからですかね」
「ん、それならもう来たようだぞ」
窓から身を乗り出していたアエーラが下を見ながらそう答える。
ボクも外を覗くと大きな荷物を背負ったキリエラが、塔へと向かう姿が確認できた。
キリエラは塔を見上げ、こちらに気付いて手を振っていた。
「丁度良いくらいでしたね」
「なるほどの、キリエラに買い出しを頼んだのはそういうわけじゃったか」
ボクはキリエラに手を振り返しながらそう呟く。
銀鈴は納得した表情で頷いており、ボクは笑って返事をする。
既にピピルの事を知っているキリエラであれば話しても問題は無い。ただ出来ることなら機会に合わせ、ゆっくりと説明していきたいと思う。
しばらくして部室にたどり着いたキリエラは、驚いた表情で中を見回していた。
「わ! 凄いじゃないですか! この場所で大丈夫かなーって思ってましたけど」
荷物をテーブルの上に置くと、後ろに手をまわして「ヘー」っと感心しながらゆっくりと部屋を歩き回る。
「少し片づけましたので、あとは拭き掃除くらいで十分だと思います」
「ふーん? 前に来たとき酷い有り様だったんですけどね。こんな短時間が少しですかぁ……」
「あ、えーと、それでお願いした物は?」
ギクリとする言葉に少し焦りながら話をはぐらかしてしまう。
「大丈夫ですよ。ここに揃っています」
キリエラはリュックから次々と荷物を出し、テーブルの上に並べていく。
雑巾などの清掃用具はもちろん、ポットやコップ、お皿などの食器を一通り並べ、最後にテーブルクロスや飾り付け用の小物や布を出すと、指をさしながら確認していた。
「では拭き掃除と飾り付けをしたら、お茶でも飲んで終わりましょう」
「はーい!!」
ピピルの元気良い返事に合わせて、皆も掃除始める。
赤雷は大きな棚を力強くゴシゴシと拭き、アエーラとキリエラは窓や壁を丁寧に拭いてくれる。
ピピルは皆の手の届かないような隙間を一生懸命に拭いており、ボクは床を雑巾がけである。
働かないかと思っていた銀鈴でさえも、自分のお気に入りの椅子だけは念入りに拭いていた。
最後にテーブルの汚れも落とし、テーブルクロスをかけて花瓶に花を添える。
以前とは見違えるようになった部室を見て、皆が満足そうなため息をつく。
「キレイになったねー!!」
ピピルは腰に手を当て、胸を張って大きな声を上げる。
「ふーむ、自分の手を動かすと愛着が湧くものなんじゃのう」
「姫様、良き経験を積まれましたな」
銀鈴は少し疲れた様子で椅子に座っていたが、その表情は満足げであった。
「皆さん紅茶が入りましたよー」
キリエラが買ったばかりのティーカップに良い香りのする紅茶を入れ、スコーンと一緒にテーブルへと並べる。
「む! これはすまない」
「あ、ボクにもちょうだいよー! ポコーお願いー!」
アエーラは即座に椅子に座ってスコーンを頬張りはじめ、ピピルはアエーラに全部を食べられまいと、スコーンを抱え込んでボクの方へと持ってくる。
ボクがスコーンを細かくしてお皿の上に置くと、ピピルはテーブルに座り込み、小さくなったスコーンを両手に持って食べ始めた。
「フフフ、そんなに焦らなくても沢山ありますので」
キリエラはそんな二人の姿を見て、楽しそうに微笑んでいた。
「キリエラは気が利くんじゃのぅ」
「そのようですね」
銀鈴はソーサーを胸元に添え、香りを確かめてから、ゆっくりとティーカップに口をつける。
優雅で気品あふれる姿に見惚れてもおかしくないと思うが、それは普段の姿を知らなければの話である。
赤雷も同じように紅茶を飲んでいるのだが、ティーカップが小さく見えて、何故だか少し可愛く見えてしまった。
すぐに解散するつもりが、ほのぼのとした雰囲気に時間が経つのを忘れて楽しんでしまう。
部活のこれからについての話をするが、銀鈴とアエーラは「ポコにまかせる」と、特に自分から活動をする気はなさそうである。
暇があればここに来ると言っていたので、何か頼めることができたらお願いしようと思う。
キリエラは魔方陣についての研究を進めたいそうで、キュドがいるときには色々と話を聞きたいと言っていた。
キュドには、前もって研究熱心な生徒が部員になったと説明をしてあるので問題ないと思う。
ボクはというと皆がいるときには生物図鑑作りを、誰もいない時には新しい魔法を試そう思っている。
授業の復習もここでできるし、何だか部室に入り浸りになってしまいそうである。
完全に日も暮れてしまい、解散しようとしたときである。
ピピルがボクの肩に止まり、こそこそと話しかけてくる。
「ねえねえ? ガロウは呼んじゃダメなの?」
少なからず考えていたことをピピルがボクに提案してくる。
確かにここであれば人目に付くことも無いし、ガロウであれば下手に見付かる様なことは無いと思う。
ボクはキリエラを横目にどうしたものかと少し悩む。しかし、遅かれ早かれ連れてくるならば、今のうちに少し話しておいた方が良いと結論付けた。
でも、どう説明したら良いのだろう……
人狼だのワーウルフだのと言って大丈夫なのだろうか?
少し大きなオオカミと誤魔化しても良いのかもしれないけど、それで通用するかは難しい所だと思うし……
『少し大きなオオカミは、流石に無理がありますね』
デスヨネー。
それにそれだとガロウが喋れない事になるよね。
【何を話しても大して変わらん。そのまま人狼で良かろう?】
あら随分軽くおっしゃいますのね。
まあ、キリエラ先輩なら騒ぎ立てることは無いだろうし……
この先の事も考えたら少しづつ話しといた方がいいかもしれないね。
「うん、ガロウに来てもらっても問題ないと思うよ」
ボクはピピルだけでなく、皆に聞こえるようにそう答える。
「やったー! 久々にボクの寝床が戻ってくるー!」
ピピルは部屋を飛び回りながら「ヒャッホー!」と言ってはしゃいでいるが、ガロウと言うより寝床の事を考えていたのかと思うと何だか切ない。
「ここなら人目にも触れることは無いでしょうね」
「ウム、移動にさえ気を付ければ問題なさそうだな」
アエーラと赤雷も問題ないと思っているようで、心配する様子は見られない。
「暗い間に行動すれば平気だと思いますし、後はキュドさんに任せれば大丈夫かと」
キリエラは何の事だかわからない様で、首をかしげて頭にハテナマークが飛んでいた。
「皆さん何の話をしているんですかー? 寝床だの、移動だの……新しい部員さんかと思いましたが何か違うようですし……」
「クフフッ、キリエラに説明するのは大変そうじゃの?」
キリエラは想像力を働かして考えているが答えが出るはずもなく、銀鈴がその様子を面白そうに笑っていた。
「えーと、何と説明すればいいのか……」
ボクも何と切り出せばいいのか難しく、少し悩んでしまう。
【よし! ポコのお手並み拝見といこうか!】
お、おう。上手く説明できるかは分かりませんが……
「あの、先輩って魔物に詳しいですか?」
「あー、なるほどー。またピピルちゃんみたいな仲間が増えるわけですね。しかも今度は魔物ですかー」
【クハハ! 相変わらず下手くそだな! バレバレではないか!】
いやまあ……
他に言いようが思いつきませんで……
キリエラはウンウンと頷いたあと、何か考えているような表情を見せていた。
「あ、言葉も通じますし、すごく温厚ですから心配はいりませんよ?」
「それは皆さんの様子で分かってますよー。いえ、そんな知り合いばかりいるポコさんは一体何者なのかなーと?」
「え? いや、ボクは普通の人間ですけど……」
そう答えても、キリエラのボクを見る視線は訝しげである。
まるでボクが人間ではないと思われているようで、ちょっと悲しい。
「ポコは人間だよねー! 少し普通と違って変だけど!」
「うむ、少し変じゃが人間だと思うぞ?」
ピピルがフォローしてくれるが、語尾のオマケはいらないと思う。銀鈴に関しては、変が先行している上に疑問形である。
しかも何故だか赤雷とアエーラが頷いているのが余計にショックである。
「ふーん? 皆さんがそう言うなら、そうなんでしょうねー」
キリエラの言う「そう」が何を指しているのか気になるが、取り敢えずは納得してくれた様なので良しとしておく。
話が反れてガロウの説明が終わってしまったが、魔物だと理解してもらえたなら十分である。
ガロウのことは、赤雷からキュドへと伝えてもらうようお願いしておいた。
こうして部活初日は平穏に終わりを見せたのである。




