アレアドル王国
村を出てから約10日、ボク達は人道を外れた荒れ地を進んでいた。
「んー、いい天気だねー!」
ピピルが伸びをしながら、ガロウの毛皮に潜り込む。
数日前までは森の中を進んでいたので、日の光は木漏れ日程度にしか感じなかったが、今は眩しいほどの日差しを感じる。
ピピルが棲んでいた洞窟は、光はあっても太陽ではない。
日の光がこんなにも温かいものだとは、知らなかったと言っていた。
山の麓は比較的ゆるやかな坂道になっており、ガロウも軽快な足取りを見せる。
入学式まで約1週間、この調子であれば無事にたどり着くことはできるであろう。
ここまでの道中、問題が何もなかったかと言うと……実はそうでもない。
ひとつ計算外だったのがアエーラの存在……食料問題である。
村長からも沢山の食料を譲ってもらい、お店でも残金の殆どを使って3週間は余裕でもつはずの量は買い込んだのだが……
現在、残っているのはごく僅か、もって後2日と行ったところだ。
ここまで来たら心配もいらないが、食料の半分が消費されたときには、アエーラの胃袋を甘く見すぎていたと反省したものである。
上を見上げれば、2羽の鳥が優雅に空を飛んでいる。
1羽は皆を乗せた風鷲フウラ、そしてもう1羽がアエーラである。
アエーラは時々降りてきては、先の様子を教えてくれていた。
少し前には大きな建物が見えてきたと言っており、ボクは王国が近づいてきたことに興奮を隠せなかった。
「おーい、ポコやー!」
銀鈴の元気のよい声が上空より聞こえ、見上げるとフウラが地上へと近付いてきている。
ガロウが足を止め、皆がフウラから降りてくる。
アエーラは地上に降りると、直ぐに人の姿へと変わっていた。
「何かあったんですか?」
「いやの、キュドがそろそろ歩いた方が良いと言っておっての」
銀鈴がそう言うとキュドが言葉を付け加える。
「そろそろ人目につく可能性がありますじゃ、騒ぎになって王都に入れないでは困ってしまいますからな」
そりゃ入口付近に魔物が降り立つわけにはいきませんからね。
ってことは王都が直ぐそこにまで近付いたわけですな!
「後どれくらいなんですか?」
「歩いて2時間弱と言ったところですかな。そこの崖から見えると思いますぞ」
キュドはそう言って、地面が途切れた場所を杖で指し示す。
「見たい見たい!」
先程まで眠そうにしていたピピルがひょっこりと顔を出し、ガロウの頭に股がる。
キュドが示した場所に近付くと、建物の先端らしきものが見え、崖にたどり着いた時には下に広がる景色と共にその全貌が明らかとなる。
誰もが一目で分かる建物。
今までに見たことが無くとも、間違えることは無い。
「ひゃー! あれがお城!? 大きいねー!」
ピピルが大声をあげて跳び跳ねている。
「城ってあんなに大きいんだ……」
ボクの口からも自然とそんな言葉がこぼれ出ていた。
今までに本や昔話で話は聞いたことがあるし、かなり大きいということも認識はしている。
しかし目の当たりにすると、自分の想像力の無さを痛感させられた。
天に届くかのようにそびえ立ち、幾つもの塔が組合わさったような構造で、外見からでは中がどうなっているのか想像がつかない。
中に入ってみてみたいと思うけど、さすがにそれは無理なのだろう。
そして城だけでなく街の広さにも驚かされる。
建物は地平線に続いているかと思える程に建ち並び、その周囲をどこまでも続く城壁が囲っている。
地区ごとで分れるように屋根の色が変わっており、綺麗な模様のように見える。
ボクの村など地区ひとつの10分の1にも満たないと思う。
これから暫くここに住むのかと思うと、自然とワクワクとしてきた。
王国が近付いてきたことで、ガロウと1度別れることになった。
元々、王国までとの約束であったが、できればボクの近くにいたいとのこと。
しかし、見る人がみれば人狼と分かってしまうかもしれないし、ただの大きな狼だと思っても町中を歩いていたら注目の的になってしまう。
「ならワシのところに来るといいですじゃ」
ボクが考えてる事を察したのか、キュドがそう言ってくれた。
心配なのは満月の明かりで狂暴になる事だが、キュドにそのことを伝えると、対策が無いか考えておくとの事だった。
流石キュドさん! 頼りになります!
「ではポコ様、落ち着いた頃にまた……」
ピピルが毛皮に顔を埋めて、暫しの別れを惜しんでいた。
ガロウと会えないのが寂しい……と言うよりはお気に入りの寝床が無くなってしまうのが寂しいのだと思う。
ガロウと別れた後、崖を迂回して人道へと向かう。
人の往来も多くなり、すれ違う人種も様々、異国の服に身を包む銀鈴や赤雷に対しても差ほど興味を示している様子はなかった。
城壁が段々と迫ってくると、その大きさに再度驚かされる。
「近付いてみると尚更でかいのう!」
「ホントだねー! どうやってつくったのかなぁ……」
銀鈴とピピルが興奮したような声をあげ、ボクはむしろ言葉が出てこなかった。
【それだけ脅威にさらされてきた、ともとれるがな】
な、なるほど……
なかなか奥深い言葉ですね……
城壁の門に近付くと関所らしきものに列が見え、守衛が馬車の荷物を調べているのが見える。
たいした荷物を持っていない者も、何か話してから中に入っているようだった。
「荷物なんて調べてどうするんですかね?」
「物によっては税金が掛かりますからな」
キュドの答えを聞いて納得する。
他にも大量の武具の輸出は、他国への戦力や技術流出を防ぐなどの理由から厳しく調べられるとも言っていた。
やはり王国ともなると出入国に関して厳しくもなるのだろう。
何だか少し心配になってしまうが、キュドが「まったく問題ないと思いますぞ」と言っていた。
そこまで断言するのならば大丈夫なのだろうけど……
それでもやはり心配になってしまう。
「次の者」
守衛に呼ばれ、ボク達が進み出る。
「入国理由は?」
「ボクは……学園へ入学するために来ました……」
「ワシは冒険者じゃ。後ろはその同行者じゃな」
キュドは慣れた感じで、皆の事もまとめて説明してしまう。
守衛は手元の紙をパラパラとめくり、皆の顔を見回しているようだった。
「良し、通っていいぞ」
あっさりと通されてしまい、何だか拍子抜けである。
「少し緊張してたんですけど……随分簡単に通れるんですね」
「手配犯の人相と比べる程度ですからな」
キュドが言うには冒険者などは出入りも多く、細かく調べるのは難しいそうだ。
ただし、犯罪者の入国や逃亡を抑制するのには役に立っていると教えてくれた。
「まあ魔法で姿を変えられてしまっては、手の打ちようがないのですがな」
そう言葉を付け加えると笑っていた。
門を通り抜けた後に、アエーラがボクに問いかけてくる。
「先程の話だと、ポコは学園と言うところに行くのか?」
「ええ、魔法を学ぶために」
「そ、そうなのか……ううむ……」
アエーラは何か言いずらそうにしていたが、意を決したように聞いてくる。
「その……学園とは一体どんな所なのだ? ワタシも行けるのか?」
な、な、な、何ですと……?
聞き間違いだろうか……
アエーラが学園にいきたいって……
「あれ……アエーラさんは諸国の食べ歩きをするんじゃ……」
「ま、まあ、それもあるのだが……如何せんワタシは人の世に疎い、もっと学ばねば一人では……」
「なんじゃ? アエーラも学園にいきたいのかや?」
銀鈴が脇からひょこりと顔を出して、話しに混ざってくる。
「アエーラも……と言うことは銀鈴も学園に?」
「うむ! ポコが行くと言っていたからの!」
な、なんだこれ……
ボクの学園生活ガガガ……
【クックックッ! 面白くなってきたな!】
全然面白くないよ!
『けれど、どちらにしても二人に入学は無理なのでは?』
それはそうだと思うけど……
でも学園についてこられても困るわけだし……
「ほう? お二人とも学園に入りたいのですかな? しかしあそこは年齢が制限が……それに魔物が入ったと言う話は聞いたことがありませんな……」
ナイスキュドさん!
もっと言ってやってください!
「突然に行っても、やっぱり無理ですよね?」
ボクもすかさずキュドの意見に乗っかるが、銀鈴の表情は特に変わらない。
「聞いてみないとわからんじゃろ?」
むしろ首を傾げてこの反応であり、学園で断られても粘りそうな雰囲気である。
アエーラは良く分かっていないようで黙って話を聞いている。
赤雷は目を閉じて腕を組み、いつも通りの我関せずと言った仁王立ちである。
「よし! わかりましたじゃ!」
キュドが突然に声をあげ、皆の視線が集まる。
「ワシの準備が整いましたら学園の知り合いに頼んでみますぞ」
ちょちょちょ!
何言ってくれてますの!?
学園に知り合いまでいるとか頼りになりすぎですよ!
「い、いやでも……」
「おー! 流石はキュドじゃ!」
「それはワタシも頼んでもらえるのか?」
「えー! じゃあボクも行きたいよー!」
ボクが慌てて違う理由を言おうとするが、時すでに遅し。
銀鈴とアエーラは可能性が見えた事に喜び、ピピルまでのって来る始末である。
「ただしですじゃ、それで無理なら諦めてくだされ」
キュドはそう言ってボクの方を向いて頷いていた。
おや……? もしかして……
キュドさん二人を上手く諦めさせる方向に……?
ここぞとばかりに赤雷がカッと目を開き、キュドの話しに言葉を付け加える。
「姫様、キュドの知り合いに頼んでも無理であれば、どう頼んでも無理なのでしょう。その時には1度国に戻り……」
「うむ、わかっておる」
赤雷がボクに向けて良しと言わんばかりに親指を立てており、苦笑いでしか返すことしかできなかった。
まあボクとしても上手く行くことを願うしかない。
「ではワシは住むところを探そうと思いますじゃ。ポコ様は学園へ、皆は一緒についてきて下され」
キュドの提案に皆も賛成してくれる。
別れがけにキュドは学園の場所を教えてくれ、家が決まったらギルドに言付けを頼んでおくと言っていた。
「実際どうなるかは分かりませんが、これで駄目なら諦めるでしょうな」
最後に皆に聞こえないような声で、そう耳打ちしてくれた。
なんて頼りになる男なんだろうか……
【キュドめ……中々にやりおるな!】
『年の功とでも言うのですかね、ポコも見習うと良いですよ』
ハイ!
参考にさせていただきますっ。
こうして皆と別れ、久々に一人で行動する事になる。
──現在、ボクはあの大きな城の目の前にいる。
なんでここにいるのかと言うと、城の近くに学園があるそうなので、目印代わりに城に向かって来たのである。
城は周りを水路で囲まれており、中に入るには正面の橋を通らなければならないようだ。
外から見える壁の装飾も華やかで、柱の一本一本が、まるで彫刻の様である。まるで城全体がひとつの芸術品と言えるのではないだろうか。
いつまでも見ていたいとさえ思ってしまう。
『見惚れるのも良いですが、まずは学園に向かった方が良いのではないですか?』
おっと、いけないいけない。
こんなことしていたら夕方になっちゃうね。
シロの言葉で我に返り、水路の周りを沿うように歩いて学園へと向かう。
周りは比較的大きな建物が所々に見受けられ、歩きながらもキョロキョロとしてしまった。
周りの人から見たら田舎者丸出しのようで、すれ違う人にクスクスと笑われてしまった。
【さっさと学園に向かわんか! どうせ何年もここで過ごすのだぞ!】
ハ、ハイ、すいませんでした!
クロに怒られ、少し足早に学園へと向かう。
キュドから学園は城の後ろ側にあり、行けばわかると聞いていたのだけど、ここまで大きな建物が並んでいるのに分かるのだろうか?
分からなければ誰かに聞けばいいだろうと思っていたが、実際に城の裏手に周ってみると、キュドの言っていたことが理解できる。
広い敷地が高い塀で囲まれており、その中心にはお城にも似た建物が建っている。
門からはローブを纏う若者が出入りしているのが見え、あそこが学園なのだろうと予想がついた。
なるほどー。
そりゃ学園なんだから学生が目印ってことか。
学園が見えてきたことで少し興奮して、門まで駆け出してしまった。
門は大きく、見上げるとアーチ部分にアレアドル王立中央学園と書いてあるのが確認できる。
その文字を見て、ようやくたどり着いたんだと実感した。
門を前に興奮していると、守衛と思われる中年男性に声をかけられた。
「もしかして新入生かい?」
「あ、はい、さっき町についたばかりで」
「ハハ、こりゃまたギリギリに辿り着いたもんだな」
まあ確かに……
本当であれば2ヶ月前には着く予定だった訳で……
入学式の一週間前に辿り着くような人はそういないんだろうね……
「あそこの建物入ると受付があるからな、そこで手続きができるぞ」
守衛のおじさんは、遠くにある立派な建物を指さして教えてくれる。
「ありがとうございます!」
ボクはお辞儀をすると、建物まで駆け出していた。
学園にある建物は、どれもかなり古そうであるが伝統的な建築といった雰囲気が感じられる。
目の前にそびえ立つ建物はお城にも似た豪勢な作りであり、普通の建物よりは遥かに高い。
平面に広く造られているようで、大きな部屋が幾つもありそうな感じだ。
入口を抜けると広いホールになっており、所々に柱が立っている。天井はかなり高く、2、3階分の吹き抜けになっているのだと思う。
受付と言われても見渡した感じでは見当たらない。
少し迷いながら奥の方へと進むと、突き当たりの大きな窓から中庭が見えた。
中庭は建物で囲まれており、学生達の憩いの場にでもなっているのだろう。
入口に戻って横へと続く通路へと進むと、光がもれている部屋が見える。部屋の窓から中を覗くと事務仕事をしている若い女性が見えた。
「あの……入学の受付ってここでいいんですか?」
中の女性が声に気付いてこちらを向く。
「あら~、もしかしてポコ君かしら?」
「えっ? あ、はい、そうです」
初対面の相手に名前を呼ばれて驚いてしまう。
「何で分かったのって顔をしてるわね。でも当然よ~、一番最後ですもの」
少しホンワカとした口調でそう言ってきた。
「あ、やっぱり最後ですか……」
「それにフィリオ君が何度か聞きに来てたわよ~、君がまだ来てないのかって」
「え、フィリオが?」
フィリオが心配してくれてたんだ……
久々に会えるのは嬉しいけど、どんな顔で会えばいいのやら。
でも色々と聞いておきたいことはあるし……
「どこにいったら会えますか?」
「コラコラ、まずは入学の手続きでしょ? それに三年生は今の時期、実習に出てるわよ~」
優しい口調で当然の注意をされてしまった。
目の前にドサリと書類の束が置かれ、その横に黒いローブが並べられる。
その場で書類の内容を確認すると、入学や寮の入居に関する書類と、一年生の予定表に学園案内に地図などがあるようだ。
「書ける物はここで書いてもらえるかしら? あ、先に写真をとらないとね~」
……これは確かにやることが色々とありそうである。
写真を撮った後に入学と入寮の書類を書き始める。
氏名、生年月日、出身などに加えて家族構成などなど、寮に関しても同じ様な内容が多々あり結構手間どってしまう。
やっとの思いで書き上げて受付の女性に渡す。
「はい、御苦労様。え~と……うん、うん、問題無しっ」
慣れた手つきで書類の要点をササッと確認し、大丈夫だと笑いかけてくる。
少し待たされた後、生徒手帳と制服と思われる黒いローブを受け取り、くるくると丸められた1枚の紙を渡された。
「その書類を寮の管理をしてるマルグリッド先生に渡してもらえるかしら~?」
そう言うと地図を指差して場所を教えてくれた。
寮の場所は今いる建物より少し離れているようである。
「ありがとうございます!」
「分からないことは何でも聞いてね~」
ペコリと頭を下げ、受付を離れて外に出る。
書類を書くのにも結構な時間を使ったようで、既に夕陽が差し掛かっていた。
そう言えばフィリオの事を聞くのを忘れてしまったが、当然寮に住んでるはず。入学式までには会えるだろうと考え、少し足早に寮へと向かった。
それにしても広い敷地だね……
色んな施設もあるみたいだし、地図が無ければ間違いなく迷子になってるよ。
【それだけ国も力を入れているのだろうな】
『早期から魔法を扱える才能を持つという事は、国の要人となる可能性があるのでしょう。そんな貴重な人材を育成するのですから当然かもしれません』
なるほど……言われてみれば確かにそうか。
どこに行っても魔法が使えるってだけで優遇されるだろうし……
じゃあボクもそんな可能性があるってことかな!
【クハハ! 頭が使えなければ無理だと思うぞ?】
酷い言われようじゃないですか……
まあ特別に何になりたいって職業があるわけじゃないけど。
むしろ今は魔法の事をもっと知りたいって気持ちの方が強い訳だし。
【その考えのまま出ていく者もおるだろうな。優秀な者程変わり者も多い、キュドをみれば分かるだろう?】
あー、まったくもって役職なんかに興味無し。
魔法の探究一筋という印象しか受けないかな。
『魔法を学び、自分に出来ることを考え、何を成すかを考えれば良いのですよ』
まずは学び、それから考えろってことですかね。
そんな話をしながら歩いていると、受付の女性に教えられた場所に辿り着く。
中央にあった建物とおなじく伝統的な古い石造りで、図書館にも似た3階建ての大きな建物である。
随分と立派な建物に見えるけども、これが寮なのかと疑ってしまう。
立派な両開きの扉を開け、中へと入る。
奥が比較的に広い部屋になっており、幾つものソファーとテーブルが目にはいる。
正面の突き当たりには火が焚かれた暖炉があり、部屋の中を暖かく保っていた。
左右の壁にはぎっしりと本が並び、手にとって読んでいる者もちらほら見られる。
中央のテーブルを囲んで数人が楽しげに話しており、ボクが入ってきたのを見て少し目を向けるが、気にする様子は特にない。
どうやら談話室になっているようで、学生の憩いの場所でもあるのだろう。
入口の右側には部屋があり、配置的にも管理人が居そうな雰囲気である。ここが寮長のいる部屋なのだろう。
「失礼します」
ボクはドアをノックしてからドアを開ける。
「誰だね……」
中にはいると気難しそうな男性が机に向かい書き物をしていた。
鋭い目付きで一瞬だけこちらを見るが、筆を置くことはせず、そのまま視線を机の上に戻す。
灰色の髪を全て後ろに流し、片方だけの眼鏡をしており学者といった風貌である。
スーツにも似た服装に、顎には輪郭に沿うような整った髭を生やし、身なりに気を付けていることが伺える。
雰囲気からは50代半ばと言ったところだろう。
「あの……受付でマルグリッド先生に入寮の書類を持っていくように言われたのですが……」
そう聞くと筆を止めて、こちらに顔を向ける。
「新入生か、随分と遅い到着だが……私がバジル・マルグリッドだ」
ボクは机の前に進んで書類を渡すと、マルグリッド先生は眼鏡を上げてゆっくりと内容を確認しているようである。
「ポコ……コロネルか……君はフィリオの血縁か何かかね?」
「あ……同じ教会で育ちました」
「ここへの入学者を2人もだすとは、随分と優秀な教会なのだな……」
そう静かに話すと、書類を机の上に置いて席を立つ。
「来たまえ、案内しよう」
立派そうなマントを羽織ると、ツカツカと部屋をでて、建物の外へと向かう。
ボクもマルグリッド先生の後について外に出るが、今いた建物が寮だと思っていたので振り返ってしまう。
「あの……先ほどの建物は寮ではないんですか?」
マルグリッド先生は歩きながらボクの方にチラリと目を向け、顎髭を触りながら説明を始める。
「寮ではある。しかしあそこに入れるのは特別な者だ」
「特別な者……ですか」
その言葉を聞いて、少し考えてしまう。
うーん……貴族の出身とか?
それとも成績の良い人かな?
単純に家賃的な……でもそれだと特別って感じではないかな。
「いま考えてるであろう者達だな」
マルグリッド先生は歩きながら、ボクを見ないでそう呟く。それ以降は特に説明はない。
暫く無言で歩き続け、ひとつの建物の前で立ち止まる。
「ここが君の住む寮だ」
古い2階建ての木造造り、小さく、少し教会にも似た建物である。
壁にはびっしりと蔦がはり、中々に味があるとは思うが、今までとは少し毛色が違うような気もする。
中に入ると正面奥が半円形の談話室になっている。
先程よりはかなり狭く、天井も低い。真ん中にくたびれたソファーと、水平を保っていないテーブルが置かれ、奥の壁には火の付いていない煤けた暖炉が見える。
左右に通路があるが、かなり狭い間隔で四つの部屋の入口が見えていた。
【クハハ! 先程とは大違いだな】
ま、まあ……
無料で住めるのだから文句なんてありませんよ。
「右の一番奥の部屋を使うと良い……本来ならば二人部屋なのだがな……」
そう言うと鍵を渡してくれた。
二人部屋を一人で使えるなんて、運が良いのではと思ったが……
あの狭そうな間隔で二人部屋だと言うことに気付いて、むしろ驚きを覚える。
「トイレと風呂は共同、食堂は講堂の近くにある。」
「あ、マルグリッド先生! もしかして誰か寮に入るんですか?」
話し声が聞こえたのか、手前の部屋から一人の男の子が顔を出す。
「フム……丁度良い、色々と教えてあげてくれるかね」
「勿論です!」
男の子は元気良く返事をすると、部屋から出てくる。
「ではワタシは失礼しよう……」
マルグリッド先生はそのまま帰ろうとするが足を止め、何か思い出したように振り返る。
「フィリオも最初はここに住んでいた。今は先程の寮に住んでいるがね……」
寮の中を見回し、そう言ってから出ていった。
きっと頑張って結果を出せば報われる。少ない言葉ながらもそう伝えたかったんだろう。
「ボクはパンプ・パーマー! よろしく!」
金髪で青い瞳をしており、ボクより少し背が低く太めのコロコロとした体格をしている。
人懐っこい感じであり、ニコニコしながら握手を求めてきた。
「ボクはポコ・コロネル、よろしくねパンプ」
そう言って握手に応じると、少し苦笑いをしていた。
「えーと、出来ればパーマーって呼んでくれるかな……? あんまり自分の名前が好きじゃなくてさ……」
下を向きながら頭を掻いて、そんな事を言っていた。
「取り敢えずポコの部屋にいこうか! 色々と説明するよ!」
パーマーと共に自分の部屋にはいると、あまりの埃っぽさに鼻がムズムズとしてしまう。
左側には二段ベットが設置されており、右側に机が二つ並んでいる。ベッドと机の間には1人分位の間隔しかない。
予想通り……いやそれ以上の狭さである。
正面には小さな窓が一つあり、窓を開けて空気を入れ替える。
掃除を始めようとすると、パーマーも手伝ってくれるとのことで、その間に色々と説明して貰った。
この寮に住んでいるのは貧乏な家の子供達らしく、学生からはクレイ(泥)と呼ばれているらしい。
住んでいる人数も部屋の数より少ないそうで、すべて二人部屋だが二人住んでる部屋はない。別に運が良かった訳ではない様である。
大抵の生徒は親と共に学園を訪れ、寮選びの際にお金を出して違う寮を選ぶそうだ。
ボクは迷わず無料の寮を選んだが……他の選択肢がなかっただけとも言える。
パーマーの家もあまり裕福ではないらしく、ここしか選べなかったと言っていた。
今はボクを含めても10人程しか住んでいないらしく、新入生ではボクとパーマーの二人だけ。
パーマーはここに住む新入生が、自分だけだったらどうしようと思っていたそうで、ボクが来たことがかなり嬉しいようだ。
マルグリッド先生のいた寮は、王族や貴族、学校に寄付を行えるようなかなり裕福な家庭の子供しか入れないらしい。ゴールドと呼ばれているそうだ。
差別にもなってしまうかもしれないが、生活水準が違う生徒を他と一緒に生活させる方が、むしろ問題が起こるらしい。その点を想像すると納得がいく。
ただし成績の優れた者も入れるらしく、同じ寮で過ごした者とも繋がりが残り、その寮に居たと言うだけで就職面でかなり有利になる。
学園側も色々と考えた上でこのような形にしているようだ。
とは言え、もともとこの学園に入学できた時点で優秀な人しかいない。
クレイにいるからといって成績が悪いわけでもなく、ゴールドにいるからと言って成績が良いとも限らない。
もちろん少々の差別は出てしまうし、ゴールドに入るために一生懸命勉強をする人もいるわけで、その辺の考え方は人それぞれだと思う。
あらかた掃除が終わったあとに、二人でベッドに腰を掛ける。
「入学式が楽しみだよねー。早く自分のファルナの性質を知りたいなー」
「え? 入学式で分かるの?」
「ハハハ、ポコは本当に何も知らないんだね」
ボクの反応にパーマーは笑いながら説明してくれた。
入学式は6年生までの全校生徒が集合して行われるそうだ。
一人一人が学園長に呼ばれ、檀上でファルナの性質を見せる事になるらしい。
それだと皆に自分のファルナが分かってしまうが平気なのだろうか?
前にクロとシロにファルナの質は差別にも繋がると聞いていたのを思いだす。
「皆に自分のファルナの性質が知られちゃうのかい?」
「そりゃそうだけど? 何か問題でもあるの?」
パーマーの反応だと、さも当たり前な感じである。
あまり詳しくはないと言っていたが、それがファルナを放出できる証明になり、上級生達が部活の勧誘を行う指標になると言っていた。
「暗くなってきたし、そろそろ部屋に戻ろうかな。じゃあ入学式には一緒にいこうね!」
パーマーは外を見てそう言うと、手を上げて「またね」と部屋を去っていった。
『早々に友達ができて良かったですね』
うん、仲良くなれそうで良かったよ。
それに学園に詳しいみたいだしね。
【クックッ、クレイの落ちこぼれ二人組とか呼ばれんようにな】
アラヤダ……
イヤなこと言わないでくださいよ……
だけどフィリオはやっぱり優秀なんだね。
ゴールドに入れたってことは、将来が約束された様なものだし。
ボクも見習ってがんばらないと!
ベッドに横になってそんな話をしていたが、慣れない事に疲れたのか早々に眠りに落ちていた。
次回は入学式まで書けると良いなとは思ってます。




