部活2日目
次の日の放課後、皆が部室で集まっている時にキュドが訪れる。
「ホホウ? 中々に良い部室ですなぁ……ワシにはちと階段がきついですがの……」
「あ、キュドさ……じゃなかったマイオール先生」
「グフフ、何だかこしょばゆいですぞ。いつも通りでお願いしますじゃ」
キリエラがいるからと気を使って言い方を変えてみたが、その違和感に顔を見合わせて照れ笑いをしてしまう。
初対面であるキリエラを紹介しようと振り向くと、既に姿勢よく立ち上がり、少し緊張した面持ちでキュドの事を見つめていた。
「キュドさん。こちらがキリエラ先輩になります」
「ホホウ? 優秀そうな学生さんですなぁ」
キリエラはキュドの前に歩みでて丁寧に深々とお辞儀をする。
「はじめましてマイオール先生、三年のキリエラ・ルネールと申します。若輩者ではありますが、魔法研究のために入部させていただきました。どうぞよろしくお願いいたします」
「これはご丁寧に。ワシはキュド・マイオール。ただのしがない研究者ですじゃ。みなと同じくキュドと呼んでくだされ」
キュドもペコっとお辞儀を返すと、キリエラは首を振って答えを返す。
「イイエとんでもない。マイオール先生のご高名はかねがね承ってます。研究だけでなく闘神祭に、冒険者としての活躍。つい先日にはアルドの洞窟を攻略したと……是非とも話を伺いたいと思っておりました」
「あ、いやいや、ワシはただサポートしただけですのじゃ」
キリエラはキュドの言葉を謙遜と受け取ったのか、感心した面持ちで頷いていた。
銀鈴とピピルが、こちらを見ながら「本当はポコなんだけどね」と言いたそうな表情でニヤニヤするのは止めてもらいたい。
「さて話は色々ありますが……まずはガロウの紹介ですかな?」
「あ、連れてきてくれたんですか?」
「外で身を隠して待っているそうですじゃ。準備が出来たら呼んであげてくだされ」
キュドは後のことをボクに任せると、ちょこちょこと奥へと進み「よっこらせ」と椅子に座って休憩していた。ここの長い階段を登った後で休みたい気持ちは良く分かる。
「キリエラ先輩、準備は良いですか?」
「え? 何の準備ですか?」
魔物であるガロウとの対面が大丈夫かと確認したつもりであったが、キリエラはむしろ楽しみにしている様子である。
【ワシはキリエラの反応の方が楽しみだがな】
いやいや、キリエラ先輩ですよ?
面白がるような反応は見れないと思うのですが……
『万が一が無いとは言い切れません。用心はしておいてください』
え、キリエラ先輩ですよ?
まあシロさんがそう言うのなら……
一応は気を付けて様子を見ておきましょう。
ボクは窓から顔をだし、暗くなった周囲に目を向ける。
周囲に人はいないようで、もちろんガロウの姿も見当たらない。
この暗さであれば離れた所で見られたとしても大丈夫だと思う。
「ガロウー! 大丈夫だよー」
ボクの声に反応して、少し離れた森の茂みがガサガサと動くのが確認できる。
ガロウは葉を分けるようにして顔を出し、鼻をひくひくとさせて臭いを嗅いでいた。
「ウオン!!」
周囲に人がいない事を確認したのか、返事をするように鳴き声をひとつあげると塔に向かって一気に駆け寄ってくる。
こうして上から見る機会など無かったが、颯爽と駆けるガロウの姿は何とも凛々しいものである。
あれなら誰かの横を通りすぎても、大きな影が風と共に横切った位にしか分からなそうだ。
それにしても……あらあら……?
ガロウくんのスピード速すぎませんかね?
ガロウの走る姿を眺めていたが、塔が近づいているのに速度を緩める気配がない。
あわや激突するんじゃないかと思った矢先、ガロウはそのままで勢いで塔の壁を駆け上がってきた。
ワーオ!!
なるほど。塔の壁は少し傾斜があるし、行き追い付ければ登れるかもねー。
って、いやいや、そう言う事じゃないんですけど……
【ガロウの奴! 中々の演出を考えたな!】
クロさんじゃあるまいし……
それに誰も見てないじゃないですか……
単に一番早く辿り着く方法を取っただけだと思います。
ボクは邪魔にならないように窓から距離を置き、ガロウの到着を待つ。
ガッ! ガッ! ガッ!!
壁に爪の掛かる音が近づき、段々と大きくなる。
何が起きているのか分からないキリエラは、少し不安そうな表情を見せていた。
ガッ!!
最後に大きな音が聞こえると同時に、窓枠には大きな獣の足が掛けられる。
次の瞬間、ガロウは部屋へと飛び入り、椅子を吹き飛ばしながらテーブルの手前に着地する。
ボクを見ながら「ハッ、ハッ」と息を整えるように呼吸をしており、落ち着いたところで頭を下げて口を開く。
「ポコ様、お待たせしました」
「ハハ、まさか壁を駆け上がってくるとは思わなかったよ」
ボクは顔を摺り寄せてくるガロウの首を撫でる。
ガロウはそのままキリエラを見据え、伏せるような体勢をとっていた。
「キーター! 極上の毛皮だよ!」
ピピルはガロウの頭に飛び乗ると、そのまま毛の中にモゾモゾと体を埋めホクホクした顔で寝転んでいた。
アエーラもキュドの家を訪れることもなかったので、ガロウと会うのは久しぶりである。懐かしく思ったのか、ガロウを見る表情は少し笑うかのように緩んでいた。
「派手な登場じゃのぅ……」
「まあキュドの家に籠ってあまり運動もできませんでしたからね」
赤雷と銀鈴は先程と変わらぬ様子でガロウを見ており、何だか素っ気ない様にも思える。
とは言っても、赤雷は毎日、銀鈴もたまに会っているのでリアクションが薄いのは当然である。
問題のキリエラはどうなのかと思ったその時である。
「キャアアアア!!」
「「え!?」」
突然の叫び声に、皆が驚いて振り替える。
声の先にいたキリエラは、身を縮める様にして目一杯の叫び声をあげていた。
「キリエラ先輩!?」
シロには言われていたが、まさか本当にキリエラが叫び声をあげるなんて思いもしない。
落ち着かせなければと近づこうとするが、ボクが動くよりも先にキリエラは走り出してしまう。
出口では無くガロウに向かって。
「キャー! かわいー! もふもふしてるー!!」
キリエラはガロウに抱きつき、毛に顔を埋めて満面の笑みを浮かべていた。
その様子を見てピピルが毛の中からひょこりと顔を覗かせる。
「キリエラも分かるー!? 気持ちいいんだよー!」
「ええ! 毎日でもこの感触を味わいたいですねー!」
二人は意気投合してガロウの毛並みを楽しんでいるようであった。
ガロウはどうして良いのか分からず、そのまま身動きを取ることが出来ないでいる。
ボクも二人の楽しんでいる姿を傍観するしかなかった。
【ククク、この反応は予想の上であったな】
『まあ問題はありませんが……』
ボクの心配は何処へやら……
何事もなくて良かったですけどね。
「えーっと、キリエラ先輩? そろそろいいですか?」
「えっ? あ、はい、もちろんですよ?」
キリエラはハッとワレに返り、ガロウから離れると、咳払いをして身なりを整える。平静を装うが、少し頬を染めて恥ずかしそうな表情をしていた。
「ワタシの名はガロウ。プリエラ森林を根城にしていたが、今は訳あって皆と行動を共にしている」
「えっと、キリエラ・ルネールです。ガロウさん、よろしくお願いしますね!」
ガロウは鼻をスンスンと鳴らし、頷いていた。
キリエラは触りたいのを我慢しているのか、何だかウズウズとした様子である。
「クフッ、なんじゃキリエラは動物が好きなのかの?」
銀鈴はからかうような口調でそう言うと、ニヤニヤとしながらキリエラの方を見ている。
キリエラは先程よりも顔を赤くして「可愛い動物に目がなくて……」と消え入りそうな声で答えていた。
ガロウを可愛いと思う感性は、流石と言うか、変わっているというか……
そんなに触りたいなら触ればいいとは思うけど……
「ガロウ。触っても平気だよね……?」
「ポコ様がそう言うならば問題ありません」
「良いんですか?」
キリエラは目を輝かせて喜び、今度はゆっくりとガロウの身体に触れる。
毛並みを確かめるように撫でると、ボクの方に振り向いてニコニコとしていた。
「えーっと、説明していませんでしたが、ガロウはワーウルフと呼ばれる種族になります」
「え? そうなんですか? 何か想像とは全然違いますねー」
「多分それは満月の夜の話ですかね? 普段は温厚で知的な種族ですよ」
キュドはボク達の話を聞いてポンと手を叩き、何か思い出したように口を開く。
「あ、そうですじゃ。満月の日の対処が分かりましたぞ」
「え? ホントですか?」
キュドは時間がある時にガロウの話を聞き、対処方法を考えてくれていたそうである。
ガロウの話から満月を見なければ問題が無いと分かったそうで、単純に満月の光の入らない場所でジッとしていれば良いとのこと。
森で暮らしていた時には難しいけど、建物がある所であれば簡単に対処できるそうだ。
もし満月を見て狂暴性が増したとしても意識はあり、攻撃対象を指定する事くらいは出来るそうである。何かあった時にはキュドを対象にしてくれれば対処できると言っていた。
「じゃあ満月の日は建物の中でじっとしてればいいんですか?」
「そうなりますじゃ」
「ヘー、どういう原理なんでしょうねぇ?」
「うーむ……満月には何か違いがあるのですかのぅ? ただ満月の日は血が騒ぐと言っておりましたから、他にも要因があるとは思うのですじゃ」
キュドは視覚以外にも幾つかの要因が重なることで狂暴化すると推測しており、要因が1つでも欠ければ問題ないと考えているそうだ。
他の要因が分かれば、
満月を見ても平気な方法も見つかるだろうと言っていた。
「なるほど……何だか部活に相応しい内容ですね」
「ホッホ、確かに。普通であれば知りえぬことですからな」
考えてみると皆に種族の生態のことなど詳しく聞いたことが無いと思う。
人狼が満月の日だけ狂暴性を増すことや、鬼人の性別による違い。ハーピーが食欲旺盛なこと。全てクロとシロに聞いたから分かったことである。
折角身近に色んな種族がいるのだから、生物図鑑の作成は皆のことから始めたい。もちろん皆が問題無いと言ってくれればだけど。
『実際に見た魔物でなければ、本当の意味での理解はできませんからね』
そうそう、ゴブリンだって想像とはやっぱり違ったもの。
あー、でも話しが出来ない魔物だと難しいかもなぁ……
『その時にはワタシも協力させていただきますよ』
シロ先生! ありがとうございます!
【フム、クロ先生も手伝ってやらんこともないぞ?】
あ、クロさん。
おねやいしゃーす。
【オマエに何か教える事は今後一切無さそうだな】
うそうそ!
冗談ですってば!
クロ先生! ご協力お願いいたします!
【善処しておこう!】
お、おう……
ありがとうございます……?
でいいんだよね?
取り敢えず、ガロウが建物内に居れば問題無い事が分かっただけで十分な情報である。
「よかったね、ガロウ」
「ありがとうございます。これでポコ様の傍にいることができます」
ガロウは大きく尻尾を振って嬉しそうにしていたが、そんな様子をキリエラが不思議そうな表情で見つめていた。
「んー? なんでポコさんの事を様付なんですか?」
「ワタシはポコ様に助けられて忠誠を誓った身です」
「へー? そうなんですかー?」
ガロウもそれなりに考えてくれてはいたようで、ごく簡単にさっくりと答えてくれた。
詳しいところを聞かれたら説明がややこしくなりそうだが、まあその時はその時である。
普通に考えれば魔物が人を様付にしていれば疑問に思うだろう。ボクもキリエラがいるのに様付はどうなのかと思っていたけど、ガロウとしては譲れないところなのかもしれない。
それにしてもガロウはボクに忠誠なんて誓ったっけ?
【む? ポコの力になると約束していなかったか?】
え……?
確かにそれは聞いた気がするけど?
【ならば下に付くのであろう? 忠誠を誓ったと言っても過言ではないのではないか?】
エー!!
あれってそういう事なの!?
ちょ、ちょっとまってよ……
その言葉ちょくちょく聞いた気がするけど……
『別に構わないのではないですか? 何かあった時にはポコの助けになってくれると思いますよ?』
いやまあ、確かにそれくらいの気持ちだったんだけど……
そんな大袈裟なものだとは考えてなかったから……
【クハハ! 今更遅かろう! 別に何か変わる訳でもあるまいしな】
ウハ! あっさり言いますね……
まあ今更知ったところで何も変わらないのは確かなんだけど……
「ところでワシは何をすればいいんですかな?」
少し予想外の事を知って自分の世界へと入っていたが、キュドの言葉に我に返る。
「あ、一番は魔物の対処方法に関して……という名目ですが、キリエラ先輩の研究を見てくれると嬉しいです」
「ホホウ? ワシで分かる事であれば協力しましょうぞ」
キュドの言葉にキリエラは深々とお辞儀をしており、キュドは「そんな畏まらんでくだされ」と少し照れた笑いを見せる。
「早速ではあるのですが、この魔方陣の形を……」
「ホウ……? それはですな……」
キリエラはノートを開いてキュドに質問し始め、キュドは真面目に答えている様子であった。
「まるでキュドに弟子ができたみたいじゃのう?」
「それだけの実力派備えていますからね」
「何だかワタシも部下のことを思い出してきたな。今頃あいつらは洞窟で何をやっているのか」
「ん? 洞窟と言えば……あれ、何か忘れてるきがするー?」
皆はそんな様子を見ながら好き勝手に話をする。
ボクはベットで寝ているガロウへと寄りかかり、久々の会話を楽しんでいた。
「ポコ様、学園への道のりとは違い、ここの生活は平穏そのものですね」
「うん、この間までのことが嘘みたいだよね」
「刺激が足りなくはないですか?」
「んー? 皆とゆっくり過ごせる時間も楽しいと思うよ?少しは前みたいな刺激もほしいけどね」
ボクが笑いながらそう答えると、ガロウも声に出さずに少し笑っていた。
昨日と同じような楽しい時間を過ごしていたが、夕飯時が近づいてくるとアエーラが席を立つ。
「あれ、ちょっと早くないですか?」
「む……実は昨日少し遅れたのだか……メニューが1つ無くなっていてな……くっ……」
そこまで悔しがる事なのかと思うのだが……
相変わらず食べ物に関しては敏感である。
皆もアエーラにつられ、順々に部室を後にする。最後にはボクとガロウだけが残された。
「ガロウはどうするの?」
「外に人の気配を感じますので、暫しここに残ろうかと思います」
「じゃあ窓を開けておくから自由に出入りしてね」
「お気遣いありがとうございます」
窓を開け、ガロウに別れを告げると部室の鍵を閉める。
塔の階段を下まで降りて、扉を開けると辺りは既に真っ暗であった。
もともと人通りのない場所で外灯は設置されておらず、遠くに見える明かりを頼りに歩を進める。
ガロウは人の気配がすると言っていたけど、辺りに人がいるような様子は無い。
まあ特に気にすることでもないかと食堂に向かい、ゆっくりとした夕食を済ませるてから自室へと帰ってベットの上に横たわる。
んー、最近部活の事ばかりだったし、そろそろ復習もちゃんとやらないといけないよね……
【オマエはまだそんな事を……さっさと諦めろ!】
な、何をいきなり……
ただクロがつまらないから嫌なだけじゃないですか……?
【ホレ、今まで遭遇した魔物のことをだな、忘れんうちに書き留めねばならんのではないか?】
あ、それは確かにねー……
って完全に誤魔化してるじゃないですか!
復習もちゃんとやりますよ……
『今は部室も騒がしく、勉強どころでは無さそうですね』
【ウム! まだ落ち着いておらんからな。もう少し待ってみてはどうだ?】
まあ部室を手に入れたばかりだしねー。
じゃあ、意味違いの真名をまとめる位にしとこうかな?
あれなら騒がしくてもできるし。
【フム……妥協ラインと言ったところだな。許してやろう】
お、おう……
ありがとうございます……
暫し二人とそんな話していると、段々と眠気に襲われる。
特にシロの優しい声には安堵感を覚え、聞いているとウトウトとしてしまう。
『ポコ……おやすみなさい……明日も……楽しい……』
【フム……大分疲れていたよう………】
『……今はまだ……ゆっくりと……』
【そろそろ…………】
『いえ……』
【……】
朦朧とした意識の中で二人が何か話しているように聞こえた気もするが、その日の記憶はそこでプッツリと途切れてしまった。
まったりまったり……
そろそろ騒がしい展開に転がりそうな気も……




